一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。
2 英雄と成った男と、お尋ね者の男。
黒の本を持つレグルスという男は、教師という職業についていた。冗談交じりに真実の歴史を伝え教える日々を続け、お尋ね者として生き延びていた。
そんな日々の中で、教え子の一人、英雄の血を引くミツハの頼みを聞いた。その屋敷へ向かうと、俺は帝国の英雄と出会ってしまった。
その顔には覚えがあり、昔の知り合いだったのだ。関わるのは嫌だと、俺は屋敷の扉を閉めた…………
レグルス・ブラックブックス (教師)
ミツハ・セリアリス・ヴォ―ドレッド(帝国の令嬢)
バール・ザ・ウォーリアス (大昔の英雄)
「せ、先生、待ってください。私なにかしましたか?」
「いやいや、ミツハさんのせいじゃなくて、本当に用事を思い出したんですよ。それも極めて重要な……」
ミツハは俺を追い掛けて来ている。
最初は気弱に見えたのだが、印象とは違い、心の内には強い物があるのかもしれない。
気弱に見えても流石は英雄の子孫だということだろうか?
そしてもう一人、さっき見た男もこっちに来ていた。
「やっぱりその声どこかで聞いたことがあるんですよね。どこで会ってますよね俺と」
「いや……気のせいじゃないですか。このぐらいの声ならよくあるものでしょう」
「いやいやいやいや、やっぱり聞いたことがありますよその声。あ~、久しぶりですねベノ……ぐほおおおおおおお?!」
俺は思いっきり奴の顔面を殴り飛ばした。
だがマジで頑丈な奴だから、拳程度じゃ効かないだろう。
「軽々しく呼ぶな馬鹿野郎! 俺はもう追われたくねぇんだよ! テメェと違って俺はお尋ね者だからな」
「やっぱり隊長だ! 久しぶりですね隊長! もう死んでると思っていましたよ!」
「うっせ! くっつくな馬鹿。俺はとっくに隊長じゃねぇし、男と抱き合う気なんざねぇ!」
「そんな事言わないで、再開の喜びを分かち合いましょうよ!」
「嫌だわ!」
「あ、あの……先生?」
しまった、馬鹿の顔を見ていたせいで地が出てしまったようだ。
気を付けなければミツハを驚かせてしまう。
コホンと咳払いして、俺は落ち着きを取り戻した。
「ミツハさん、今のはただの冗談です。彼とは古い知り合いで、ちょっとじゃれていただけなんですよ」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんですよ。気にしないでくださいね」
「何か隊長がそんな口調だと笑えますね。大爆笑ですよ、ワッハッハ!」
叩きのめしてやりたい。
しかしボロを出さない為にも、落ち着いて話を続けよう。
「え~っと、じゃあもう用事が済んだようなので、俺は帰らせて……」
踵を返して帰ろうとするが、バールの腕が物理的に伸びて俺を掴んでいる。
「隊長、違うんですよ! 確認したかったのもそうなんですけど、他にも用事があるんです! じつはですね……」
「言うなコラ! 無駄な騒ぎに俺を巻き込むんじゃねぇよ!」
「そう隊長はそんな運命なので諦めてください。でね……」
「わあああああ、もう喋んな! 俺を巻き込むなああああああ!」
結局、俺はバールの話を聞かされてしまった。
その話だが、俺にも関係ある話のようだ。
このバールは、大陸だけではなく、世界中を旅して来たらしい。
旅の途中でまた悪魔と出会い、それを退治し続けて来たらしいのだ。
それでこの国にも悪魔を追い掛けて来たのだとか。
腹が減って行き倒れていた所をミツハに助けられたようだ。
旅の途中では俺の仲間にも何人か出会い、その無事も確認出来てそこそこ安心できた。
だが、この俺に話を聞かせたとなると、手伝えとか言って来そうだが……。
「で、手伝ってください隊長!」
悪魔とは、人や何者かに化けて世界中に点在するおかしな連中である。
