無冠の棋士、幼女に転生する
第5話「鬼天使」
久しぶりに会う彼女――神無月ルナ。
まるで純白の雪を纏っているような銀髪を持つその美しい少女は、静かに座っていた。
その座っている様はまさにザ・お嬢様。雪国の皇女様って所かな。
私はゆっくりとその対面に着座する。
「久しぶりね、さくら。私の事、覚えているかしら?」
「うん!」
私は縦に首を振り肯定する。
天使のような印象を抱かせるルナの事を忘れるはずがない。
私よりひとつだけ歳上の女の子。そして将棋が好き。
二年前に駅の本屋で一度だけ会った女の子。
「いつか貴方と対局したいと思っていたけど、まさかこの大会で会えるなんて思って見なかったわ」
「ルナちゃんはどこの小学校? 私は南部なんだけど」
「ルナは智秀女よ」
「あのお嬢様私立の? その服は制服?」
「そうよ。でも正直貴方のようなラフな服装の方が好きだわ」
ルナは黒を基調とした制服を身に纏っている。局所部に入っている赤いラインが可愛い。このデザイン考えた人はセンスあるよ。
ルナの透き通るような白い肌と銀髪が真っ黒な制服に強調されてて似合っている。今日の桜花といい勝負だね。引き分けってことにしてあげる。
「そう言えば先程さくらと似た女の子を見かけたんだけど姉妹かしら?」
「双子の妹の桜花だよ。決勝トーナメントは逆側だから対局できるとしても決勝だよ」
「……妹さんも決勝トーナメントに残るくらい強いのね。嬉しいわ。私以外にも将棋が強い女の子が増えて」
「女子に将棋人気ないもんねー」
「ホントよ。プリキュアごっこより絶対こっちの方が楽しいのに残念だわ。……まあプリキュアも嫌いではないですけど」
……プリキュア好きなのかな?
最初はそんな雑談をしていた私たちだけど、対局開始の時間が近づくにつれ次第にお互いに口数が少なくなっていった。
駒を並べ終わると軽く俯いて、集中力を高める。
(流石に緊張する。ルナの駒を並べる手つきを見ただけでわかる。ルナは普段から駒を触っている本物だ)
トクン――胸が高鳴る。
予選とは比べ物にならないプレッシャーを感じた。
唇が乾く。
決勝トーナメントだからではない。
目の前の少女が帯びる強者の圧力からだ。
「おや、神無月先生のお子さんの相手も女の子か」
「今回は決勝トーナメントに女の子が3人も残っているらしいですよ」
「ルナちゃんの相手は一年生か。流石にルナちゃんには勝てないんじゃないの?」
「――――も、――――ですよ」
「――――――――」
――――。
――。
周りで話していた大人たちの会話が次第に小さくなり、雑音が消えていく。
うん。いい感じに集中できてる。
脳内に駒台が生まれる。覚えた定跡が頭に浮かんでは消え浮かんでは消える。
何度も何度もなぞり将棋へと集中力を深めていく。
「始めてください」
「「お願いします」」
パチッ。タン!
先手のルナが駒を動かして対局時計のスイッチを叩く。
ルナの一手目は定跡の一つである角道を開けるための歩を進めた。
私もそれに合わせて角道を開ける。
さぁ、どうしてくる。角交換か。それとも。
「ふふっ……」
ルナは微笑するとさらに歩を進めた。
七筋の歩がグングンと伸びて来て私の神に迫っている。
これは……!
「さくらはこれ、見たことあるかしら」
ルナの次の一手。
飛車をヒョイっと軽くつまんで、指の中で少しいじった後――。
口元を歪ませて、角の真横。七筋に叩きつけた。
「……早石田ッ!?」
「あら、知ってるの」
早石田三間飛車。
振り飛車戦法の中でもかなり乱戦になる確率の高い暴力的な戦法だ。
一手でもミスればお互いに即死が待っている、超攻撃的戦法。
「ルナちゃんって見た目と違ってお転婆?」
「ふふっ、さあどうかしらね」
銀髪の天使――訂正。
銀髪の鬼は楽しそうに笑いながら呟いた。
さて、ここで私には2つの選択がある。
早石田の狙いは角交換からの5五角で飛車取りと馬成りの二択を強いること。
それを通してしまうと乱戦――力勝負になる。
選択肢はその乱戦を受け入れるか、拒否するか。
拒否するなら5五角打ちを予期してそれの対策をするべきだが……。
(そもそも七筋に飛車を振られた時点で乱戦を避けることは出来ない……か)
「いいよ、ルナちゃん。真っ向からやり合おうッ!」
私はルナの攻めを受け入れる。
どちらが先に死ぬか……斬り合いの始まりだ!
