ロリドワーフ・ハイドワーク〜TS転生して地世界生活〜

うほごり

プロローグ

 ふと、誰かの声が聞こえた気がした。
 目を開けると、広がっていたのは暗闇。まるで夜のようだが、多分違う。床を、そして壁を覆うものは岩――ここは洞窟。
 小さな松明が等間隔で壁から吊るされていて、ほのかな灯りが辺りを照らしている。
 ごつごつとした岩の床から身体を起こす。
 チクッ、と草みたいなのが肌に触れた。邪魔に思いそれを手で払う。
 それは綺麗な銀色をしていた。銀色の草? いや、違う。それはボクの頭に繋がっていた。これは――髪だ!
 どういう事だ?
 普通の日本人の男子高校生であるボクの髪はもっとずっと短くて、そして黒い。なのにこの髪は何だ……。
 長い。とても長い。一番長いところなら腰よりを下まで伸びていた。透き通るような銀髪に、サラサラと質感。作り物めいた感覚を覚える。
 そしてもう一つ気づいた事。髪を触っているボクの腕が浅黒いのだ。最初は暗い場所だからかと思ったが違う。東南アジア系、もしくはラテン系人種くらいのうっすらした褐色。それにとても細い。まるで子供の腕のようだ。
 ボクはさらに自分の服装も確認してみて、唖然とした。サラシのように胸に巻かれた布。そして下半身を隠している長めのスカート。ナニコレ。


 辺りを見回すと、小さな泉があった。中心には小さな祠のようなものがあった。手入れもされているので、誰かが管理しているのだろうか。神聖な場所かもしれない。
 ボクは急いで、その泉に近づいて自分の姿を確認する。


 泉に映り込んだボクの姿は――女の子だった。


 褐色の肌から長い銀髪を腰近くまで伸ばした見た目は10歳程度の幼女。真紅の瞳が泉からボクを見つめ返していた。正直可愛いけど……誰これ。少なくともボクではない。なんかおでこに刺青みたいなのあるし。


 これは夢……なのか?
 ここで起きる前、自分が何をしていたのかを考える。
 確か、模試のために土曜に学校に行って、夕方までその試験を受けて、帰りに友達とコンビニで買い食いをして、あとはそのまま家に帰――!!
 そうだ、ボクは交通事故にあったんだ。
 歩道を乗り越えて迫るトラック。その瞬間を鮮明に思い出した。
 となると、これはまさか……。


「てんせい……」


 かなり高いソプラノボイスでその幼女は――ボクは呟いた。
 死後の世界なのか、それとも王道らしく異世界なのかは分からない。だが、ボクは転生をしてしまったようだ。


 女の子に。


 ――――ありえない。
 多分ボクは今病院のベットの上で悪い夢を見ているんだ。きっとそうだ。
 よし、夢なら何してもいいはずだ。
「ペラッ」
 胸元の布をめくってみる。ふむ、全く膨らんで無いので男のそれと違いがわからない。小学生の時の自分の胸を見ているみたいだ。
 次にスカートをたくし上げてみる。
 見えたのは純白の綿のパンツ。そしてその下――。


 ――どうやら息子はログアウトしたようだ。
 夢から覚めたらまた会おう。
 ボクは慣れないこの小さな体で泉の外周を歩き回ってみる。泉には橋がかかっており、中央の祠まで歩いていける。
 祠は石と木材で作られた古めかしいもの。中はしっかりと閉じられており、中身は確認できない。蜘蛛の巣やホコリが被っている様子はないため、定期的にメンテナンスをしているのだろう。
 ボクは祠から見て橋を渡った先に出入口らしきものも見つけていた。ここに居ても仕方がないし、あそこから出よう。だんだんお腹も減ってきたし。……あれおかしいな、夢なのにお腹が減ってるなんて。
 ボクがそんな疑問を持った時。


「もうすぐ祠だ」
「やっとだね。やっぱりここまで遠いよ」
 出入り口らしい方向から人の声と足音が聞こえてきた。男性の声と少女の声だ。まだ少し遠いのだろうが、反響しているのが聞こえてくる。
「それにしても、本当に救世主なんて現れるのかなぁ?」
「そうでないと困る。あの予言が俺たちの最後の希望なんだ」


 救世主? 最後の希望? とりあえず自分には関係なさそうかつヘヴィーな話のようだ。……というかどうする。この姿のまま人前に出るなんて恥ずかしすぎる。
 上半身は胸部を隠す布だけ。下半身はロングスカートと靴だけ。おへそとか丸見えだよ!? 痴女じゃん!!


