発展途上の異世界に、銃を持って行ったら ~改訂版~
1話
「ふ~ん……なるほどなるほど。武道の経験あり。身長体重、共に健全……うん、よし。君に決めた!」
腕を組み、笑みを浮かべる綺麗な幼女。
その向かい側に……高校生くらいの少年が座っていた。
「やあやあ初めまして! 百鬼 樹君だよね? おめでとう、君は私の独断と偏見と気紛れで、異世界に行く事が決定したよ!」
「……は、あ……?」
ここまで沈黙を守っていた少年が、幼女の言葉に掠れた声を漏らした。
少年の名前は、百鬼 樹。
過去、剣道の全国大会で準優勝した経験がある、それなりに運動ができる高校生である。
「お、おい……ここ、どこだ……?」
「どこだって言われても……私の暮らす空間、としか言えないよ? ……あ、そうだった。自己紹介してなかったね!」
ニコリと微笑みながら立ち上がり、幼女が優雅にお辞儀した。
「私の名前はヘルアーシャ。まあ……一応女神だよ」
いや、女神って何だよ。とイツキが口を開きかけ──ヘルアーシャの笑顔を見て、言葉を詰まらせた。
確かにその笑顔は、女神に相応しい美しい笑顔だ。
「……俺、なんでここにいるんだ?」
「ん? 言ったじゃん。異世界に行く事が決定したよって」
首をコテンと傾け、当然のように言ってのける自称女神。
コイツには話が通じないと考えたイツキは、自力で現状の把握を行う事にした。
目の前の自称女神を警戒しつつ、目だけで室内を見回し……固まった。
……ただ、真っ白だ。
360度、どこを見ても、真っ白な空間が続いている。
「……さて、観察はもういいかな? そろそろ本題に入ってもいい?」
どこから出したのか、高そうな椅子に深く腰掛けるヘルアーシャが、どこかバカにしたような視線を向ける。
理解しようとしてもムダ。君には一生わからないよ──と、イツキを侮辱した視線だ。
視線の意味を何となく察したイツキは……次に、驚愕した。
──この幼女は、なんで俺が部屋の観察をしているとわかった?
目立つほど目を動かしたわけでもないし、感情を顔に出したわけでもない。
それでも──この幼女は、イツキが室内の観察を行っており……なおかつ、現状の理解を急いでいる事まで読んでいた。
「……へ、ぇ……本題ってのは?」
声が震えないように。目の前の女神に怯えている事を悟られないように。自身の考えを読まれ焦っている事に気づかれないように、できるだけ平静を装って問い掛ける。
「さっきも言ったじゃん、君を異世界に送るんだってば……話、聞いてた?」
再び、先ほど言った事を口にする。
そんな女神の態度に──イツキは、より一層警戒を深めた。
──よくわからないが……俺は今、スゴくヤバイやつと話しているのかも知れない。
コイツの言う『異世界』とやらが、もしも……百歩譲って真実だと考えよう。
だとすれば──この幼女は、俺を、見知らぬ世界に送ろうとしているのだ。
そんなの、もちろん許容するはずがない。
距離を取り、女神の誘いを丁重に断ろうと──
「ああ。言っておくけど……君に拒否権はないからね?」
「……なんで、って……聞いてもいいか?」
「うん。あのね……君、もうあっちの世界には帰れないの。一度ここに呼んだ人を、同じ世界に帰すわけにはいけないんだ」
さらりと、とんでもない事を言う女神。
その言葉の意味を理解できず、少しの間、考えるような仕草を見せ……理解したのか、イツキが口を開いた。
「……いや、ふざけんなよ? なんで勝手に色々決めてんだよ。俺の意見ガン無視かよオイ」
「まあ落ち着きなよ……ほら、座って座って」
パチンッと指を鳴らし──イツキの背後に、木製の椅子が現れる。
