発展途上の異世界に、銃を持って行ったら ~改訂版~
3話
「──さて……改めて自己紹介をしよう。私の名前はグローリアス=ゼナ・アポワード。『人国』を治める国王だ」
「その娘のシャルロット=ゼナ・アポワードです」
グローリアスとシャルロットが再び自己紹介をし、イツキに向かって頭を下げる。
対するイツキは──今立っている場所を今一度確認して、ゴクリと喉を鳴らした。
……いやー。マジ? 本当に国王だったの? じゃあ俺、国王の娘にタメ口使ったり、緊急事態とはいえ抱き上げたりしてたのか?
「えっと……イツキさん? どうかしましたか?」
「あ、ああいや、何でもない……です」
「……ふふっ、敬語なんてやめてください。どうか、先ほどまでのようにしてください」
「……わかった、シャルロット」
「それと、私の事はシャルと呼んでください。親しい方からは、そう呼ばれてますので」
「それはちょっと──」
「お願いします、ね?」
おそらくウインクをしたのだろうが、眼帯のせいで目を閉じたようにしか見えない。意外に抜けているのだろうか。
まあ、そんな事はどうでもいい……と、イツキは目を細めて、心で黒く笑った。
今はとにかく……この2人から、できるだけこの世界の情報を聞き出さないと。
俺の『観察眼』と『分析』は、女神をして厄介そうにしていたんだ。
ただの人間2人から情報を聞き出すなんて──あの悪魔みたいな女神との探り合いに比べれば、ヌルゲーだ。
「……えっと……グローリアスさん。色々と聞きたいんですけど、いいですかね?」
「ふむ、私のわかる範囲ならば、何でも答えよう」
「んじゃ、お言葉に甘えて……実は俺、つい2日前に……『ゾディアック』に襲われまして。その時に頭を打ったみたいで、記憶が色々と飛んでしまっているんですよ」
もちろん嘘だ。何1つ真実ではない。
だが……困ったような笑みを浮かべるイツキを見て、何を思ったか、シャルロットがイツキの右手を優しく握った。
突然の温もりに、思わずイツキが体を硬直させ……直後の囁くようなシャルロットの言葉に、胸を痛めた。
「……そうだったんですね、イツキさん……自分の事で手一杯だったのに、私たちを助けてくださったんですね……」
「あ……ああいや……まあ……」
本気で心配そうに瞳を揺らすシャルロットの姿に、不覚にも一瞬だけ見惚れてしまう。普通の男なら、一瞬で落ちている事だろう。
……クソ……嘘を言う事には何の罪悪感もないが、心配されると居心地が悪いな……
目を閉じ、ゆっくりと息を吐き出して……記憶喪失を装う。
何にせよ、ここでたくさん情報を持っておけば、後々楽になるのは事実。
──盗み取れ、情報を。
「一応、自分の名前とか、家族の名前とか、文字の読み方とかは覚えていたんですけど……その他の事はさっぱりで。自分の事を知っている人を探そうと思い、近くの国を目指して歩いていたんです」
「なるほど……大変だったな」
同情するように眉を寄せるグローリアスを見て……イツキは、再び心の中で黒く笑った。
いける。これなら、簡単に情報を引き出せる。
そう思い、イツキは様々な質問をグローリアスとシャルロットに投げ掛けた。
近隣の国の名前や、通貨の相場。職やモンスターについて。
他にも様々な一般常識を記憶し……この世界情報を、次々に覚えていった。
────────────────────
「うし……まあ、悪くはないな」
2人からできるだけ情報を引き出し、グローリアスから謝礼の金を貰ったイツキは……国内をウロウロしていた。
一応、目的はいくつかある。
まずは寝床の確保。そして服の確保だ。
寝床は今日中に絶対見つける。服は時間があれば……と思っている。
服を確保したいのにも……理由がある。
そもそも、この世界には制服が存在しない。だから、イツキの服装は、イヤでも目立ってしまう。
できるだけ面倒事を避けたいイツキとしては、服の確保も重要だ。
グローリアスからも、随分と質の良い服だなと言われ、この国には旅人の持ち物を狙う輩も多いと忠告された。
……もしかしたら、服を取られるかも知れない。
そう思うと、不安でしょうがなかった。
