発展途上の異世界に、銃を持って行ったら ~改訂版~

ibis

5話

「……どうした?」

 夜。宿屋の1階。
 カウンターの席に座るアルマが……目の前に出された料理を見て、目を見開いていた。
 スクランブルエッグのような料理に、何の肉で作られたかわからないベーコン。そして、カチカチの黒色のパン。
 苦手な料理でもあるのか? と、イツキが不思議そうに問い掛け……ハッと我に返ったようにブンブンと頭を振って否定した。

「ち、違うのであります……その、自分……嬉しくて……」
「……そうか……食べろ」
「は、はいであります」

 深くは尋ねず、木製のフォークらしき道具を使ってベーコンを口に入れてみた。
 ……生臭い。ちゃんと火を通したのか?
 口直しに、スクランブルエッグを食べる。
 ……しょっぱい。この世界にも塩とかあるのか?
 最後に、黒パンをかじった。
 ……固い。いやこれ歯より固くないか?
 こっちの世界では、これが普通なのだろうか?
 ふと料理から視線を逸らし……一心不乱に料理を食べているアルマが目に入った。
 そんなに勢いよく食べれるか? と思わずアルマを凝視し……視線に気づいたのか、アルマもイツキの方を向いた。

「……美味いか?」
「はい!」

 嬉しそうに笑い、ぱくぱくと食べ進めるアルマ。
 ……ようやく笑った。
 そんな年相応の姿を見て、思わずイツキの表情も柔らかくなる。

 さて……これからの事を考えなければならない。
 スクランブルエッグとベーコンを合わせて食べながら、頭を回転させる。生臭いし、しょっぱい。ダメだ、集中できない。

「……アルマ。俺の分も食うか?」
「え……い、良いのでありますか?」
「ああ……ほら」
「い、いただくであります!」

 差し出された料理を奪うように取り、イツキの分を喜んで食べ始める。
 そんなアルマを横目で見つつ、木製のコップに注がれている水を一気に飲み干した。

 ……今の状況は……そこまで悪くない。
 だが、持っている金はいずれ尽きる。
 だとすれば……金を稼ぐために、働かなければならない。
 グローリアスの話だと、冒険者になるのが良いと言っていた。
 冒険者とは、モンスターを狩ったり、頼まれた物を森や鉱山などから取ってきたりする職業の事。
 ギルドという所で登録してもらい、手続きをすれば、冒険者として活動できるらしい。
 収入は安定しないが、実力さえあれば金が手に入るため、魔力銃の力を見たグローリアスが進めるのもわかる。
 と、なれば……明日はギルドに行くか。

「……なあ、ギルドの場所ってわかるか?」
「……申し訳ないであります。自分には……」
「そうか……わからないならしょうがない。女将さんに聞こう」

 忙しそうに働く女将さんを見つけ、手を上げてこちらに呼ぶ。

「どうしたんだい? まだ注文かい?」
「いや、ギルドってのがどこにあるか聞いておこうかと思って……今、大丈夫か?」
「もちろんさ。ギルドの場所だね。ここから通りを真っ直ぐに進めば着くんだけど……そう言ってもわからないね。明日、ユリナを案内させるから、明日でもいいかい?」
「ユリナ……って誰だ?」
「あたしの娘さ。あそこにいるよ」

 そう言って、女将さんは──あの看板娘を指差した。娘だったのか。
 と、こちらの会話に気づいたのか、笑顔で手を振っている。昼間イツキが無視したというのに……心が広いようだ。

「それで、明日でも良いかい?」
「ああ……ありがとう」
「どういたしまして……それで、そっちの子の食器は、持っていっても良いのかい?」
「え?」

 女将さんから視線を逸らし、イツキは反対側──アルマの座っている方に目を向ける。
 無言でもぐもぐと口を動かすアルマ……先ほどまで料理が乗っていたはずの食器は空だ。
 慌てて詰め込んだのだろう。アルマの頬がぱんぱんに膨らんでおり、手で口を押さえている。

「……んな慌てて食わなくても……」
「もっ、んっ! ……申し訳ないであります。時間を掛けてしまったであります……」
「そんなの気にすんなよ。飯ぐらいゆっくり食え」
「……了解であります……」

 心底申し訳なさそうに肩を落とすアルマ。
 そんなアルマの頭をぐりぐりと乱暴に撫で、きょとんと自分を見上げるアルマに、イツキはニッと笑みを見せた。
 その笑顔を見たアルマが、怯えたように小さく悲鳴を上げ……あれ、俺の笑顔ってそんなに怖いか? と、密かにイツキの心が傷ついた。