それに気づいたイツキは……先ほどの威勢の良さはどこへ行ったのか。怯えたように、大人しく椅子に座った。
「……うん、私の勘違いじゃないね……君、頭良いでしょ?」
「……何を根拠に言ってる知らねえけど……そりゃ勘違いだ。俺の通ってた高校は、中の上程度の高校だったし」
「違う違う。私が言いたいのはそういう『頭が良い』じゃなくて──『キレ者』でしょ? って言いたいの」
この数分……それだけの時間で、ヘルアーシャはイツキという人間について、完璧に理解しつつある。
──普段の平和な日常生活からは発揮されない、『冷静な現状の分析』と『相手の気持ちを何となく理解する観察眼』。
なるほど……高校生活や普段の生活では必要のない『キレ者』……才能の塊。
今もそうだ。
ヘルアーシャがどこからか椅子を召喚したのを見て、『他にも人間離れした能力を持っているかも知れない』と仮定し、大人しく言う事を聞いた……と、ヘルアーシャは認識している。
「……? ……よくわかんねえけど、過大評価し過ぎだ。俺は──」
「あーはいはい。それじゃ、次に質問ね」
何か言いかけるイツキを無理矢理黙らせ、ヘルアーシャが2本の指を立てた。
「君には選択する権利をあげよう! 私のお願いを聞いて、喜んで異世界に行くか──今ここで、物言わぬ屍になるか……どっちがいい?」
脅迫とも取れる、ヘルアーシャの選択。
事実上──『私の言う事を聞くか、死ぬか。どちらか選べ』と言われているのと同じだ。
「……それ、選択って言わねえだろ」
「そう? なら──選択する権利も与えず、屍になる?」
「わかった俺が悪かった……だから、殺さないでくれ」
弱気なイツキを見て、ヘルアーシャは満足そうにニコリと笑みを浮かべる。
「……これじゃ、女神っつーより悪魔じゃねえか……」
何気なく、ため息混じりに呟いた。
だが──その言葉を聞いたヘルアーシャの顔から、一瞬だけ温度が消えた。
まるで、能面のように冷えきった眼。
──ゾワリと、背中をナイフで撫でられたかのような錯覚を覚え、慌てたイツキが先ほどの発言を取り消そうと──
「……まったく……痛い所を的確に突いてくるんだから……」
「お……怒ってない……のか?」
「失礼だね。そりゃちょっとはムッとしたけど……私は一応女神だし、人間の失言くらい見逃してあげるよ」
──何故、いちいち一応と付けるのか。
本当に女神ならば、一応なんて付けなくて良いだろうに。
何か、裏がある? ……いや……何かを隠している?
「それ以上深くは考えない方がいいよ? ……記憶、消されたくないでしょ?」
「──ッ!」
ニコニコと笑ってはいるが……眼だけは、しっかりイツキを捉えている。
──これ以上何かを考えるのは、命に関わる。
ヘルアーシャから絶対零度の視線を受けるイツキは、大人しく先ほどの質問に答える事にした。
「……わかったわかったよ……喜んで異世界に行かせてもらうよ」
「うん、そう言ってもらえると嬉しいよ! それじゃ、次に進もっか!」
再びパチンッと指を鳴らし──今度は、山積みの書類が現れる。
「異世界転移特典……つまりはチート能力さ。えっと……なんだっけ……日本にある、らのべ? ってやつによくあるんでしょ?」
地面に散らばる書類。その内の1枚を手に取り、内容を確認する。
──聖剣 エクスカリバー。全てを切り裂く最強の剣で、所有者の認識も可能。これにより、他人に盗まれる心配はゼロ! と、何かの広告のような事が書かれてある。
「……………」
──【絶熱掌】。掌の温度を上昇させる能力。温度の制限はないため、どこまでも上昇させる事ができる。なお、使用者は【絶熱掌】による熱を感じないため、調子に乗って使い続けると、周りに被害が出るので注意!
