発展途上の異世界に、銃を持って行ったら ~改訂版~

ibis

8話

 ──どうして、こうなったのだろうか。
 目の前に深々と刻まれる直径50メートルほどのクレーターを見ながら、イツキはそう思った。
 クレーターの中には、生き物の骨と思われる物体がいくつも転がっている。おそらく、先ほどの大爆発に巻き込まれたのだろう。

 頭を抱えて震えているアルマを懸命に落ち着かせながら、イツキは再び思う。
 どうして、こうなったのだろう。
 焦げ臭い匂いが充満しており、イツキの鼻を刺激してくる。
 クレーターから視線を逸らし……事の元凶である少女を見た。
 紫色の髪を振り乱しながら狂喜する少女……先ほどまでの様子とは一変し、気が狂ってしまったかのような豹変ぶりだ。

 根元から吹き飛んだ木々を横目で見ながら、イツキは三度みたび思う。
 ──何がどうなってこうなった。

────────────────────

 時は少々さかのぼり、数時間前。

「ゴブリンの討伐……?」
「そうよ、今回のクエストは『ユグル樹海』でおこなわれるわ。一応聞くけど、イツキは戦えるわよね?」
「……戦えなくはない、って感じだな」

 ギルドの外で、イツキたち3人はクエストについて話していた。
 今回ランゼが受けたクエストは、ゴブリンの討伐というクエスト。
 『ユグル樹海』という森に大量発生しているため、生態系を崩さない程度に狩ってほしい、との事。

「まあ、今回はあたしに任せてもらっていいわ。あなたたちに……というか、そこの小さな子がモンスターを討伐するのは、ちょっと大変だからね」
「……お前1人でゴブリンを討伐するってのか?」
「そうよ。あたしが魔法でゴブリンを一掃するから、イツキは取りこぼしの処理をお願いね」

 ──魔法。
 この世界には、魔法が存在する。
 魔法の種類は十人十色……というほど種類が存在しており、人々は魔法を有効活用して日常生活を送っているのだ。

「……魔法とかあんのか……魔力ってのがあるんだし、魔法だってあってもおかしくないか……」
「どうしたの? 行くわよ?」
「ああ、悪い……行くぞ、アルマ」
「……了解であります」

 さすがにモンスターは怖いのだろう。いつにも増してアルマの顔が青い。
 そんなアルマの頭をぽんぽんと撫で、ランゼの後を追う。
 ……1つ気になるのは、ギルドにいた男たちの、あの表情だ。
 人をバカにしたような奴らが……あの時だけ、同情を含んだ視線を向けていた。ああ、あのボウズ、大変な事になるなぁ。みたいな。
 まあでも、ランゼとあの男たち、どちらを信じるかと言われれば、当然ランゼを信じる……けど。

「……アルマは、ランゼの事どう思う?」
「自分でありますか? ……お節介な人……でありますかね……?」
「そういう意味の質問じゃなかったんだが……いや、俺の質問の仕方が悪かったか」
「……? ……イツキ様は、どう思うでありますか?」
「まだ少し話した程度だから、何とも言えないけど……何か隠してるような気がするな」
「隠してる……でありますか?」

 足早に歩くランゼを追いながら、首を傾げるアルマに頷く。
 イツキはアルマに、ランゼの事を信用できるか? と聞きたかったのだ。
 あのランゼという少女……色々とおかしい。
 まず、ランゼの言っていた魔法だ。
 魔法でモンスターを一掃するのなら、使う魔法がどんな感じなのか、教えてくれても良いだろう? お節介な人間なら、なおさらだ。
 ランゼ的には、使う魔法を知られたくない? もしくは、知られたらマズイ?
 どちらにせよ、真実を話さないようなやつは、本気で信用する事はできない。

 さらに言うなら……ギルドにいた時、不思議な会話を耳にした。
 ランゼの事を『ザコ魔法使い』と呼んでいた男がいたが……そのランゼに睨まれると、怯えたように顔を背けたのだ。
 本当にランゼが『ザコ魔法使い』なら、怯える必要もないだろうに……ギルドの男たちは、ランゼの事を恐れているようだった。

「……『ユグル樹海』に行けば、謎が解けるのか……?」

 考えれば考えるほどわからなくなる現状にため息を吐き、どこか嬉しそうなランゼの後を追った。

────────────────────

「着いたわよ……あら? どうしたの?」
「はあっ、はあっ……!」
「イツキ様……大丈夫でありますか?」

 ──『ユグル樹海』にやって来た……のだが。
 顔色1つ変えていないランゼと、今にも座り込もうとしているイツキと、そんなイツキを心配そうに見つめるアルマ。
 まさか、こんな少女に体力で劣るとは……と、座り込みたいのをグッとこらえ、ぴんぴんしている2人の少女に視線を向ける。

「ランゼ殿! イツキ様がっ、イツキ様が大変であります!」
「ちょっと落ち着きなさいよ……それにしてもイツキ、体力無さすぎじゃない?」
「うるせっ……! お前らが、元気すぎなだけだろっ……!」

 肩で息をしながら、ランゼに答える。
 中学時代は部活をしていたため、それなりに運動していたが……高校では部活に所属していなかったので、体力は少なからず落ちているのは事実。
 それにしても、ここまで体力が落ちるのか?
 いや違う。俺がしょぼいんじゃない……この世界の住民がおかしいのだ。と、イツキは無理矢理自分を納得させる。
 片道1時間も掛かる1本道を歩き続け、途中でランゼが『このままだと帰るのがお昼を過ぎるわ』とか言って走る事になり……この様だ。
 そう言えば……アルマと初めて会った日にも、こんな事があった。
 アルマの手を引いて、奴隷販売所から安全な所まで走った時……イツキはバテバテだったのに、アルマは息1つ乱していなかったのだ。

