それはまるでChanson

作者 ピヨピヨ

Coup de Coeur 吸血鬼と画家

雨の降る暗い暗い夜のこと
とある絵描きの家のドアを叩く音が、闇の中を駆けました。
絵描きがドアを開けると、そこにはびしょびしょに雨に降られた男が一人、白い息を吐いています。

「あー、よかった、起きてた。」
「どうしたんですか…?」
「いやー、旅をしてたんだけど、この雨で降られちゃって…一晩ばかり宿を貸してくれないかい?」

そこで男はくしゃみをした。
しかしながら、男は絵描きのいる玄関には入らず、あくまでも外に立ち、その豊かな金髪と黒い闇のような外套を濡らし続けている。
絵描きは変な男だと思った。

「ほかの宿は?…いつもすいてる宿があったと思うけど…。」
「そうなんだけどさ…みんな僕が吸血鬼だって見破られちゃって…泊めてくれなくてさ、いやー、困っちゃった。」
「吸血鬼なんですか…それは、それは。」
「はくしゅっ!…ねぇ、そろそろ入れてくれない?僕、家主に招き入れてもらわないと入れなくて…」
「ああ…すみません…どうぞ。」

私が玄関へ招き入れると、男は礼儀正しくお辞儀をし、中へ入った。


吸血鬼…何も珍しい者ではない。
ただ血を吸う生き物で、吸われると吸血鬼になってしまうぐらいだ。
多くがにんにくを嫌い、日光に当たると消えてしまう。
そして誰かに迎えてもらわないと家に入れなかったり、流れている水を渡ることができなかったり…
かなり面倒臭い者であると聞いている。
寿命はそこそこに長く、ある程度成長すると老いることはないらしい。
しかし…

「いや〜たすかったぁ、もう寒くて、血も凍るかと思ったよ。」
「そうですか…よかったらどうぞ。」
「わぁ!ありがとう!…あったかあ〜。」

外套を脱ぎ、着替えを終え、暖炉のそばにあるソファに身を預け、私が差し出したホットコーヒーに目を細めて、しきりに感謝の言葉を述べる吸血鬼は、なんとも言えない、私のイメージする吸血鬼とかけ離れている。

「本当に吸血鬼なんですか…」
「本当に吸血鬼ですよ?…ほら、目も赤いし、第一さっきこの家に入れなかったし。」

たしかに、見る限り少し風変わりな容姿をしている。
明るい麦色の髪、血のように深い瞳の色、白い日明けのない肌。
そして人間では感じることのない独特の雰囲気。
人ではないのは、なんとなくわかる。

「まさか家族以外にそう言われるなんて初めてだよ、家族にはお前なんか吸血鬼の面汚しだって言われてたから…」
「すみません。」
「あはは、いいんだよ、別に…もう何百年も前のことだ、向こうも僕のことなんか忘れてる。」

そこで私は初めて、彼の右腕を見た。
正式には右腕を見たのではなく、見ようと思ったが見当たらなかった。

彼は片腕がなかった。

「その腕どうされたんです?」
「あーこれ?お姫様を救うときに悪魔に取られちゃった……て言うとかっこいいけど、ただ単に吸血鬼って本当に日光に当たると消えるのかな?って気になってやってみたらなくなっちゃったんだよね…生えてくるかなぁと思ったんだけど…生えてこなかったね…」
「そうなんですか…変ですね?」
「変かなぁ…まぁ家族にもそう言われたから、変なんだろうね。」

彼は聞きもしないことをベラベラとしゃべった。
彼はそこそこ名のある吸血鬼の1族で、彼はそこの次男らしい、しかしながらこの話にもあるように、かれはちょっと特別な吸血鬼で、それゆえに他の吸血鬼達から粗末な扱いを受け、旅と言う名目で逃げているらしい。
彼の歳は今年で170
好きなものは猫とワイン
嫌いなものは雷と突然驚かしてくるもの
そして渡ってきた国々のことを話した。

「あの国はやばかったね…今までも何度か殺されそうになったり、追い返されたり、仲良くなって裏切られたり…いろいろ散々だったけど、あんな思いは初めてだったよ、それに比べればこの街は追い返されるだけでいいんだから、いい街だよね…」
「そうですね、みんないい人ばかりです、私の絵もみんな好きだって言ってくれるので…」
「絵描きなのかい?」
「しがないものですが…ね。」

私がそのことを伝えると彼は意外そうな顔をした後、私の絵が見たいと言い出した。
私は彼を離のアトリエに連れて行った。
少し小さく素朴な作りの部屋は、私の亡き父が残してくれた館より実は好きだ。
私は父が嫌いだった。

「少し散らかっているけど、最近片付けたから歩きやすくなっていると思います。」
「すごいね…これ全部絵の具?」

外からの雨がまだ鳴り止まない中、私は持っていた燭台の明かりを部屋のランプに灯す。
今まで闇に沈んだ小部屋はランプ一つでかなり明るくなる。
あたりには先程布をかけた絵画がまるで死んだように、イーゼルにかけられている。
彼はその中の真ん中にある絵画に歩み寄った。