──【心理操作】。握手を交わした者を操る事ができる。しかし、操作時間は握手時間に比例するため、長く操りたいなら長く握手をしよう!
──魔剣 ダークマター。闇の加護を受けし魔剣で、所有者を選ぶ。魔剣自身が意思を持つため、精神が弱い者は使わない方がいい。魔剣に体を乗っ取られてしまうぞ!
──【戦神の加護】。戦神の加護を得る事ができる能力。腕力、脚力など、筋力を増強する能力で、単純にして最強とも言える能力だ。しかし、能力の副作用で、使用者はゴリゴリのマッチョになってしまうぞ!
「なあ」
「んー? どうかしたー?」
「これってわざとか? それとも素で書いたのか?」
「えっと……何の話?」
どうやら、素でこの文を書いたようだ。
視線を戻し、書類を漁る──と、イツキの手が止まった。
──『変化式魔力銃』。壱から伍まで様々な形態があり、状況に応じて形を変えられる。欠点があるとすれば……魔力を弾丸として射出するため、使用者の魔力がすぐに空っぽとなってしまう事だろうか。
「……異世界ってさ……こんな武器とかがないと、簡単に死んじゃう感じなのか?」
「まあ、そうだね。モンスターとかがいるから、君みたいな普通の人間が生身で行けば……5秒で肉塊に変わるよ」
「物騒だな」
「うん……まあ君には、異世界で暴れてる『ゾディアック』っていう、モンスターなんかより凶悪なやつらと戦ってもらうんだけどさ」
さらっと目的を口にするヘルアーシャ。
聞き逃す事なく、しっかりと聞いたイツキは……ずっと気になっていた事を問いかけた。
「……文明はどのくらい進んでるか、わかるか?」
「んー……魔法を使って生活するのが普通だから、君たちの世界みたいに、暖房とかはないかなー?」
ヘルアーシャの返答を聞くや、イツキが1枚の紙をヘルアーシャに差し出した。
「……へぇ……これにするんだね? てっきり、聖剣か魔剣にするかと思ってたよ」
おもしろい物を見るように、ヘルアーシャが笑みを深める。
イツキが差し出した紙に書かれていたのは──『変化式魔力銃』だ。
「説明に書いてあったと思うけど……これを使うには、魔力が必要なんだよ? 君、自分にどれだけの魔力があるとかわかってるの?」
「いいや? さっぱりだ。けど──ゾディアックとやらを俺に倒してほしいんだろ? ……なら、どうにかしてその魔力ってやつを増強してくれ。この『変化式魔力銃』を使っても平気なくらいに」
ヘルアーシャが言うには──異世界とやらは、発展途上。しかも、魔法で生活してるため、技術の革新が遅いときた。
ならば、こちらは兵器を使う。
ヘルアーシャの言っていた、ゾディアックとやらを倒す気はないが……それとなく相手の言う事を聞くふりをして、魔力を底上げしてもらった方がいい。
「……うーん、やっぱりキレ者だね……適当に選んだけど、君で正解だったかも!」
「そんで? 何かしてくれるのか?」
「……ま、しょうがないね。それじゃ、君には特別に【無限魔力】を授けてあげるよ」
「【無限魔力】……?」
「そ。まあ無限に魔力を保有する能力って思えば良いよ」
言いながら、ヘルアーシャがイツキに手を向ける。
その手に淡い光が集まり──やがて、イツキの体を包み込んだ。
「……【無限魔力】を授けたよ。ああ、あとついでに身体能力も体に負担をかけない程度に上げといたから」
「身体能力を……? なんでだ?」
「んー? 別に【無限魔力】と『変化式魔力銃』だけでもよかったんだけど……君、銃なんて使った事ないでしょー? だから、ちょっとした気遣いさ」
──ヘルアーシャの言う通りだ。
イツキは、銃なんて使った事がない。
そんなやつがいきなり銃を持っても……使いこなせるわけがない。
