一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

9 澱み揺らぐ心の名。

 四つの種族が出会い、話し合いをしようとするが、サマヨエラは悪魔に跳びかかろうとしている。
 そんな事はさせないと、俺とバールで縛り上げる。穏やかな話し合いを続け、決着をつけようと思ったが、縛っていたサマヨエラが脱出し、悪魔達に襲い掛かった。


 レグルス・ブラックブックス    (教師)
 ミツハ・セリアリス・ヴォ―ドレッド(帝国の令嬢)
 バール・ザ・ウォーリアス     (大昔の英雄)
 サマヨエラ      (ふらっとやって来た天使)
 モーランド      (ミツハの父親)
 リーリアス      (ミツハの母親)


「グヌッ……まず、話をしようとはッ、思わねぇのかよ!」

「悪魔なんかと話す口は持ち合わせてません! べノムさんがそちらに手を貸すと言うのであれば、容赦なく排除します!」

 斬撃が重なり、力比べとなるが、俺の方にジリジリと押し返されている。
 体勢を崩しながら相手の剣を逸らし、奴を黙らせる一撃を放つ。
 だが……。

「遅いですね!」

「にゃろ!」

 俺の方が速く行動したというのに、遅れた……だと?!
 やはり、かなりの年数戦いから退いていたから実力が発揮できないのか?

「手を貸せバール、俺一人じゃ如何にも辛いらしい」

「サマヨエラ君、もう一度考え直す気はないですか? 俺としては戦い合うのは避けたいんですけど」

「ありませんね! 悪魔とは見つけ次第殲滅させるもの。生まれた時からそう教えられ育てられてきました。遥か昔、我等の仲間を殺し、堕落させる。許せるものか。許せるものか!」

 サマヨエラの怒りが増している。
 仲間が殺された痛みは分からない訳じゃねぇ。
 しかしそれは、一体何時の話なんだ?

「なんだそりゃ。お前は一体何百年前の話をしている。何千年前の話をしている。それとももっと昔の話か? 忘れたら如何だそんなもの。スッキリするかもしれねぇぜ?」

「何千年経とうが何億年経とうが、この魂に刻まれたものを忘れる事はないのです! 殲滅を、虐殺を、絶滅をおおおおおおおお!」

「おいお前の感じているのは、一体誰の悪意だ? 分かんねぇもんに呑まれてんじゃねぇぞ!」

 振り回される斬撃は、何もかもを素通りして行く。
 壁や柱は傷を帯び、この建物が悲鳴を上げている。
 このまま戦い続けなくとも、屋敷の倒壊が始まりそうだ。
 
「ミツハ、ここは危険だ、お父さん達と避難しよう」

「う、うん……」

「アナタ、荷物は要らないからミツハの身だけを護ってあげて!」

「ああ、分かっているよリーリアス」

「逃がすかああああああああああああ!」

 ミツハ達が逃げて行くが、サマヨエラも追い駆けようとしていた。
 だが、そんな事はさせないと、俺とバールは道を塞いだ。

「こっちこそ、やらせると思ってんのか?」

「サマヨエラ君、気持ちは分からなくもないです。ですが一度落ち着きましょう」

「黙れえええええええええええええ!」

 もう頭に血が上り過ぎて、説得は無理だろう。
 だが俺が戦っているのは目の前に居るサマヨエラだとは感じられねぇ。

 俺は一体誰と戦っている?
 何と戦っている?
 怨念か、情念か? それとも概念だとでもいうのだろうか?
 ……違う、そんなものではない。

 ある宗教において、暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、嫉妬、傲慢。
 人には七つの罪が隠されていると言う。
 しかしその罪と呼ばれるものでさえ、考えれば人の力の一部である。

 暴食。
 抑えきれない飢餓。
 食いたいという欲求。
 飢餓は植物や動物の命を奪いながら、自分の命の糧とする欲求。
 食べなければ生きてはいけない。

 色欲。
 色、つまり性欲。
 異性と抱き合いたいという衝動。
 人や動物、種を存続させるならば絶対に必要な物。

 強欲。
 何かが欲しい、自分の物にしたいと思う欲望。
 暴走の多い感情ではあるが、前に進みたいと思う心でもある。
 何かを創造したりするのもこの気持ちあってこそのものだろう。