私の着手を見てルナは獲物を捕らえた狼の様に笑う。
「ハラショー。いいねッ!」
角交換の後、お互いの角が馬に成り敵陣地を侵略し合う。
普段は存在する中盤をすっ飛ばして一気に終盤。
攻めを緩めた方が死ぬ。まさにインファイトでの斬り合いだ。
定跡は既に外れている。こうなれば力戦。才能と才能のぶつかり合いだ。
「おいおいおい、ルナちゃんの所すごい乱戦になってるぞ」
「あの子は乱戦好きだからねぇ。相手の子がかわいそうだよ」
「それが、かなり善戦してる。ルナちゃんと互角に渡り合ってるあの子は一体誰なんだ」
壮絶な攻め合いにギャラリーが湧く。
守りを捨てて攻め合う女子小学生2人。激しい乱戦となれば湧くなというのが無理なことだ。
(強いッ……)
予選で対局した有象無象とは格が違う。
ルナは本当に強いッ!
ひたひたと背後に回り私の王将に狙いを定め、一撃を狙ってくる。
一手のミスが負けに直結する綱渡りの将棋。
自然と思考時間が増え持ち時間が消費されていく。
でもそれはルナも同じだ。
「ふふっ……」
ははっ、ルナ笑ってるよ。
楽しそうに。
そりゃ楽しいよね。私だって楽しいもん。
同年代の、そして同性の、そして互角の棋力を持つ相手と真剣勝負ができる。
ルナも私も心の底から将棋が好きなんだ。
だからキツくても――その瞬間が楽しい。
1センチでも1ミリでも相手を上回ろうとする。
対人ゲームという競争の世界で、同格の相手とギリギリの死闘をする。そんな楽しいことは他にない!
そして、そんな戦いに負ける事がとても悔しい事を私は知っている。前世でも、そして今世でも散々味わった。
だから絶対に負けられない!
ピピッ電子音が響く。
持ち時間を使い果たし一分将棋に入ったのだ。
ここからは一手一分で打たなければならない。
こんな時に桜花の常軌を逸脱した終盤力が欲しくなる。
桜花なら詰みに入った瞬間に読み切って強引に勝ちに行けるのに。
「まぁ、無い物ねだりは考えるだけ無駄無駄ッ!」
額から玉のような汗が落ちる。
考えすぎた頭は逆に透き通っていく。
何もかもクリアに透明に。
ルナの額からも汗がにじみ出ていた。
互いが全力を尽くす。勝つために。目の前の好敵手より少しでも自分が強いと証明するために。
「いい加減堕ちなさいっ!」
ルナは銀髪の髪を逆立てて鬼の様な形相で駒を進めていく。
初見のお嬢様っぽい雰囲気はもはや霧散してしまい、そこにいるのは一匹の鬼。天使の様に美しい鬼――鬼天使だ。
銀髪の鬼天使の怒涛の攻めが始まったのだった。
「……くっ!」
一分将棋なのにその一手一手が鋭く私の陣地に突き刺さってくる。
まるで強引に棍棒を振り回す様に、私の駒を蹴散らしていく。
もちろんやられてばかりはいられない。
私は初めて自陣に駒を打って守りを固めた。
それを好機とルナはさらに攻め手を加速していく。
ルナの飛車が最強の駒である竜王となり私の陣地を食い破ってくる。
守勢に入るということは劣勢であることを認めたということだ。
うん、認める。今は私の劣勢だ。
守勢に回らなくてはすぐに詰まされてしまう。
形勢はルナに傾いている。正直乱戦で一度形勢が傾くと後は谷底に落ちる様に勝負が決まってしまう。
――――でも、最後に勝つのは私だ!!
持ち駒を握りしめる。
形勢不利。対処的行動を強いられている。
でも、まだ負けたわけではない。
将棋の終盤は二度ある!