「見ていい?」
「構いませんよ、ただ…まだ描き途中ですが。」

私が言い終わるか終わらないかで、彼は布を少しずらした。
中途半端にかけてあった麻布はそれだけでスルッと埃を上げて床に落ちた。

それは燻み、まるで機関車の煙をそのまま塗りつけたような、乾いた色の空間が続く絵だった。
まだ、私はそこに何も描いていない。
ただ背景がそこにある。
もう何を描こうか、私は覚えていなかった。

「綺麗な絵だね…良いものが描けそうな、すごく良い色だ。」
「…描くつもりはないです、それはもう描かないと決めたので…」
「なぜ?…せっかくこんな良い色が出てるのに…」
「そんなこと言ってくれるのは、あなただけですよ……」

彼は私の話を歯切りの悪い言い方に、疑問の色をにじませる。

「私の父が土地の所有者なんです、もう父はいなくなって私に存続されましたが、みんな私の機嫌をとるために私の絵を褒めるんです…そうすれば土地代が安くなると考えているみたいで…それだけのために…私の絵を買うんです、本当は才能なんかないのに…」
「……」
「私死ぬんです…いえ、正しく言えば死ぬつもりだったんです、毒を飲んで死のうとして…でも、ちょうどその時あなたが来て、おかげで寿命が伸びました。ありがとうございます。」
「全然嬉しくないよ、もっと別のことで言われたかったな。」

私が話してる間も、屈んだり、覗き込んだりしながら絵をしきりに見回す彼は、そう言った。
何がそんなに面白いのか、わからないが…

「ねぇ、知ってる?…生き物は死んだら生き返らないんだよ。」
「…?」

彼は視線を絵に向けたまま、唐突にそう言った。

「知ってますよ、わかってます。」
「いや、君は全然わかってないよ。」
「…。」
「君が死んだら、君は二度とこの世界に生まれ変わることができない…つまり永遠の消滅だよ、君という存在がなくなるし、死んだらその先はわからない…天国も地獄も転生も、実はないかもしれないよ…君は何も残さず死ぬ…それがどんなに怖いことか、君はその辺を全然わかってない。」

遠くの方で雷の落ちた音がした。

「……ねぇ、僕の絵を描いてよ。」
「……なぜ?あなたになんの利点があるのです?私なんかに、描かれて…」
「僕は鏡に映らない、写真にも映らない、生まれた時から自分の姿を見たことがない、だから君が見て描いてよ、僕はそれを見てみたい……それに君にも利点があるよ。」
「利点?」
「僕を描くまでは死ねないってことだよ、ね?いい考えだと思わない?少なくても君は何かを残せるって言う点ではね。」

そこで彼はいたずらを目論んだような子供のように、微笑んだ。
私はその提案を受け入れることが、なんとなく避けることが出来ないものだと、直感した。

彼の古から伝わる魅力が私を誘惑したということにしよう、そうでなければこの気持ちはなんとも形容しがたい。

彼を描きたい

私はその提案を受け入れた。








十七年後、君は病気で目が見えなくなっていた。
あの時交わした約束は、もう、守れそうにないね…残念。
でも、なかなか君との生活は楽しかったよ。
少なくても、忘れられないような十七年だった。

「…そこにいるのですか?」
「うん、いるよ…今日は調子どう?」
「相変わらずです、目が見えないと言うのは不自由ですね、今が昼か夜かもわからない。」

病気は命を吸い取って、雑草みたいに育っていく。
もう、前みたいに筆を取ることもないだろう。

彼女が絵を描いていた時代、絵を買い取っていた町の人たちは、ぱったり来なくなってしまった。
だからここは、君と僕だけ。

「夜だね、夜更け…」
「そうですか…そういえば、あなたに伝えなければならないことがありましたね。」
「…なんだい?」
「私死にます…毒ではありませんよ、なんとなくわかるんです…なので、遺言を残します。」
「……。」

死んでしまうんだね…残念。
十七年間…とっても楽しかった。
…僕が吸血鬼じゃなかったら、よかったな。


「この家…あなたにあげます、ああ…あとアトリエ…あれもあげます。好きに使ってください。」
「…うん。」
「アトリエはかなり汚いので必ず掃除してくださいね、絶対ですよ、私が死んだらすぐお願いしますね。」
「出来るだけ、頑張ってみるよ。」
「あと…そうですね、私が燃やそうとしたあの絵、覚えています?」
「夕焼けの絵、でしょ?、覚えているも何もあんな素敵な絵、燃やしちゃダメだよ。」
「あれも、あげましょう…他は全部燃やしてください…」
「ダメ……燃やさない…燃やすなら全部ちょうだい?」
「仕方ありませんね……好きにしてください。」