 憤怒。
 ようは怒り。
 何かに怒る感情ではあるが、不正を正す行為にもなりえる。
 誰かが起こした罪を怒る、それは抑止の力とも言える。

 怠惰。
 楽になりたいと言う感情。
 休みたいと言う欲求。
 しかしそれは自分の体に対する防御であり回復の手段でもある。
 無ければ全員疲れ果てて死ぬ。

 嫉妬。
 他人への嫉妬は、突き抜ければ毒である。
 だが、それは憧れとも呼べるものと近い。
 何時かあんな風に、そう思う感情は自身の活力に変えられる。

 傲慢。
 おごり高ぶる人間の感情。
 人を見下したりと、そんな感じの知り合いも居なくもない。
 しかしポジティブに言えば、自信と呼べるものである。
 実力に裏付けられた自信は、平常心を生み出すものだ。 

 だがこいつの放つ感情は、憤怒に近いものではあるが、それとは少し違うものである。
 考えれば、人だって悪魔だって持っている、誰もが心の内に秘めたものである。

 俺達が知っているこの感情は、増殖する悪意、憎しみや恨みと呼ばれるものだ。
 増えれば増えるほどに悪意の感情を増やしていく。
 脅迫、暴力、殺人にまで関わる感情。

 しかしそれを止める手は存在する。
 正しい教育と相手への理解だ。
 当然だが、一方が理解しても意味がない。

 手を取り仲良くさせようという訳ではない。
 両側が理解をし、付き合える距離というものを探すのだ。
 現在継承される話が、憎しみを込められた今現在もある話。
 から、もう遥か昔に終わった、解決した昔話へと至らなければ争いの火種は終わらない。

 それを行う為には、まずこのサマヨエラを倒さなきゃならない分けだ。

「ぬあッ!」

 踏ん張っては見る者の、俺は壁へと吹き飛ばされた。

「落ちないでくださいよ隊長! 一人で相手するのはしんどいんですから!」

「ああクッソ、言われなくても知ってるわ! でもな、全然調子が出ねぇんだよ!」

「今まで遊んでたからでしょ! もし負けたら俺の部下にしてあげますよ?!」

「そりゃ御免だね。何されるか分かったもんじゃねぇからな」

 サマヨエラの目は、昨日ふざけ合っていたものとは違う。
 冷たい目で見降ろし、もう俺を敵として見ている。
 
「お二人共、今どいてくれるなら命までは取りませんよ。悪魔を殺してから、もう一度仲良く遊ぼうじゃありませんか」

「悪いんですけど、ミツハちゃんを泣かせることはしたくないんですよね」

「ここで負けたら何もかもがお終いだろうな。折角のこの機会、絶対逃す訳にはいかねぇんだよ」

 俺はサマヨエラに向けて攻撃体勢をとった。
 同様にバールも槍を向け構えている。

『だから…………絶対嫌だね!』

「そう、ですか……だったら、悪魔の手先として死んでしまえええええええええええ! デッドスクリーム・ブラスタアアアアアアアアア!」

 前に使ったものとは力の規模が違う気がする。
 俺は咄嗟に壁を斬り裂き、バールと共に屋敷の外へと跳び出した。
 被害を出さないようにと空に上がると、背後から蒼白い雷鳴を帯びた光が向かって来ている

 当然そんなものを食らうつもりもなく、俺は横に避けるのだが、光の力は雲を貫き尚も空に伸びて行く。
 あんなものに巻き込まれたら体ごと無くなっちまうかもしれねぇ。

「どうしましょう隊長、下におりたら不味いですよね?」

「ああ、そいつは無理だな。あんなものを町中で撃たれちゃ大惨事だ。町の外に出たい所だが、奴が狙ってるのは悪魔だからな。誘導しようにもこっちに来ねぇと困る」

「お前あの三人を町の外に連れ出せ、その間は俺が相手をしといてやる」

「大丈夫なんですか隊長。今随分へたれてますよね?」

「うっせぇよ。今から戦いながら思い出す! どうせお前じゃ空中戦は無理だかな。じゃあ、行って来い!」

「うい~!」

 結構な高所からバールは跳び下り、無事着地して走って行く。
 まあ奴の心配はするだけ無駄だ。
 俺は下から上がって来る天使サマヨエラの動向を監視する。
 どうやら悪魔へ向かう前に、俺の方に来るらしい。

 随分俺のことを舐めてくれる。
 軽く倒して追い掛ける気なのだろう。
 ガリっと奥歯を噛みしめて、俺は息を吐き出した。

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