まるで純白の雪を纏っているような銀髪を持つその美しい少女は、静かに座っていた。
その座っている様はまさにザ・お嬢様。雪国の皇女様って所かな。
私はゆっくりとその対面に着座する。
「久しぶりね、さくら。私の事、覚えているかしら?」
「うん!」
私は縦に首を振り肯定する。
天使のような印象を抱かせるルナの事を忘れるはずがない。
私よりひとつだけ歳上の女の子。そして将棋が好き。
二年前に駅の本屋で一度だけ会った女の子。
「いつか貴方と対局したいと思っていたけど、まさかこの大会で会えるなんて思って見なかったわ」
「ルナちゃんはどこの小学校? 私は南部なんだけど」
「ルナは智秀女よ」
「あのお嬢様私立の? その服は制服?」
「そうよ。でも正直貴方のようなラフな服装の方が好きだわ」
ルナは黒を基調とした制服を身に纏っている。局所部に入っている赤いラインが可愛い。このデザイン考えた人はセンスあるよ。
ルナの透き通るような白い肌と銀髪が真っ黒な制服に強調されてて似合っている。今日の桜花といい勝負だね。引き分けってことにしてあげる。
「そう言えば先程さくらと似た女の子を見かけたんだけど姉妹かしら?」
「双子の妹の桜花だよ。決勝トーナメントは逆側だから対局できるとしても決勝だよ」
「……妹さんも決勝トーナメントに残るくらい強いのね。嬉しいわ。私以外にも将棋が強い女の子が増えて」
「女子に将棋人気ないもんねー」
「ホントよ。プリキュアごっこより絶対こっちの方が楽しいのに残念だわ。……まあプリキュアも嫌いではないですけど」
……プリキュア好きなのかな?
最初はそんな雑談をしていた私たちだけど、対局開始の時間が近づくにつれ次第にお互いに口数が少なくなっていった。
駒を並べ終わると軽く俯いて、集中力を高める。
(流石に緊張する。ルナの駒を並べる手つきを見ただけでわかる。ルナは普段から駒を触っている本物だ)
トクン――胸が高鳴る。
予選とは比べ物にならないプレッシャーを感じた。
唇が乾く。
決勝トーナメントだからではない。
目の前の少女が帯びる強者の圧力からだ。
「おや、神無月先生のお子さんの相手も女の子か」
「今回は決勝トーナメントに女の子が3人も残っているらしいですよ」
「ルナちゃんの相手は一年生か。流石にルナちゃんには勝てないんじゃないの?」
「――――も、――――ですよ」
「――――――――」
――――。
――。
周りで話していた大人たちの会話が次第に小さくなり、雑音が消えていく。
うん。いい感じに集中できてる。
脳内に駒台が生まれる。覚えた定跡が頭に浮かんでは消え浮かんでは消える。
何度も何度もなぞり将棋へと集中力を深めていく。
「始めてください」
「「お願いします」」
パチッ。タン!
先手のルナが駒を動かして対局時計のスイッチを叩く。
ルナの一手目は定跡の一つである角道を開けるための歩を進めた。
私もそれに合わせて角道を開ける。
さぁ、どうしてくる。角交換か。それとも。
「ふふっ……」
ルナは微笑するとさらに歩を進めた。
七筋の歩がグングンと伸びて来て私の神に迫っている。
これは……!
「さくらはこれ、見たことあるかしら」
ルナの次の一手。
飛車をヒョイっと軽くつまんで、指の中で少しいじった後――。
口元を歪ませて、角の真横。七筋に叩きつけた。
「……早石田ッ!?」
「あら、知ってるの」
早石田三間飛車。
振り飛車戦法の中でもかなり乱戦になる確率の高い暴力的な戦法だ。
一手でもミスればお互いに即死が待っている、超攻撃的戦法。
「ルナちゃんって見た目と違ってお転婆?」
「ふふっ、さあどうかしらね」
銀髪の天使――訂正。
銀髪の鬼は楽しそうに笑いながら呟いた。
さて、ここで私には2つの選択がある。
早石田の狙いは角交換からの5五角で飛車取りと馬成りの二択を強いること。
それを通してしまうと乱戦――力勝負になる。
選択肢はその乱戦を受け入れるか、拒否するか。
拒否するなら5五角打ちを予期してそれの対策をするべきだが……。
(そもそも七筋に飛車を振られた時点で乱戦を避けることは出来ない……か)
「いいよ、ルナちゃん。真っ向からやり合おうッ!」
私はルナの攻めを受け入れる。
どちらが先に死ぬか……斬り合いの始まりだ!