「……んぁ……?」
何やら、騒がしい声が聞こえた。路地裏の方からだ。
それも、1人2人の規模ではない……何十人の規模だ。
路地裏で何をしているんだ? と興味を覚え、ゆっくりと歩みを進める。
やがて、ボロボロの扉に行き着いた。騒がしい声も、ここから聞こえる。
一体、何をしているのだろう? と、イツキが扉を開き──
──中の光景を見て、固まった。
「ではこの商品! 銀貨20枚から!」
「23枚」
「28!」
オークション、と言えば良いのだろうか。
何やら檻に入った商品を、狂ったような眼で品定めして、値段を付けている。
檻に入っているのは……物ではなく、正しくは者だ。
イツキと同じくらいの少女や、5歳くらいの幼い男の子が、首輪を付けられた状態で、1列に立たされている。
──奴隷。グローリアスに聞いた情報の中に、その事があったのを思い出す。
この国の法律としては、奴隷制度は……黙認しているらしい。というのも、身売りしないと稼げないという家庭が多くあるらしいのだ。
だから、売られている少年少女も、自分で体を売って、ここにいる。
無理矢理……そう。無理矢理自分を納得させ、この空間から立ち去ろうと視線を動かした──瞬間。1人の少女と目が合った。
褐色の肌に、青空を封じ込めたように美しい蒼色の瞳。そして、雲のようにふわふわと揺れる白髪。
汚い布切れで体を包んでいるが……ちゃんとした服を着れば、かなり美しい少女だろう。
この世の全てに絶望したような少女と、目が……合ってしまった。
「では! 本日の大目玉! 『無能』と呼ばれて家族に捨てられ、同種族からも見放された──『地霊族』の少女です!」
オオオオオオオオオオッ! と、建物の中に叫び声が響き渡る。
司会の言葉に応じて出てきたのは……その褐色の少女だった。
「ではこの『地霊族』……聖金貨10枚から!」
──と、先ほどまで異様な熱気に包まれていた会場が、一瞬にして静まり返る。
まあ、無理もない。
この世界の通貨の相場は……大きく分けて、銅貨、銀貨、金貨、魔金貨、そして聖金貨。この5種類に分けられている。
銀貨1枚で銅貨100枚の価値。金貨1枚で銀貨100枚の価値となっており、一番高い聖金貨は、魔金貨100枚の価値がある。
今、司会が言った聖金貨10枚は……魔金貨1000枚という事。
そもそも、一般国民は、聖金貨を見る機会が滅多にない。それほど、聖金貨には価値があるのだ。
「……いませんか? それでは、少し値段を落として──」
「買った」
「……はい?」
沈黙を破り、皮袋を取り出す少年……イツキだ。
まさか聖金貨10枚で買う者がいるとは思っていなかったのだろう。司会の顔が、驚愕に歪んでいた。
それを小気味良く思いながら、イツキは皮袋の中から聖金貨を取り出した。
イツキがグローリアスから貰った謝礼金は……聖金貨15枚。
ここで10枚失うのは痛手だが……ここでこの少女を見捨てるよりはマシだ。
他の奴隷は……全員、目に覚悟が宿っていた。まあ、自分で身売りしたのだろうから、当然と言えば当然だろう。
だが……この『地霊族』の少女だけは、その目を絶望に染めていた。司会の言う通り、家族に捨てられ、同種族にも見放されたのだろう。
その目を見て……これ以上絶望を与えてはダメだ、と思ったのだ。
先ほどシャルロットを助けた事といい、イツキはいつからそんなに優しくなったのか。
それは多分……家族が原因だろう。
シャルロットは家族が殺されると泣きながら懇願し、その気持ちを汲んで、イツキは戦った。
この少女も同じだ。
イツキは、もう二度と家族には会えない。この少女も同じく、捨てられたため、もう二度と会えないだろう。
だから……同情してしまったのだ。
「聖金貨10枚……ほらよ」
「ぁ、ええ?! ほ、本当に10……?!」
驚愕する司会の横を通り過ぎ、『地霊族』の少女の前に立った。
ゆっくりと顔を上げ、『地霊族』の少女がイツキの瞳を覗き込む。
──美しい蒼眼が、黒く濁っている。
そんなよくわからない事を思いながら、少女の手を握った。そのまま引きずるようにして、会場から立ち去る。
少女は抵抗する事なく……ただされるがまま、イツキに引っ張られていた。