「体質が違う……のか……?」
「何をぶつぶつ言ってるの? 行くわよ?」
「ああ悪い」

 森の中に消えていくランゼを追いながら……ふと、アルマの顔を見た。
 一切の疲れを感じさせない、キョトンとした顔……やはり、体質が違うのだろうか。
 そんな事を思いながら、イツキはランゼに声を掛けた。

「なぁ、ゴブリンってどんな生物なんだ?」
「どんな生物かって言われても……ゴブリンはゴブリンよ」
「……そうか」

 異世界人だったら知ってて当然の知識だったか、とイツキは密かに反省する。

「何? イツキはゴブリンも知らないの?」
「まあ……俺、実は記憶喪失でな。昔の記憶が無いんだ」
「記憶喪失ってほんと?! 大丈夫なの?!」
「……基本的な知識と、自分の名前以外は何も覚えてない。ってか、記憶喪失になったのはつい最近でな。誰か俺の事を知ってる人がいないかなーって思って旅をしてんだよ」
「うわー……なんで記憶喪失になったの?」
「俺もよく覚えてないけど……『ゾディアック』が関係してたような気がする」
「『ゾディアック』……はぁ。ほんと、あいつらはろくな事しないわね。あれ? って事は……あなた、『ノクシウス』の出身なの?」
「『ノクシウス』……ってどこだ?」

 聞いた事のない場所の名前に、イツキが首を傾げながら問いを返す。

「3年ほど前に『ゾディアック』によって滅ぼされた国の名前よ。アルマは聞いた事あるかしら?」
「そ、それとなくは聞いた事が……でも、イツキ様が『ノクシウス』出身なら、3年前に記憶を失っているのではないでありますか?」
「あー……それもそうね」

 怯えるアルマの説明に、それもそうかと頷くランゼ。
 記憶喪失だと嘘を言ったのはイツキだが、あまり誤解を広げるのはやめてほしい。

「……グルルル……」
「…………? なんか変な声が聞こえなかったか?」
「ゴブリンの声ね。近くにいるわ……気を付けてね」

 先導するランゼを追いながら、イツキは警戒心を深めながら辺りを見回す。
 すっかり怯えてしまったアルマが、イツキの袖を掴んで離さない。歩きにくいから少し離れてほしい。

「ガァアアアアアアアアアッッ!!」
「アアアッ! ァアアアッッ!!」

 見つけた。
 緑色の……子どものような生物だ。
 頭からは2本ほど角が生えており、旅人から盗んだのか、ボロボロの片手剣や錆びたナイフを持っている。
 数は……20匹くらいだろうか。正直、勝てるイメージが思い付かない。

「ん……?」

 ふと、空気の流れが変わったのを感じた。
 袖を掴んでいるアルマを見下ろし……青ざめた顔と目が合った。違う、違和感の原因はアルマじゃない。
 と、言う事は。
 ランゼの方を向き──ランゼの体から、尋常ならざる魔力が溢れ出している事に気づく。

「“我、破壊と滅亡を呼ぶ者。森羅万象を屠る力よ、今、我が身を糧としてこの世に顕現し、全てを灰とせよ”──『ビッグバン』」

 ランゼの手から、小さな光の球が放たれた。
 一見いっけんすれば、そんなに強そうには見えない魔法。
 だが何故か、アルマが光の球を見て、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
 そこまで怯えるような魔法か? とイツキが首を傾げ──

「──弾けろッ!」
「は──?」

 瞬間、飛んでいった光の球が急激に膨張を始め──

「グギャ──」
「アオッ──」

 ゴブリンを消し飛ばし、木々を薙ぎ倒し、地面を粉砕し──イツキとアルマをも吹き飛ばして、ようやく光の膨張が止まった。

「うっ、ぐぉ……?!」
「ふ、はは……ははははは! あっはははははははははははははははははっ! 最高! やっぱり『破滅魔法』は最高だわ! ねぇ、イツキもそう思うでしょ?!」
「いや意味わかんねぇよ……つーか……」

 しゃがみ込んで震え続けるアルマの頭を撫でながら、目の前の光景に視線を向ける。
 ……何がどうなったのだろうか。
 ゴブリンの群れは1匹残らず消えており……地面には深々とクレーターが刻まれている。
 これをランゼがやったと考えると……ぶるりと震えてしまう。

「大丈夫か? 立てるか?」
「は、はめっ、『破滅魔法』でありますか……?! まさか、使える者がいたなんて……!」
「おいどうした? ランゼの使った魔法ってヤバイのか?」
「は、『破滅魔法』というのは、使える者がいないと言われるほど珍しい魔法なのであります……それこそ、使えるのはランゼ殿しかいないのでは……」
「マジかよすげぇな」

 高笑いしているランゼ……まさか、ここまで強い魔法が使えるとは。
 だがそれだと、ギルドの男たちが言っていたザコ魔法使いという言葉が謎だ。

「グルルルルルル……!」
「ギャギャァアアアァアアアアアアッッ!!」

 爆音を聞き付けたのか、辺りからモンスターの唸り声が聞こえ始める。

「ランゼ、モンスターが寄ってきたぞ。さっきのやつで一掃してくれ」
「無理よ」
「……え?」
「だから無理よ。『破滅魔法』の『ビッグバン』は魔力の消費が激しいの。1日1回が限界ね。寄ってきたモンスターの処理はイツキに任せるわ」
「お前マジか」
「「「ガルルァアアアアアアアアアッッ!!」」」

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