私の着手を見てルナは獲物を捕らえた狼の様に笑う。
「ハラショー。いいねッ!」
角交換の後、お互いの角が馬に成り敵陣地を侵略し合う。
普段は存在する中盤をすっ飛ばして一気に終盤。
攻めを緩めた方が死ぬ。まさにインファイトでの斬り合いだ。
定跡は既に外れている。こうなれば力戦。才能と才能のぶつかり合いだ。
「おいおいおい、ルナちゃんの所すごい乱戦になってるぞ」
「あの子は乱戦好きだからねぇ。相手の子がかわいそうだよ」
「それが、かなり善戦してる。ルナちゃんと互角に渡り合ってるあの子は一体誰なんだ」
壮絶な攻め合いにギャラリーが湧く。
守りを捨てて攻め合う女子小学生2人。激しい乱戦となれば湧くなというのが無理なことだ。
(強いッ……)
予選で対局した有象無象とは格が違う。
ルナは本当に強いッ!
ひたひたと背後に回り私の王将に狙いを定め、一撃を狙ってくる。
一手のミスが負けに直結する綱渡りの将棋。
自然と思考時間が増え持ち時間が消費されていく。
でもそれはルナも同じだ。
「ふふっ……」
ははっ、ルナ笑ってるよ。
楽しそうに。
そりゃ楽しいよね。私だって楽しいもん。
同年代の、そして同性の、そして互角の棋力を持つ相手と真剣勝負ができる。
ルナも私も心の底から将棋が好きなんだ。
だからキツくても――その瞬間が楽しい。
1センチでも1ミリでも相手を上回ろうとする。
対人ゲームという競争の世界で、同格の相手とギリギリの死闘をする。そんな楽しいことは他にない!
そして、そんな戦いに負ける事がとても悔しい事を私は知っている。前世でも、そして今世でも散々味わった。
だから絶対に負けられない!
ピピッ電子音が響く。
持ち時間を使い果たし一分将棋に入ったのだ。
ここからは一手一分で打たなければならない。
こんな時に桜花の常軌を逸脱した終盤力が欲しくなる。
桜花なら詰みに入った瞬間に読み切って強引に勝ちに行けるのに。
「まぁ、無い物ねだりは考えるだけ無駄無駄ッ!」
額から玉のような汗が落ちる。
考えすぎた頭は逆に透き通っていく。
何もかもクリアに透明に。
ルナの額からも汗がにじみ出ていた。
互いが全力を尽くす。勝つために。目の前の好敵手より少しでも自分が強いと証明するために。
「いい加減堕ちなさいっ!」
ルナは銀髪の髪を逆立てて鬼の様な形相で駒を進めていく。
初見のお嬢様っぽい雰囲気はもはや霧散してしまい、そこにいるのは一匹の鬼。天使の様に美しい鬼――鬼天使だ。
銀髪の鬼天使の怒涛の攻めが始まったのだった。
「……くっ!」
一分将棋なのにその一手一手が鋭く私の陣地に突き刺さってくる。
まるで強引に棍棒を振り回す様に、私の駒を蹴散らしていく。
もちろんやられてばかりはいられない。
私は初めて自陣に駒を打って守りを固めた。
それを好機とルナはさらに攻め手を加速していく。
ルナの飛車が最強の駒である竜王となり私の陣地を食い破ってくる。
守勢に入るということは劣勢であることを認めたということだ。
うん、認める。今は私の劣勢だ。
守勢に回らなくてはすぐに詰まされてしまう。
形勢はルナに傾いている。正直乱戦で一度形勢が傾くと後は谷底に落ちる様に勝負が決まってしまう。
――――でも、最後に勝つのは私だ!!
持ち駒を握りしめる。
形勢不利。対処的行動を強いられている。
でも、まだ負けたわけではない。
将棋の終盤は二度ある!
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