一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

6 それぞれの理由。

 泊まる場所が無くなってしまった俺は、ミツハの家に泊めてもらうことになった。
 バールの部屋で休もうとしたが天使は俺達を寝かせなかった。
 悪魔と決戦すると伝えると、奴はもっと張り切り出して情報収集に俺達を巻き込んだ。


 レグルス・ブラックブックス    (教師)
 ミツハ・セリアリス・ヴォ―ドレッド(帝国の令嬢)
 バール・ザ・ウォーリアス     (大昔の英雄)
 サマヨエラ      (ふらっとやって来た天使)


 バールとサマヨエラは一緒に母親の部屋を探している。
 俺は書斎へと向かい何かないかと調べ始めた。
 本棚は多く、一国の首相らしく、政治の本が多く並んでいる。

 しかしそんな重厚な本が並ぶ中央には、子育ての本やミツハの成長の日記、他には娘の気持ちを知れる本とか妙なものがおいてあった。
 俺も多少なりとも経験があるから分かるが、これは日記を読むまでもなく父親の物だろう。

 まあこれが誰の物だとしても、中身を確認させてもらうのだが。
 俺は日記を開き、最初のページを見定める。

「ん、これは……?」

 それは、本の見返し部分に書かれた、俺達にとって重要な文字らしい。
 そこにはこう書かれている。

 我等を追う天使、または人の子へ。
 これより先はミツハの成長記録であると共に、我が種族の生まれ落ちた道を示した物である。
 我等を追い続けるのならばこの先を見るのを許可しよう。
 ただし、この先を見ることなく進むなら、全力で殺し合うだけとなる。

「これだけで父親が悪魔だと断定してもいいぐらいだな。しかし……この先か……見るべきだろうな」

 始まりは、ミツハが赤ん坊の頃、両親が事故で死んだことにある。
 それを機にと、二人の悪魔がその両親に成りすまし、今までずっと育てて来たということ。
 悪魔は、ミツハの両親に成りすます為に、赤子のミツハを大事に育てて行った。
 人の赤子は手がかかり、昼夜問わず鳴き続ける声に悪魔もノイローゼになったという。

 離乳食からオムツの取り換え、育てば安心だと思いきや、手づかみで玩具を飲み込もうとしたり大変だったらしい。
 その日々を乗り越え、ミツハが楽し気に抱き付いて来る頃になると、悪魔はミツハに愛情をもつようになったとある。

 そこからは、ミツハのことが事細かに書かれていた。
 言葉をしゃべっただとか、一ミリ成長しただとか、親馬鹿も良い所だ。
 この通りであるならば、ミツハにとっては彼等こそが親で、怨む道理など何一つない。

 いや、ミツハにとって、この戦いに参加させようとする俺達こそが悪。
 だと思われても仕方ないのだろう。
 
 この日記は、ミツハが成長しきった今となり、空白のページが現れる。
 だが、その後に書かれたページは続いて行く。

 異世界において、天使と悪魔が争いを続ける始まりの時代。
 その争いがどう始まってどう続いていたのかは書かれていないが、終わりの部分は綴られていた。
 本来悪魔と呼ばれる種族は、俺達が追ってる種族とは別、らしい。

 それはもう、人が現れる遥か遥か過去にさかのぼる話だ。
 大昔において、世界を二分する天使と悪魔の争いは、天使の勝利で幕を閉じた。
 天使に負けたに悪魔だが、完全に滅ぼされることはなかった。 

 便利な奴隷として天使に飼いならされ、彼等に生きる希望さえ失わせてしまったという。
 そこから次代は流れ、約千年。
 天使の中にも悪魔に好意を向けるものが現れ始めた。
 奴隷を解放しようという動きである。

 だが奴隷制度を護ろうとする陣営と、解放を是とする陣営で争いが始まった。
 最初は穏やかな交渉をつづけるも決着はつかず、やがて大規模な戦争へと変わり、長い時を争い続けた。
 長く続いた年月は、悪魔の陣営についた天使と悪魔に、命を宿らせるには充分な時間だったという。

 天使から、あるいは悪魔から生まれ落ちた子供は、十三の体に一つの意思を持っていたらしい。
 それが、俺達が追っている、新な悪魔という種の誕生だった。
 しかしそれに怒ったのが相手の陣営だ。

 一応同じ仲間だと手加減し合っていたものが、真の殺し合いに変わったのである。
 一時は盛り返した悪魔軍も、天使の数と武に押され、そして滅びの時を迎えた。
 悪魔に手を貸した天使は堕天使達呼ばれ、処刑されてしまう。
 だが死を与えられる前に、最後の力を振り絞って自分達の子を何処とも知れない異世界に飛ばしたらしい。

 それがこの世界における悪魔の始まり。
 だが異世界に飛ばされた悪魔達にも、天使の手が迫って来ていた。
 追跡の隊を送られ、捜索をさせられたらしく、安住の地にはなりえなかったという。
 何体もの悪魔は見つけられ次第に殺されたらしい。

 どうにもならなくなった悪魔達は、人の姿に化け隠れるのを覚え、人になることを是としたという。
 その作戦は成功し、天使は悪魔を全てを見つけ出すのが不可能だと諦めた。
 自分達が何年も追い続けるのは面倒だからと、何百年もの協議の末に、異世界の人間に悪魔を殺す技術を与えたという。

 それがいわゆる魔法という技術である。
 もう分かってはいるが、王国と呼ばれた国に伝わった技術である。
 最初はその力で悪魔を退治しようとしていた人間も、殆ど見つからない悪魔を探すことを諦め、時間を経て代替わりが進むほどに、魔法はただの技術として成り下がって行く。

 長い時を生きる悪魔にとって、追われない時代はとてもいい時代だったのだろう。
 しかし、その時代も俺達の居た少し前に終わりを告げた。
 人に成りすまし人として生きていた悪魔は、人として人によって迫害されたのだ。

 まずそれを行ったのは小さな人の子供達であったという。
 だが、それを見ていた大人達も、誰一人助けることはせず、むしろ迫害する人々が増え始めた。
 それは平和に暮らしていた悪魔にとって、地獄のような日々であったらしい。

 一つの意思に十三の体をもつ悪魔にとって、一体を迫害するということは、他の十二体をも巻き込む行為である。
 一つの体に優しく接して、もう一つの体には暴言を発して殴りつける。

 心を傷つけるほどの恐怖だろう。
 誰一人として信用できる者は居ないと、もう安住の地はないと思わせるほどだったとか。
 だからこそ、一体の悪魔が人を滅ぼすことを決めたと言う。

「人にとっては間違いなく倒すべき敵ではあるが、奴等にとっては違うのかもしれないな」 

 この本が真実であるならばだが。
 例えこの本が真実だとしても、俺達が悪魔を殺し、奴等が人を殺して来た事には変わりがない。
 天使が奴等を殺して来た事も、どうにもならない真実である。
 止められない人の理由、止まらない悪魔の理由、天使の理由は、なんなんだろうな?

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品