そうして、ボロボロの扉に手を掛けようとして──目の前に、巨漢が立ち塞がった。
「悪ぃなボウズ。その子、譲ってくれよ」
「……ああ? ふざけてんのかオッサン。コイツは俺が金で買ったんだ。欲しいんならしっかり金払えよ」
2メートルはあるだろう大男を前にして、だが1歩も退かずに言葉を強める。
そんなイツキの言葉を聞いて、巨漢は怒る……事もなく、ただにやにやと笑っていた。
おそらく、イツキを金持ちの息子だとでも思っているのだろう。聖金貨10枚をポンと出したり、質の良い服を着ていたり……そう勘違いされても仕方がない。
だが残念。イツキはただの一般人……いや、この世界の知識においては、一般人よりも劣るだろう。それに、金持ちの息子でもない。
「そうかい……じゃあ、今回は運が悪かったと思って諦めるんだな」
言いながら、巨漢が『地霊族』の少女に手を伸ばした。
事の原因である少女は──抵抗する素振りすら見せず、虚ろな眼でイツキを見ていた。
──私は、捨てられた。私は、見放された。あなたもそう。自分の身が危なくなれば、すぐに私を捨てるんでしょ? 見放すんでしょ?
そう目が語っているように見え……イツキは、理由のわからぬ憤怒を覚えた。
ポケットに無理矢理突っ込んだ魔力銃を取り出し、銃口を上に向ける。
──この建物に2階がない事は外から確認済みだし、こんな胸糞悪い所なら、ぶっ壊しても良いだろ。
イライラに身を任し、イツキは引き金を引いた。
──ドゴォオオオオオオオオオオオオッッ!!
弾丸が天井を貫き、木屑の雨を降らせる。
さすがの少女も驚いたのだろう。これまでの絶望に満ちた表情ではなく、驚いて目を丸くしていた。
「行くぞッ!」
「え、ぁ……」
無理に引っ張り、固まっている巨漢の横を通り抜けて逃亡。
もしかしたら……いや、確実に修理費を要求されるだろうと思い、皮袋から聖金貨を1枚取り出して扉の向こうにぶん投げた。誰が拾うかはわからないが、まあ司会の男が拾う事を願おう。
されるがままの少女を連れ、イツキは──行く先もわからず、ただひたすらに走った。
────────────────────
「──はあっ、はっ……よ、よし、ここまで来れば……」
会場からかなり離れ、よくわからない所にやって来た。
膝に片手を付き、肩で息をするイツキの手には、『地霊族』の少女の手が握られている。
ふと、少女を無理に走らせた事を思い出し、謝罪しようと顔を上げ──息1つ切らしていない少女の姿が目に入る。
……なんか俺、ダサくね?
そう思い、座り込みたいのをグッと我慢して、少女と正面から向き合った。
「ふぅ……悪いな、無理に走らせて。俺は百鬼 樹だ。お前は?」
「………………アルマ・オルヴェルグ……で、あります……」
「……それって、アルマが名前でいいんだよな?」
イツキの質問に、アルマが一瞬だけ何言ってるんだコイツ? みたいに目を細め、次の瞬間には表情を戻し、無言で頷いた。
そりゃそうか。何を聞いてんだ俺。と反省し……別の質問を投げ掛ける。
「…………ちなみに、何歳か聞いてもいいか?」
「………………14歳であります……」
「14……って、中学2年じゃねぇか……」
この年の少女を見放すとか、アルマの両親はふざけているのだろうか。
顔も知らぬ両親への憤りを覚え……アルマの目を見ながら、何をすべきか考える。
──とりあえず今は……宿より服だな。
さすがに勝手に買っておいて、はいさよなら~ってのは……無責任にもほどがある。
それに、アルマは女の子だ。このままボロボロの布切れなんかじゃなくて、ちゃんとした服を着せないと。
「……付いてきてくれ、アルマ。服屋を探そう」
無言で頷く少女を連れ、イツキは服屋を探して歩き始めた。
「その娘のシャルロット=ゼナ・アポワードです」
グローリアスとシャルロットが再び自己紹介をし、イツキに向かって頭を下げる。
対するイツキは──今立っている場所を今一度確認して、ゴクリと喉を鳴らした。
……いやー。マジ? 本当に国王だったの? じゃあ俺、国王の娘にタメ口使ったり、緊急事態とはいえ抱き上げたりしてたのか?
