忘失×残留×彼女

ノベルバユーザー278927

第一章

 あの日を決して忘れることは無いだろう。
 残暑の厳しい五月の早朝、早ノ瀬明日香はやのせあすかと共に僕告見直也つげみなおやは登校した。自宅が彼女の家に向かい合うように位置しているので、僕らが物心着く前から家族ぐるみで仲が良かった。当然小学校では同じ登下校班だった。流石に中学では別々に登校するであろうと思っていたが、彼女のお節介で毎朝起こされ、毎朝一緒に登校した。お陰で恋仲ではないかと校内で詮索されたし、変な噂も流れたりした。その延長線上であろう、高校生になった今でも彼女と共に登校している――その日もそうだった。
 何気ない朝――いつもと変わらない朝だと思っていた。いつもと同じ――彼女が僕の家のインターホンを鳴らし、彼女と一緒にバス停まで向かい、彼女と共に駅に向かう――はずだった。
 彼女の他愛もない話に耳を傾けていると突然、耳をつんざく轟音がバス内に響き渡った。そして彼女の声が掻き消された――頭部に激痛が走ったと同時に目の前が真っ暗になった。



 目を開けると真っ先に白い天井が視界に入った。身体を起こすと隣にいたのか看護師が「キャアァッ!」とまるで幽霊でも見たかのような悲鳴を上げた。
 まったく患者に向かってなんて声を漏らすんだ。
その後彼女は僕の心の声など聞いてられないとばかりの勢いで大人しく待つよう指示し、慌ただしく部屋から出て行った。
 ······病室なんだからバタバタしないでくれよ。
 待てと言われたが暇潰しも何も出来ないので辺りを見渡した。窓に映るのはどこにでもある家々と見飽きた田圃。
 うむ、すこぶるつまらん。
 何かないかと室内を見渡すと目の前には大きくて真っ白なカーテンがあった。心の中で看護師にツッコミをいれていたせいで気付かなかった。どうやらこの部屋は相部屋で僕の他にもう一人いるようだ。
 誰だろうと一考した時、真っ先に思い浮かんだ人物は早ノ瀬明日香――さっきまで隣にいた幼馴染。
 僕がここに運ばれたなら彼女も······。一縷の希望と一抹の不安が僕の身体を突き動かした。
 特に痛みなど感じないが身体がやけに重い。それでも確かめなければ⋯···。ゆっくりとベッドから降り立ち、ふらふらとカーテンまで歩いた。そして両手でカーテンを横に引っ張った。人一人通れるぐらいのスペースが出来た。彼女の顔をみたい······その一心で重たい足を前へと動かした。



 何も無いベッドをみて脱力した。
 よくよく考えれば男女が同じ部屋とか有り得ない。着脱、排泄、そして吐精······おっとそれはユートピアでの話だった。病院側は病室内で患者が快適な生活を送れるようにしなければならないのだから男女を分断するのは至極当然か。とはいえ僕にとっては早ノ瀬がいないと全然快適ではないのだがな······。
 もう疲れた······。
 鉛のような身体が目の前のベッドに転倒した。柔らかい感触が肌に伝わる。  
 あ~······気持ちいい。
 僕がベッドを堪能してる最中、さっきのポンコツ看護師が医者を連れてやって来た。
 「大人しく待つように言ったでしょ!?どうして待てないの?あぁ、もぉ。他のベッドに突っ伏しちゃって!もう高校生なんだったらやっていいことと悪いことぐらい分かるでしょ!?」
 その後もくどくど説教を喰らった。勿論左から右に聞き流す。視界に入った看護師の後ろ――禿げ頭の医者はニヤニヤしながら僕らのやりとりを見つめている。
 おいおい、ボサっとしてないでこのガミガミ看護師を抑えろよ! 



 ポンちゃん(ポンコツ看護師)の長い説教が終わると医者から色々と聞かれた。
 どこが痛いか。どうしてここに運ばれたか覚えているか。頭を強く打ったこと。暫く検査の為入院すること。
 諸々話し終えたらしく、医者から「何か質問あるかい?」と聞かれた。僕は迷わず言い放った。
 「早ノ瀬明日香はどこにいますか?」
 

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