なら、身体能力を上げてくれるのは……ありがたい。
「それじゃ、そろそろ送ろっかな? 準備はいい?」
「よくないけど……まあ、行くか」
大きくため息を吐きながら、イツキが椅子から立ち上がる。
三度、ヘルアーシャが指を鳴らし──イツキの背後に、白い扉が現れた。
「……俺って、元の世界じゃどうなってんだ?」
「さあ? いきなりこっちに呼んだから……失踪したって事になってるんじゃない?」
やっぱり、女神じゃなくて悪魔だ。
そんな事を思いながら、イツキは扉へと向かい──消えた。
──女神の『本当の目的』に気づく事なく。
────────────────────
「……はあ~……ほんと、扱いづらい人間だったな~」
1人になった空間の中。女神のような少女が、うーんと背伸びをする。
「ま、いいや。彼からゾディアックをどうにかしてくれるだろうし」
──異世界より現れし勇者。七人の大罪人を連れゾディアックを討つ。さすれば、魔王への道は開かれるだろう。
これは、異世界に伝わる……というより、ヘルアーシャが異世界に伝えた伝承だ。まあ、伝えたのはほんの1年前だったが。
「あのキレ者が、この伝承をどう受け取るかだよねー」
この伝承は──聞く者によって、内容がまったく違ってくる。
異世界でゾディアックの攻撃を受けている異世界人は、こう受け取るだろう。
──魔王という存在が諸悪の根源だ。ゾディアックを倒して魔王を倒さないと、平和は訪れない──と。
しかし……こういう受け取り方もできる。
──異世界より現れし勇者、ゾディアックを倒して力を付け、やがて魔王に成るだろう──と。
「……期待してるよ百鬼 樹。私の思い通りに働いてよね」
そう言って、ヘルアーシャが笑みを浮かべる。
歯を剥き出しにし、大きく口を歪めたその笑みは──悪魔と呼ばれるに相応しい笑みだった。
腕を組み、笑みを浮かべる綺麗な幼女。
その向かい側に……高校生くらいの少年が座っていた。
「やあやあ初めまして! 百鬼 樹君だよね? おめでとう、君は私の独断と偏見と気紛れで、異世界に行く事が決定したよ!」
「……は、あ……?」
ここまで沈黙を守っていた少年が、幼女の言葉に掠れた声を漏らした。
少年の名前は、百鬼 樹。
過去、剣道の全国大会で準優勝した経験がある、それなりに運動ができる高校生である。
「お、おい……ここ、どこだ……?」
「どこだって言われても……私の暮らす空間、としか言えないよ? ……あ、そうだった。自己紹介してなかったね!」
ニコリと微笑みながら立ち上がり、幼女が優雅にお辞儀した。
「私の名前はヘルアーシャ。まあ……一応女神だよ」
いや、女神って何だよ。とイツキが口を開きかけ──ヘルアーシャの笑顔を見て、言葉を詰まらせた。
確かにその笑顔は、女神に相応しい美しい笑顔だ。
「……俺、なんでここにいるんだ?」
「ん? 言ったじゃん。異世界に行く事が決定したよって」
首をコテンと傾け、当然のように言ってのける自称女神。
コイツには話が通じないと考えたイツキは、自力で現状の把握を行う事にした。
目の前の自称女神を警戒しつつ、目だけで室内を見回し……固まった。
……ただ、真っ白だ。
360度、どこを見ても、真っ白な空間が続いている。
「……さて、観察はもういいかな? そろそろ本題に入ってもいい?」
どこから出したのか、高そうな椅子に深く腰掛けるヘルアーシャが、どこかバカにしたような視線を向ける。
理解しようとしてもムダ。君には一生わからないよ──と、イツキを侮辱した視線だ。
視線の意味を何となく察したイツキは……次に、驚愕した。
──この幼女は、なんで俺が部屋の観察をしているとわかった?