「えっと……イツキさん? どうかしましたか?」
「あ、ああいや、何でもない……です」
「……ふふっ、敬語なんてやめてください。どうか、先ほどまでのようにしてください」
「……わかった、シャルロット」
「それと、私の事はシャルと呼んでください。親しい方からは、そう呼ばれてますので」
「それはちょっと──」
「お願いします、ね?」
おそらくウインクをしたのだろうが、眼帯のせいで目を閉じたようにしか見えない。意外に抜けているのだろうか。
まあ、そんな事はどうでもいい……と、イツキは目を細めて、心で黒く笑った。
今はとにかく……この2人から、できるだけこの世界の情報を聞き出さないと。
俺の『観察眼』と『分析』は、女神をして厄介そうにしていたんだ。
ただの人間2人から情報を聞き出すなんて──あの悪魔みたいな女神との探り合いに比べれば、ヌルゲーだ。
「……えっと……グローリアスさん。色々と聞きたいんですけど、いいですかね?」
「ふむ、私のわかる範囲ならば、何でも答えよう」
「んじゃ、お言葉に甘えて……実は俺、つい2日前に……『ゾディアック』に襲われまして。その時に頭を打ったみたいで、記憶が色々と飛んでしまっているんですよ」
もちろん嘘だ。何1つ真実ではない。
だが……困ったような笑みを浮かべるイツキを見て、何を思ったか、シャルロットがイツキの右手を優しく握った。
突然の温もりに、思わずイツキが体を硬直させ……直後の囁くようなシャルロットの言葉に、胸を痛めた。
「……そうだったんですね、イツキさん……自分の事で手一杯だったのに、私たちを助けてくださったんですね……」
「あ……ああいや……まあ……」
本気で心配そうに瞳を揺らすシャルロットの姿に、不覚にも一瞬だけ見惚れてしまう。普通の男なら、一瞬で落ちている事だろう。
……クソ……嘘を言う事には何の罪悪感もないが、心配されると居心地が悪いな……
目を閉じ、ゆっくりと息を吐き出して……記憶喪失を装う。
何にせよ、ここでたくさん情報を持っておけば、後々楽になるのは事実。
──盗み取れ、情報を。
「一応、自分の名前とか、家族の名前とか、文字の読み方とかは覚えていたんですけど……その他の事はさっぱりで。自分の事を知っている人を探そうと思い、近くの国を目指して歩いていたんです」
「なるほど……大変だったな」
同情するように眉を寄せるグローリアスを見て……イツキは、再び心の中で黒く笑った。
いける。これなら、簡単に情報を引き出せる。
そう思い、イツキは様々な質問をグローリアスとシャルロットに投げ掛けた。
近隣の国の名前や、通貨の相場。職やモンスターについて。
他にも様々な一般常識を記憶し……この世界情報を、次々に覚えていった。
────────────────────
「うし……まあ、悪くはないな」
2人からできるだけ情報を引き出し、グローリアスから謝礼の金を貰ったイツキは……国内をウロウロしていた。
一応、目的はいくつかある。
まずは寝床の確保。そして服の確保だ。
寝床は今日中に絶対見つける。服は時間があれば……と思っている。
服を確保したいのにも……理由がある。
そもそも、この世界には制服が存在しない。だから、イツキの服装は、イヤでも目立ってしまう。
できるだけ面倒事を避けたいイツキとしては、服の確保も重要だ。
グローリアスからも、随分と質の良い服だなと言われ、この国には旅人の持ち物を狙う輩も多いと忠告された。
……もしかしたら、服を取られるかも知れない。
そう思うと、不安でしょうがなかった。
「……んぁ……?」
何やら、騒がしい声が聞こえた。路地裏の方からだ。
それも、1人2人の規模ではない……何十人の規模だ。
路地裏で何をしているんだ? と興味を覚え、ゆっくりと歩みを進める。
やがて、ボロボロの扉に行き着いた。騒がしい声も、ここから聞こえる。