「『我らドワーフの未来暗黒に覆われる時、光導く救世主が現れるだろう。』だっけ? 胡散臭いなぁ」
「胡散臭かろうがなんだろうが、もう俺たちはその予言に賭けるしかないんだ」


 近づいてくるその声に気になるワードがあった。
 ドワーフ。確かファンタジー小説やRPGなんかだと土の精霊だったな。鉱山に住んで鍛治なんかをやっているイメージだ。お髭が生えていて、背が低く横に太い。なんて考えていたらとうとう入り口の方から明かりが見えてきた。どうしよう……どうしよう……取り敢えず祠の後ろにでも隠れよう。


「私たちと同じ褐色の肌に、赤い目と銀髪の救世主ねぇ……」


 うん? どこかで見たぞそれ。
 というか、この祠思ったより小さいぞ。この小さな体がギリギリ隠れるくらいだ。


「『その救世主とは、肌は我らドワーフと同じ土精の加護を受けし大地の色。深紅の双眸には未来を写し、透き通るような銀髪を持っている』だそうだ。そして、その救世主の証として、額に『とある紋様』が刻まれているらしい」


 ――ふむ、落ち着け。そっくりさんだそっくりさん。そうだ深呼吸をして落ち着こう。吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー。
 男と少女は泉のある空間までやってきたようだ。
 祠の後ろからその姿を覗き見る。
 男はとても大きかった。2メートルは軽く超えている。そして何故か上半身裸。褐色肌の筋肉がむき出しだ。イケ爺だ。
 その男と手を繋いでいる少女は、逆にちっこい。今のボクと変わらない程度の大きさ。髪は肩にかかる程度の短さに切り揃えられている。前髪は少し長くて目元が少し隠れている。服装は――ボクと同じだ。つまり痴女ロリだ。なに、この服は指定服なの?
 そんな孫とおじいちゃんみたいな2人は、橋を渡って祠の前までやってきた。
 そして静かに手を合わせて祈りを始めた。


「あぁ、救世主様。我らをお救いください」
「レオ ヲンゲンニ ルベタ……」


 少女が祈祷の言葉を唱え始めた。
 ふむ、どうしよう。ここから出られなくなってしまった。
 ボクはどうやってここから逃げ出そうかと考えていた。むしろここは、姿を現して状況確認をするのが一番ではないだろうか。


 ミシッ……。


 ん、何今の音………………気のせいか。
 救世主かどうかは知らないけれど、とりあえず容姿は似ているから仲間とは思ってくれるはずだ。お約束通り日本語が通じるみたいだし。


 ミシミシッ……。


 あれ、なんかこの祠傾いてない?
 ボクがそう考えた次の瞬間、ボクを隠していたその祠は大きな音を立てて倒れた。
 ボクはその勢いのまま、前に転がった。
 一回転と半分。おしめを変える赤ちゃんのような姿勢で地面に倒れたボクは――真紅の瞳と目があった。祈祷を捧げていた女の子だ。


「…………」
「…………」


 お互い凍りついたみたいに見つめ合う。


「あー、こんにちは?」


 とりあえず挨拶をして見た。
 女の子の横に膝をついて祈っていた男もこちらを見てワナワナと口を震わせている。


「「救世主が生まれた!?」」
「生まれてないよ!?」


 ボクの悲痛なツッコミが洞窟内に木霊した。




 この日、予言に記されたドワーフの救世主が誕生した。彼女が全ドワーフに救済を与え、繁栄をもたらす。『聖書』と呼ばれる本にその一文が記されるのは、今よりもはるか未来の話。



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