「明日はギルドに行くけど……お前はどうする?」
「……おっ、置いて行かれるのでありますか……?」
「いや。連れて行こうと思ってるけど……一応、お前がどうしたいのか聞こうと思ってな」
「……自分は、イツキ様の奴隷であります。イツキ様が望むのなら……自分は、付いて行くであります」
「んじゃ、連れて行くぞ」

 ──この時のイツキは、想像もしていなかった。
 この国で『地霊族ドワーフ』とは、地霊道具ドワーフ・ツールを作った種族として、尊敬されているという事。
 その『地霊族ドワーフ』を自分の物にして、地霊道具ドワーフ・ツールを作らせてお金を稼ぐという商法を考えている悪党がいる事。
 そして……この幼い『地霊族ドワーフ』が、後々、 重要な役割を担う事になる事。
 そんな事、今のイツキが知るはずもなく……席を立ち、自分の泊まる部屋へと向かった。

────────────────────

「……コイツ……すぐ寝やがって……」

 暗い宿の部屋の中。なかなか寝付けないイツキが、布団をどかしながら起き上がる。
 穏やかな寝息を立てるアルマを起こさないように、ゆっくりとベッドから降りた。
 そのまま洗面所へと向かい、魔力を流して電気を付ける。
 鏡に映った自分の顔を見て……深くため息を吐いた。
 ……ヒドイ顔だ。
 目付きが悪く、初対面の人と目が合えば、間違いなく相手は睨まれていると勘違いしてしまうほどに。
 さらに、疲れや寝不足でクマができており……ボサボサな髪と合わさって、だらしない印象を受ける。

「……そりゃ、アルマがビビるわけだよなぁ……」

 そう……食事の時、イツキの笑顔を見たアルマが、怯えたように顔を引きつらせたのだ。
 イツキ自身、自分の顔が悪人面という事は自覚している。
 だが、自覚しているとは言っても、誰かに怯えられるのは決して気持ちの良い事ではない。
 ……笑顔の練習でもしとくか。
 言いながら、試しに鏡に映る自分に向け、ニイッと笑ってみる。ダメだ。とても見せられたものじゃない。
 はぁ、と肩を落とし、電気を消してベッドに戻ろうと──

「──いやぁああああああああああッ!」
「ッ?!」

 突如、静寂を裂き、絶叫が響いた。
 耳の奥に刺さるような、キンキンとした悲鳴──それがアルマの声だと判断するのに、多くの時間を必要とはしなかった。
 突然の悲鳴に、イツキは一瞬身を硬直させ……だがすぐに我を取り戻し、アルマの眠っていたベッドに向かい──

「いやっ! いやあっ、いやぁああああッ!」

 ──手を天井に伸ばし、何かを求めるようにもがくアルマの姿を見つけた。

「アルマッ?! オイどうした!」
「いやだっ、いやだいやだっ! やめてっ!」
「何がイヤなんだよ?! とりあえず落ち着けッ!」

 無理矢理アルマの体を起こし、肩を掴んで思いきり前後に揺さぶった。
 そんなイツキに気づいていないのか、アルマは虚空に手を伸ばし続ける。
 アルマの顔を覗き込み──その蒼眼が、イツキを捉えていない事を確認する。
 コイツは……悪夢でも見ているのか?

「落ち着け、大丈夫だ。大丈夫、大丈夫……」
「いや、いやぁ……!」
「……大丈夫だ。俺がいる。だから落ち着け」

 小さな体を抱き締め、綺麗な白髪を撫でる。

「いやぁ……いや、いやぁ……!」
「泣くな……大丈夫だから」

 しばらくの間、イツキの胸で泣きじゃくっていたが……落ち着いたのか、いつの間にかすうすうと眠っていた。

「──なんだい、何かあったのかい?!」
「お客様?! 大丈夫ですか?!」

 ドンドンと扉がノックされ、女将の声とその娘の声が聞こえた。おそらく、アルマの悲鳴が聞こえたのだろう。
 アルマを抱っこし、空いている手で扉の鍵を解錠し……荒々しく扉が開けられ、女将さんとユリナが転がり込むようにして室内に入ってきた。

「どうしたんだい?! 何があったんだい?!」
「あ、いや……何もない。騒がしくして悪かった」
「……その子……どうかしたんですか?」
「わからん……悪い夢でも見たのかもな」

 アルマを抱え直し、部屋を出て階段へ向かう。

「ど、どこに行くんだい?」
「また夜泣きしたらたまらないだろ。少し外を歩いてくる。落ち着いたら戻ってくるから」
「そうかい……気を付けて行くんだよ」
「ああ……ありがとう」

 そう言い残し、イツキは宿の外へ出た。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品