一体、何をしているのだろう? と、イツキが扉を開き──
──中の光景を見て、固まった。
「ではこの商品! 銀貨20枚から!」
「23枚」
「28!」
オークション、と言えば良いのだろうか。
何やら檻に入った商品を、狂ったような眼で品定めして、値段を付けている。
檻に入っているのは……物ではなく、正しくは者だ。
イツキと同じくらいの少女や、5歳くらいの幼い男の子が、首輪を付けられた状態で、1列に立たされている。
──奴隷。グローリアスに聞いた情報の中に、その事があったのを思い出す。
この国の法律としては、奴隷制度は……黙認しているらしい。というのも、身売りしないと稼げないという家庭が多くあるらしいのだ。
だから、売られている少年少女も、自分で体を売って、ここにいる。
無理矢理……そう。無理矢理自分を納得させ、この空間から立ち去ろうと視線を動かした──瞬間。1人の少女と目が合った。
褐色の肌に、青空を封じ込めたように美しい蒼色の瞳。そして、雲のようにふわふわと揺れる白髪。
汚い布切れで体を包んでいるが……ちゃんとした服を着れば、かなり美しい少女だろう。
この世の全てに絶望したような少女と、目が……合ってしまった。
「では! 本日の大目玉! 『無能』と呼ばれて家族に捨てられ、同種族からも見放された──『地霊族』の少女です!」
オオオオオオオオオオッ! と、建物の中に叫び声が響き渡る。
司会の言葉に応じて出てきたのは……その褐色の少女だった。
「ではこの『地霊族』……聖金貨10枚から!」
──と、先ほどまで異様な熱気に包まれていた会場が、一瞬にして静まり返る。
まあ、無理もない。
この世界の通貨の相場は……大きく分けて、銅貨、銀貨、金貨、魔金貨、そして聖金貨。この5種類に分けられている。
銀貨1枚で銅貨100枚の価値。金貨1枚で銀貨100枚の価値となっており、一番高い聖金貨は、魔金貨100枚の価値がある。
今、司会が言った聖金貨10枚は……魔金貨1000枚という事。
そもそも、一般国民は、聖金貨を見る機会が滅多にない。それほど、聖金貨には価値があるのだ。
「……いませんか? それでは、少し値段を落として──」
「買った」
「……はい?」
沈黙を破り、皮袋を取り出す少年……イツキだ。
まさか聖金貨10枚で買う者がいるとは思っていなかったのだろう。司会の顔が、驚愕に歪んでいた。
それを小気味良く思いながら、イツキは皮袋の中から聖金貨を取り出した。
イツキがグローリアスから貰った謝礼金は……聖金貨15枚。
ここで10枚失うのは痛手だが……ここでこの少女を見捨てるよりはマシだ。
他の奴隷は……全員、目に覚悟が宿っていた。まあ、自分で身売りしたのだろうから、当然と言えば当然だろう。
だが……この『地霊族』の少女だけは、その目を絶望に染めていた。司会の言う通り、家族に捨てられ、同種族にも見放されたのだろう。
その目を見て……これ以上絶望を与えてはダメだ、と思ったのだ。
先ほどシャルロットを助けた事といい、イツキはいつからそんなに優しくなったのか。
それは多分……家族が原因だろう。
シャルロットは家族が殺されると泣きながら懇願し、その気持ちを汲んで、イツキは戦った。
この少女も同じだ。
イツキは、もう二度と家族には会えない。この少女も同じく、捨てられたため、もう二度と会えないだろう。
だから……同情してしまったのだ。
「聖金貨10枚……ほらよ」
「ぁ、ええ?! ほ、本当に10……?!」
驚愕する司会の横を通り過ぎ、『地霊族』の少女の前に立った。
ゆっくりと顔を上げ、『地霊族』の少女がイツキの瞳を覗き込む。
──美しい蒼眼が、黒く濁っている。
そんなよくわからない事を思いながら、少女の手を握った。そのまま引きずるようにして、会場から立ち去る。
少女は抵抗する事なく……ただされるがまま、イツキに引っ張られていた。