目立つほど目を動かしたわけでもないし、感情を顔に出したわけでもない。
それでも──この幼女は、イツキが室内の観察を行っており……なおかつ、現状の理解を急いでいる事まで読んでいた。
「……へ、ぇ……本題ってのは?」
声が震えないように。目の前の女神に怯えている事を悟られないように。自身の考えを読まれ焦っている事に気づかれないように、できるだけ平静を装って問い掛ける。
「さっきも言ったじゃん、君を異世界に送るんだってば……話、聞いてた?」
再び、先ほど言った事を口にする。
そんな女神の態度に──イツキは、より一層警戒を深めた。
──よくわからないが……俺は今、スゴくヤバイやつと話しているのかも知れない。
コイツの言う『異世界』とやらが、もしも……百歩譲って真実だと考えよう。
だとすれば──この幼女は、俺を、見知らぬ世界に送ろうとしているのだ。
そんなの、もちろん許容するはずがない。
距離を取り、女神の誘いを丁重に断ろうと──
「ああ。言っておくけど……君に拒否権はないからね?」
「……なんで、って……聞いてもいいか?」
「うん。あのね……君、もうあっちの世界には帰れないの。一度ここに呼んだ人を、同じ世界に帰すわけにはいけないんだ」
さらりと、とんでもない事を言う女神。
その言葉の意味を理解できず、少しの間、考えるような仕草を見せ……理解したのか、イツキが口を開いた。
「……いや、ふざけんなよ? なんで勝手に色々決めてんだよ。俺の意見ガン無視かよオイ」
「まあ落ち着きなよ……ほら、座って座って」
パチンッと指を鳴らし──イツキの背後に、木製の椅子が現れる。
それに気づいたイツキは……先ほどの威勢の良さはどこへ行ったのか。怯えたように、大人しく椅子に座った。
「……うん、私の勘違いじゃないね……君、頭良いでしょ?」
「……何を根拠に言ってる知らねえけど……そりゃ勘違いだ。俺の通ってた高校は、中の上程度の高校だったし」
「違う違う。私が言いたいのはそういう『頭が良い』じゃなくて──『キレ者』でしょ? って言いたいの」
この数分……それだけの時間で、ヘルアーシャはイツキという人間について、完璧に理解しつつある。
──普段の平和な日常生活からは発揮されない、『冷静な現状の分析』と『相手の気持ちを何となく理解する観察眼』。
なるほど……高校生活や普段の生活では必要のない『キレ者』……才能の塊。
今もそうだ。
ヘルアーシャがどこからか椅子を召喚したのを見て、『他にも人間離れした能力を持っているかも知れない』と仮定し、大人しく言う事を聞いた……と、ヘルアーシャは認識している。
「……? ……よくわかんねえけど、過大評価し過ぎだ。俺は──」
「あーはいはい。それじゃ、次に質問ね」
何か言いかけるイツキを無理矢理黙らせ、ヘルアーシャが2本の指を立てた。
「君には選択する権利をあげよう! 私のお願いを聞いて、喜んで異世界に行くか──今ここで、物言わぬ屍になるか……どっちがいい?」
脅迫とも取れる、ヘルアーシャの選択。
事実上──『私の言う事を聞くか、死ぬか。どちらか選べ』と言われているのと同じだ。
「……それ、選択って言わねえだろ」
「そう? なら──選択する権利も与えず、屍になる?」
「わかった俺が悪かった……だから、殺さないでくれ」
弱気なイツキを見て、ヘルアーシャは満足そうにニコリと笑みを浮かべる。
「……これじゃ、女神っつーより悪魔じゃねえか……」
何気なく、ため息混じりに呟いた。
だが──その言葉を聞いたヘルアーシャの顔から、一瞬だけ温度が消えた。
まるで、能面のように冷えきった眼。
──ゾワリと、背中をナイフで撫でられたかのような錯覚を覚え、慌てたイツキが先ほどの発言を取り消そうと──
「……まったく……痛い所を的確に突いてくるんだから……」
「お……怒ってない……のか?」
「失礼だね。そりゃちょっとはムッとしたけど……私は一応女神だし、人間の失言くらい見逃してあげるよ」
──何故、いちいち一応と付けるのか。
本当に女神ならば、一応なんて付けなくて良いだろうに。
何か、裏がある? ……いや……何かを隠している?