彼女はそこで、小さく息を吐いた。
だいぶ喋ったから、疲れたんだろうね。
無理しないでいいよ、ゆっくり…

ゆっくり話して

「もう…残せるもの…ないですね…どうしましょうか?…何か、お願いありますか?」
「……。」

本心を言えばさ…死なないでほしいって願いたいよ。
でもさ、僕がそんなこと言ったら、君は安心して向こうに行けないだろ。
だから、これだけ伝えるよ。

「愛してるよ……君がいなくなるのは、すごく寂しいけど、たとえ何十年経っても君のこと、忘れない。」
「寂しがり屋さんですね…全く。」

家族にも、仲間にも、ヒトにも、人間にも、誰も僕を受け入れてはくれなかった。
理解してもらえなかった。
それが当たり前だった。

でも

「顔、触らせていただいても、いいですか?」
「…いいよ。」

君は僕を受け入れてくれた。

君は細い指で僕の頬に触れる。
僕の鼻、唇、まぶた、額、耳、目尻、目頭、顎…
輪郭と顔の凹凸を確かめていくように、触れたあと、不意に僕を抱きしめて、耳元でこう囁いた。

「よかった…ちゃんと残せた。」
「…?」
「…ふふ、私も、あなたのこと愛してます。」

そして、彼女の体の力が抜けてゆく、僕は彼女抱きしめるようにその体を支える。
ちょうどベットに押し倒すような形になった。
彼女の顔が目の前にある。
目が見えないのに笑ってる。

ねぇ、何がそんなに面白いの?
僕にも教えてよ。
だから…

「アトリエの掃除、ちゃんとやってくださいね…」

お願い

1人にしないで…

ねぇ、置いていかないで。

ねぇ…




目を閉じないで。





あの時と同じ雨の音が聞こえる。
初めは幻聴かと思ったけれど、違うらしい。
僕は彼女の側で泣き疲れて軽く寝てしまったみたいだ。
硬く、冷たくなってしまった手を握る。
とても安心した。
同時に彼女から少し飽きられた気がする。

起きなくちゃ…ね

いつまでも泣いてはいられない。
僕は体を起こして、彼女にキスをして、部屋を後にした。

そのまま、離れのアトリエに向かう。
雨の音に埋もれたアトリエは、いくつもの絵画がエスキースにかけられて、まるで家主と共に静かな眠りについたようだ。

僕は掃除を始めた。
なにかをしていないと、いけない気がした。
部屋の片隅の箱に絵の具、筆、ナイフ、鉛筆、クロッキーを入れてゆく。

あぁ、またこんなに散らかして、だからこまめに掃除しようって言ったのにな

ほんと、僕がやらないと君はいつまでたってもやらないんだから

ああ、ほんと、仕方ないなぁ。




すっかり床に散らばった絵の具を片付けると、あんなに物で満ちていた部屋が広く感じた。
彼女、あの口調と性格なのに案外ズボラで、片付けも苦手だった。
そして片付けをしていて思ったんだけど、窓の近くに置いてある1つのエスキース…
初めて見る気がする。
何気なく近づいて、布を退ける。

そこには、二人の男女が寄り添ってる絵があった。

「……。」

言葉を失った。

もちろんその絵が彼女の絵だと言うのはすぐにわかった。
毎日見てきたから…でも、彼女は自分自身描いたことないし、第一寄り添っている青年がだれか、一瞬わからなかった。
むぎ色の髪、赤色の瞳…これは…もしかして僕?

「…約束、守ってくれたんだ……律儀だなぁ。」

部屋を埋め尽くしていた雨音はいつのまにか消えて、代わりに差し込んだ日差しが暖かい。

窓にできた陽だまりに足を踏み入れる。
不思議と体が焼ける暑さを感じなかった、ただ、彼女の絵を間近に見たかった。
しかし、足が上手く動かせず、灰になってゆく。
それでも、すがりつくように絵に駆け寄った。
身体中の力が抜けてゆくのを感じたけど、そんなの気にしないくらいに、その素敵な絵を焼き付けるかのごとく見つめた。
知らないうちに頬が濡れていた。
そのまま、体がぐらりと倒れる。
足がなくなったみたいだ、身体中から煙みたいなものが出てる。

その時、その絵に題名があることに気づいた。
絵の端に、彼女のサインとともに、こう綴られていた。

不滅の恋人へ   Coup de Coeur

と…

おもわず、笑ってしまった。

「不滅ってね…僕はここで死んでしまうのに、ね?」

ボロボロと体が崩れてゆく。

僕は死んだら、何を残せるだろう。

「…まさか…君も同じだったなんて知らなかったね……いや〜…びっくり、びっくり…。」

灰になってしまった、この体に何か残せるなら、それは…

「………愛してるよ。」





永久不滅の愛だろうね。




Coup de Coeur

発音
クゥ ドゥ クー


フランス語

意味
一目惚れ

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