人とは違い、一つの意思で何体もの体をもつという厄介な力を持ち、人を滅ぼそうとしてくる連中だ。
俺もこの三百年で何度かやり合ったことも有るし、放っておいて良い連中でもないのだが。
何度やり合っても、あいつ等は居なくなったりしない。
……関わった所で良い思いはしない、ハズレくじみたいなものだった。
あったのは仲間の死と、奴が死ぬ前に残す笑い声。
何度もまた会いましょうと言われて、永遠に終わらないのだと確信した俺が、どれ程のむなしさを覚えたことか。
だから俺はもう関わらないようにと、こうして姿と名前も変えたというのに。
「お断りですね。俺はゆっくり余生を過ごして行きたいんで。あんなのに関わってても碌な目には遭わないですから」
「あ、あの、先生。どうしても、駄目、ですか? 私達に、手を貸してくれませんか?」
その言葉は、彼女が悪魔に関わっているという証だろう。
英雄の血筋とはいえ、少女を関わらせるとは何てことをしてやがるんだ。
「あのなミツハ……お前がどんな想いで参加するのかは知らねぇけどよ、奴等は絶対倒せたりしねぇんだ。後には友達か家族の死しか残らねぇんだぜ。早々に手を引くべきじゃねぇのか」
「で、でも、私は奴等を倒したいんです。何もせずに殺されるなんて真っ平ですから」
「隊長、彼女のご両親の何方かが悪魔の可能性があるんです。つまり、もうこの国の上層部は軒並み悪魔の言いなりってことですよ。奴等はもう何時何をして来てもおかしくはないんです。放って置けば、この場所がなくなる可能性もあるんですよ?!」
この場所には、死んだ仲間達の墓標がある。
俺が大事にしていたアイツの墓もだ。
それがなくなるというのは勘弁ならねぇはずなのだが、俺の心は火が消えてしまったようだった。
人が生きられない時を生きると言うのは、人であった俺には過ぎた事であったのかもしれない。
まさかこんなに生きるとは思っていなかったのだけどな。
「俺とお前、どうしてこんなに変わっちまったんだろうな……」
「えっ、何ですか?! やってくれるんですね。やったー!」
「おい、まだやるとは一言も……ああクソッ、この一度だけだぞ。今後は二度と手伝わねぇ」
「分かってますって。じゃあ作戦会議と行きましょう。ミツハちゃん、お茶を入れてください!」
「う、うん!」
「おい待て、使用人はお前だろうが。茶を入れるのはお前の仕事だろ!」
「隊長、そんなに俺の茶が飲みたいんですか? じゃあ入れて来てあげます。……その代わり、後で怒らないでくださいね」
「あ~、やっぱりいい。お前は動くな! 悪いけど頼んだぞミツハ」
「は、はい。任せてください先生」
バールと話していると調子が狂う。
忘れていた昔の感覚が蘇って来る様だ。
俺はふと黒の書を見下ろし、何故今もこんな物を読み聞かせていたのかと考える。
あの歴史を人々に忘れさせたくないと思うのは、この本に俺が輝いていた日々の思い出が詰まっているからなのかもしれない。
俺はきっと心のどこかで、もう一度熱い心を取り戻したいと望んでいるのだ。
あの熱かった日々をもう一度と。
そんな日々の中で、教え子の一人、英雄の血を引くミツハの頼みを聞いた。その屋敷へ向かうと、俺は帝国の英雄と出会ってしまった。
その顔には覚えがあり、昔の知り合いだったのだ。関わるのは嫌だと、俺は屋敷の扉を閉めた…………
レグルス・ブラックブックス (教師)
ミツハ・セリアリス・ヴォ―ドレッド(帝国の令嬢)
バール・ザ・ウォーリアス (大昔の英雄)
「せ、先生、待ってください。私なにかしましたか?」
「いやいや、ミツハさんのせいじゃなくて、本当に用事を思い出したんですよ。それも極めて重要な……」
ミツハは俺を追い掛けて来ている。
最初は気弱に見えたのだが、印象とは違い、心の内には強い物があるのかもしれない。
気弱に見えても流石は英雄の子孫だということだろうか?