「それ以上深くは考えない方がいいよ? ……記憶、消されたくないでしょ?」
「──ッ!」
ニコニコと笑ってはいるが……眼だけは、しっかりイツキを捉えている。
──これ以上何かを考えるのは、命に関わる。
ヘルアーシャから絶対零度の視線を受けるイツキは、大人しく先ほどの質問に答える事にした。
「……わかったわかったよ……喜んで異世界に行かせてもらうよ」
「うん、そう言ってもらえると嬉しいよ! それじゃ、次に進もっか!」
再びパチンッと指を鳴らし──今度は、山積みの書類が現れる。
「異世界転移特典……つまりはチート能力さ。えっと……なんだっけ……日本にある、らのべ? ってやつによくあるんでしょ?」
地面に散らばる書類。その内の1枚を手に取り、内容を確認する。
──聖剣 エクスカリバー。全てを切り裂く最強の剣で、所有者の認識も可能。これにより、他人に盗まれる心配はゼロ! と、何かの広告のような事が書かれてある。
「……………」
──【絶熱掌】。掌の温度を上昇させる能力。温度の制限はないため、どこまでも上昇させる事ができる。なお、使用者は【絶熱掌】による熱を感じないため、調子に乗って使い続けると、周りに被害が出るので注意!
──【心理操作】。握手を交わした者を操る事ができる。しかし、操作時間は握手時間に比例するため、長く操りたいなら長く握手をしよう!
──魔剣 ダークマター。闇の加護を受けし魔剣で、所有者を選ぶ。魔剣自身が意思を持つため、精神が弱い者は使わない方がいい。魔剣に体を乗っ取られてしまうぞ!
──【戦神の加護】。戦神の加護を得る事ができる能力。腕力、脚力など、筋力を増強する能力で、単純にして最強とも言える能力だ。しかし、能力の副作用で、使用者はゴリゴリのマッチョになってしまうぞ!
「なあ」
「んー? どうかしたー?」
「これってわざとか? それとも素で書いたのか?」
「えっと……何の話?」
どうやら、素でこの文を書いたようだ。
視線を戻し、書類を漁る──と、イツキの手が止まった。
──『変化式魔力銃』。壱から伍まで様々な形態があり、状況に応じて形を変えられる。欠点があるとすれば……魔力を弾丸として射出するため、使用者の魔力がすぐに空っぽとなってしまう事だろうか。
「……異世界ってさ……こんな武器とかがないと、簡単に死んじゃう感じなのか?」
「まあ、そうだね。モンスターとかがいるから、君みたいな普通の人間が生身で行けば……5秒で肉塊に変わるよ」
「物騒だな」
「うん……まあ君には、異世界で暴れてる『ゾディアック』っていう、モンスターなんかより凶悪なやつらと戦ってもらうんだけどさ」
さらっと目的を口にするヘルアーシャ。
聞き逃す事なく、しっかりと聞いたイツキは……ずっと気になっていた事を問いかけた。
「……文明はどのくらい進んでるか、わかるか?」
「んー……魔法を使って生活するのが普通だから、君たちの世界みたいに、暖房とかはないかなー?」
ヘルアーシャの返答を聞くや、イツキが1枚の紙をヘルアーシャに差し出した。
「……へぇ……これにするんだね? てっきり、聖剣か魔剣にするかと思ってたよ」
おもしろい物を見るように、ヘルアーシャが笑みを深める。
イツキが差し出した紙に書かれていたのは──『変化式魔力銃』だ。
「説明に書いてあったと思うけど……これを使うには、魔力が必要なんだよ? 君、自分にどれだけの魔力があるとかわかってるの?」