そうして、ボロボロの扉に手を掛けようとして──目の前に、巨漢が立ち塞がった。
「悪ぃなボウズ。その子、譲ってくれよ」
「……ああ? ふざけてんのかオッサン。コイツは俺が金で買ったんだ。欲しいんならしっかり金払えよ」
2メートルはあるだろう大男を前にして、だが1歩も退かずに言葉を強める。
そんなイツキの言葉を聞いて、巨漢は怒る……事もなく、ただにやにやと笑っていた。
おそらく、イツキを金持ちの息子だとでも思っているのだろう。聖金貨10枚をポンと出したり、質の良い服を着ていたり……そう勘違いされても仕方がない。
だが残念。イツキはただの一般人……いや、この世界の知識においては、一般人よりも劣るだろう。それに、金持ちの息子でもない。
「そうかい……じゃあ、今回は運が悪かったと思って諦めるんだな」
言いながら、巨漢が『地霊族』の少女に手を伸ばした。
事の原因である少女は──抵抗する素振りすら見せず、虚ろな眼でイツキを見ていた。
──私は、捨てられた。私は、見放された。あなたもそう。自分の身が危なくなれば、すぐに私を捨てるんでしょ? 見放すんでしょ?
そう目が語っているように見え……イツキは、理由のわからぬ憤怒を覚えた。
ポケットに無理矢理突っ込んだ魔力銃を取り出し、銃口を上に向ける。
──この建物に2階がない事は外から確認済みだし、こんな胸糞悪い所なら、ぶっ壊しても良いだろ。
イライラに身を任し、イツキは引き金を引いた。
──ドゴォオオオオオオオオオオオオッッ!!
弾丸が天井を貫き、木屑の雨を降らせる。
さすがの少女も驚いたのだろう。これまでの絶望に満ちた表情ではなく、驚いて目を丸くしていた。
「行くぞッ!」
「え、ぁ……」
無理に引っ張り、固まっている巨漢の横を通り抜けて逃亡。
もしかしたら……いや、確実に修理費を要求されるだろうと思い、皮袋から聖金貨を1枚取り出して扉の向こうにぶん投げた。誰が拾うかはわからないが、まあ司会の男が拾う事を願おう。
されるがままの少女を連れ、イツキは──行く先もわからず、ただひたすらに走った。
────────────────────
「──はあっ、はっ……よ、よし、ここまで来れば……」
会場からかなり離れ、よくわからない所にやって来た。
膝に片手を付き、肩で息をするイツキの手には、『地霊族』の少女の手が握られている。
ふと、少女を無理に走らせた事を思い出し、謝罪しようと顔を上げ──息1つ切らしていない少女の姿が目に入る。
……なんか俺、ダサくね?
そう思い、座り込みたいのをグッと我慢して、少女と正面から向き合った。
「ふぅ……悪いな、無理に走らせて。俺は百鬼 樹だ。お前は?」
「………………アルマ・オルヴェルグ……で、あります……」
「……それって、アルマが名前でいいんだよな?」
イツキの質問に、アルマが一瞬だけ何言ってるんだコイツ? みたいに目を細め、次の瞬間には表情を戻し、無言で頷いた。
そりゃそうか。何を聞いてんだ俺。と反省し……別の質問を投げ掛ける。
「…………ちなみに、何歳か聞いてもいいか?」
「………………14歳であります……」
「14……って、中学2年じゃねぇか……」
この年の少女を見放すとか、アルマの両親はふざけているのだろうか。
顔も知らぬ両親への憤りを覚え……アルマの目を見ながら、何をすべきか考える。
──とりあえず今は……宿より服だな。
さすがに勝手に買っておいて、はいさよなら~ってのは……無責任にもほどがある。
それに、アルマは女の子だ。このままボロボロの布切れなんかじゃなくて、ちゃんとした服を着せないと。
「……付いてきてくれ、アルマ。服屋を探そう」
無言で頷く少女を連れ、イツキは服屋を探して歩き始めた。
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