そしてもう一人、さっき見た男もこっちに来ていた。
「やっぱりその声どこかで聞いたことがあるんですよね。どこで会ってますよね俺と」
「いや……気のせいじゃないですか。このぐらいの声ならよくあるものでしょう」
「いやいやいやいや、やっぱり聞いたことがありますよその声。あ~、久しぶりですねベノ……ぐほおおおおおおお?!」
俺は思いっきり奴の顔面を殴り飛ばした。
だがマジで頑丈な奴だから、拳程度じゃ効かないだろう。
「軽々しく呼ぶな馬鹿野郎! 俺はもう追われたくねぇんだよ! テメェと違って俺はお尋ね者だからな」
「やっぱり隊長だ! 久しぶりですね隊長! もう死んでると思っていましたよ!」
「うっせ! くっつくな馬鹿。俺はとっくに隊長じゃねぇし、男と抱き合う気なんざねぇ!」
「そんな事言わないで、再開の喜びを分かち合いましょうよ!」
「嫌だわ!」
「あ、あの……先生?」
しまった、馬鹿の顔を見ていたせいで地が出てしまったようだ。
気を付けなければミツハを驚かせてしまう。
コホンと咳払いして、俺は落ち着きを取り戻した。
「ミツハさん、今のはただの冗談です。彼とは古い知り合いで、ちょっとじゃれていただけなんですよ」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんですよ。気にしないでくださいね」
「何か隊長がそんな口調だと笑えますね。大爆笑ですよ、ワッハッハ!」
叩きのめしてやりたい。
しかしボロを出さない為にも、落ち着いて話を続けよう。
「え~っと、じゃあもう用事が済んだようなので、俺は帰らせて……」
踵を返して帰ろうとするが、バールの腕が物理的に伸びて俺を掴んでいる。
「隊長、違うんですよ! 確認したかったのもそうなんですけど、他にも用事があるんです! じつはですね……」
「言うなコラ! 無駄な騒ぎに俺を巻き込むんじゃねぇよ!」
「そう隊長はそんな運命なので諦めてください。でね……」
「わあああああ、もう喋んな! 俺を巻き込むなああああああ!」
結局、俺はバールの話を聞かされてしまった。
その話だが、俺にも関係ある話のようだ。
このバールは、大陸だけではなく、世界中を旅して来たらしい。
旅の途中でまた悪魔と出会い、それを退治し続けて来たらしいのだ。
それでこの国にも悪魔を追い掛けて来たのだとか。
腹が減って行き倒れていた所をミツハに助けられたようだ。
旅の途中では俺の仲間にも何人か出会い、その無事も確認出来てそこそこ安心できた。
だが、この俺に話を聞かせたとなると、手伝えとか言って来そうだが……。
「で、手伝ってください隊長!」
悪魔とは、人や何者かに化けて世界中に点在するおかしな連中である。
人とは違い、一つの意思で何体もの体をもつという厄介な力を持ち、人を滅ぼそうとしてくる連中だ。
俺もこの三百年で何度かやり合ったことも有るし、放っておいて良い連中でもないのだが。
何度やり合っても、あいつ等は居なくなったりしない。
……関わった所で良い思いはしない、ハズレくじみたいなものだった。
あったのは仲間の死と、奴が死ぬ前に残す笑い声。
何度もまた会いましょうと言われて、永遠に終わらないのだと確信した俺が、どれ程のむなしさを覚えたことか。
だから俺はもう関わらないようにと、こうして姿と名前も変えたというのに。
「お断りですね。俺はゆっくり余生を過ごして行きたいんで。あんなのに関わってても碌な目には遭わないですから」
「あ、あの、先生。どうしても、駄目、ですか? 私達に、手を貸してくれませんか?」
その言葉は、彼女が悪魔に関わっているという証だろう。
英雄の血筋とはいえ、少女を関わらせるとは何てことをしてやがるんだ。
「あのなミツハ……お前がどんな想いで参加するのかは知らねぇけどよ、奴等は絶対倒せたりしねぇんだ。後には友達か家族の死しか残らねぇんだぜ。早々に手を引くべきじゃねぇのか」
「で、でも、私は奴等を倒したいんです。何もせずに殺されるなんて真っ平ですから」
「隊長、彼女のご両親の何方かが悪魔の可能性があるんです。つまり、もうこの国の上層部は軒並み悪魔の言いなりってことですよ。奴等はもう何時何をして来てもおかしくはないんです。放って置けば、この場所がなくなる可能性もあるんですよ?!」
この場所には、死んだ仲間達の墓標がある。
俺が大事にしていたアイツの墓もだ。
それがなくなるというのは勘弁ならねぇはずなのだが、俺の心は火が消えてしまったようだった。
人が生きられない時を生きると言うのは、人であった俺には過ぎた事であったのかもしれない。
まさかこんなに生きるとは思っていなかったのだけどな。
「俺とお前、どうしてこんなに変わっちまったんだろうな……」
「えっ、何ですか?! やってくれるんですね。やったー!」
「おい、まだやるとは一言も……ああクソッ、この一度だけだぞ。今後は二度と手伝わねぇ」
「分かってますって。じゃあ作戦会議と行きましょう。ミツハちゃん、お茶を入れてください!」
「う、うん!」
「おい待て、使用人はお前だろうが。茶を入れるのはお前の仕事だろ!」
「隊長、そんなに俺の茶が飲みたいんですか? じゃあ入れて来てあげます。……その代わり、後で怒らないでくださいね」
「あ~、やっぱりいい。お前は動くな! 悪いけど頼んだぞミツハ」
「は、はい。任せてください先生」
バールと話していると調子が狂う。
忘れていた昔の感覚が蘇って来る様だ。
俺はふと黒の書を見下ろし、何故今もこんな物を読み聞かせていたのかと考える。
あの歴史を人々に忘れさせたくないと思うのは、この本に俺が輝いていた日々の思い出が詰まっているからなのかもしれない。
俺はきっと心のどこかで、もう一度熱い心を取り戻したいと望んでいるのだ。
あの熱かった日々をもう一度と。
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