「いいや? さっぱりだ。けど──ゾディアックとやらを俺に倒してほしいんだろ? ……なら、どうにかしてその魔力ってやつを増強してくれ。この『変化式魔力銃』を使っても平気なくらいに」
ヘルアーシャが言うには──異世界とやらは、発展途上。しかも、魔法で生活してるため、技術の革新が遅いときた。
ならば、こちらは兵器を使う。
ヘルアーシャの言っていた、ゾディアックとやらを倒す気はないが……それとなく相手の言う事を聞くふりをして、魔力を底上げしてもらった方がいい。
「……うーん、やっぱりキレ者だね……適当に選んだけど、君で正解だったかも!」
「そんで? 何かしてくれるのか?」
「……ま、しょうがないね。それじゃ、君には特別に【無限魔力】を授けてあげるよ」
「【無限魔力】……?」
「そ。まあ無限に魔力を保有する能力って思えば良いよ」
言いながら、ヘルアーシャがイツキに手を向ける。
その手に淡い光が集まり──やがて、イツキの体を包み込んだ。
「……【無限魔力】を授けたよ。ああ、あとついでに身体能力も体に負担をかけない程度に上げといたから」
「身体能力を……? なんでだ?」
「んー? 別に【無限魔力】と『変化式魔力銃』だけでもよかったんだけど……君、銃なんて使った事ないでしょー? だから、ちょっとした気遣いさ」
──ヘルアーシャの言う通りだ。
イツキは、銃なんて使った事がない。
そんなやつがいきなり銃を持っても……使いこなせるわけがない。
なら、身体能力を上げてくれるのは……ありがたい。
「それじゃ、そろそろ送ろっかな? 準備はいい?」
「よくないけど……まあ、行くか」
大きくため息を吐きながら、イツキが椅子から立ち上がる。
三度、ヘルアーシャが指を鳴らし──イツキの背後に、白い扉が現れた。
「……俺って、元の世界じゃどうなってんだ?」
「さあ? いきなりこっちに呼んだから……失踪したって事になってるんじゃない?」
やっぱり、女神じゃなくて悪魔だ。
そんな事を思いながら、イツキは扉へと向かい──消えた。
──女神の『本当の目的』に気づく事なく。
────────────────────
「……はあ~……ほんと、扱いづらい人間だったな~」
1人になった空間の中。女神のような少女が、うーんと背伸びをする。
「ま、いいや。彼からゾディアックをどうにかしてくれるだろうし」
──異世界より現れし勇者。七人の大罪人を連れゾディアックを討つ。さすれば、魔王への道は開かれるだろう。
これは、異世界に伝わる……というより、ヘルアーシャが異世界に伝えた伝承だ。まあ、伝えたのはほんの1年前だったが。
「あのキレ者が、この伝承をどう受け取るかだよねー」
この伝承は──聞く者によって、内容がまったく違ってくる。
異世界でゾディアックの攻撃を受けている異世界人は、こう受け取るだろう。
──魔王という存在が諸悪の根源だ。ゾディアックを倒して魔王を倒さないと、平和は訪れない──と。
しかし……こういう受け取り方もできる。
──異世界より現れし勇者、ゾディアックを倒して力を付け、やがて魔王に成るだろう──と。
「……期待してるよ百鬼 樹。私の思い通りに働いてよね」
そう言って、ヘルアーシャが笑みを浮かべる。
歯を剥き出しにし、大きく口を歪めたその笑みは──悪魔と呼ばれるに相応しい笑みだった。
コメント
ノベルバユーザー179677
インフィニティと聞いて
七◯の◯罪のマ◯リンが
思い浮かぶんだが