一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

45 小さく大きな物語76

俺達三人とラヴィとの戦いが始まった。格闘戦を得意とするラヴィは相当に手強く、三人がかりでもギリギリだった。そこそこ善戦するもラヴィからは奥の手を出され、リッドが水をぶっかけたのだった…………


レティシャス(シャインの息子)ストリア(村娘)
リッド   (村人)     リーゼ (リッドの母ちゃん)
ジャネス  (変な女の人)  バール (ジャネスの父親)
チェイニー (マリア―ドの宮廷魔導士)
ラヴィーナ  (王国の王)


「気にするなリッド、やってやれ!」

「う、うん……ウォーターボール・バースト!」

「チィ、面倒な!」

 ラヴィの上空に大きな水の玉が現れ、それが割れて水が落下していく。
 だが流石に二回目は食らわないようで、ラヴィはストリアの方へと詰め寄った。
 ストリアも負けじと応戦するが、硬化しているラヴィの腕に、剣が弾かれてしまう。

 それでも水で冷やされた溶岩は剣は溶かすことなく、何とか対応できているらしい。
 しかし二つの拳が相手では、剣一本では大変そうだ。
 俺も援護に行かなければ。

「おおおおおおおおおおおお!」

 駆け寄り左下から斬り上げた斬撃も、軽く腕の振りおろしで防がれてしまう。
 その腕の掌を俺の剣に向けると、無造作に刃に掴み掛った。
 剣を掴まれたら力比べで勝ち目はないだろう。
 
 俺は咄嗟(とっさ)に身を躱して剣を振るが、その攻撃すらもキッチリと捌かれてしまった。
 別の片手で、ストリアの相手をしているというのにだ。
 
「リッド、俺達にかかってもいい。このまま水をかぶせてやれ!」

「わかったよレティ! ……ウォーターボール・バースト!」

 俺達の頭上の水が弾けて落ちる。
 ラヴィはそれを避けるように動き出すが、俺はそれをさせないように逃げ道を防ぐ。

「ストリア、逃がすなよ!」

「ああ、そのぐらいなら出来る!」

「クッ! 逃げ場が!」

 バシャーンと大量の水が俺達三人に降り注ぐ。
 三人共全身ビショビショだが、そんなことでは戦いは終わらない。
 俺とストリア、ラヴィも垂れる水滴を拭いながら、打ち合いは続いて行く。

「フリーズラビット!」

「またそ……なにぃ?!」

 ラヴィは氷の兎を防ごうと手を伸ばすが、したたる水滴に熱量がなくなったのに気付いたらしい。
 兎を受け止めるのを諦め、バク転を繰り返して距離をとり、回避を試みている。
 その動きにより、肩の傷が少し開くが、相手の動きに変わりはない。
 遠距離攻撃が出来るクロスボウを持って来ていればと、思った所でここにはない。

 ここでまた接近戦を挑むのもいいが、一つ試して見たい事がある。
 俺はもう昔の記憶を取り戻したのだ。
 今なら出来るかもしれないと、魔の力へと意識を注ぐ。

「姿よ消え去れ、インビジブル!」

 生まれ変わって十何年、一切忘れていたその魔法は、俺の記憶と同調するように成功した。
 俺の着ている服や、持っている武器までも、色を失い消失していく。
 だが、剣は確かにここにあり、動かす体も存在している。
 透明化は成功したが、何も無い空間に居る俺を見て、ストリアは動きを止めてしまった 

「アツ……シ? 思い出したのか!」

「違うぞストリア、俺はレティだ。ただの村人Aでしかない男さ。そんなどうでもいいことよりも、リッドにばかり任せていられないぞ。サッサと倒して縛り上げてやろうぜ」

「……そう、だな。やるぞレティ!」

「おお、行くぞストリア!」

「おおおおおおおおおおおおおおお!」

 大きな声を上げて走るストリアの接近に、ラヴィも気づいていた。

「もう一人は……どこだ?!」

 ラヴィは兎から逃げながら、俺の姿を探している。
 だがこの空間全てを探した所で、俺の姿は見えはしない。
 接近には気配や足音さえさせず、ストリアの背後からラヴィに近づく。

「何処を見ている! 私はここにいるぞ!」

「貴様など見ずとも……!」

 ストリアとラヴィが打ちあい、硬直する一瞬、見えない刃をラヴィに向けた。
 例え剣先が見えなくとも、その長さと重さも知り尽くした愛剣だ。
 この一撃は確実に……当たる! 

「ハァッ!」

 ヒュッと斬り抜けた剣には、血の一滴もついてはいない。
 だが、確実に肉を通り過ぎ、これが終わりの一撃となると理解出来た。
 動きを止めたラヴィの太腿から、肩にまで伸びる傷が現れる。
 
「あ……あああああああああああああああ?!」

 少し多くの血が流れるが、斬ったのは肉だけだ。
 直ぐに治療をすれば問題はない。

「こ、このおおおおおおおおお!」

 まだ戦意を失わず攻撃を続けようとするラヴィだが、跳び回っている兎の事を忘れていたようだ。
 ラヴィが傷を受けた硬直に、その背後から迫って来ていた。

「ガハッ!」

 兎は冷気となり、水に塗れたラヴィの背面を氷漬けにしてしまう。
 衝撃と寒さを同時に食らい、ラヴィは思わず膝を突いた。

「これで、魔王となって世界に……」

「だから殺さないって言ってるだろうが。おいリッド、縛ったら回復してやれ」

「うん、任せて!」

「や、やめろ、このラヴィ―ナは魔王として……!」

 縛られるのを嫌がるラヴィは、意外と元気そうに暴れている。
 暴れる度に血が噴き出ているが、死ぬようなことはないだろう。

「おい暴れるな! いいか、よく考えろ。偽物を使って死んだ振りをしたって、魔王としてその名前は残るだろ。だから死ぬ必要はないだろう」

「そんな偽物の称号に意味はない! このラヴィ―ナが、このラヴィ―ナ様が魔王にならなくては意味がないのよおおおおおおおお!」

 ……やはり説得は無理だ……もう縛ってしまおう。

 俺達はラヴィを縛りあげ回復したのだが……。
 水に塗れた美女は縛られたままでも美しく、切られた服からは零れるように胸があらわになっている。
 ゴクリと喉を鳴らすほどに、美女の肢体は、艶めかしく見えていた。

「や、やめろ、私の体に障るな! 体は自由にできても心までは渡さないからなああああ!」

「お、俺達が変なマネをすると思うなよ! 別に変なことはしないし、そうだよなリッド?!」

「そそそそそそそそそうだよ! しないしない、しないよ!」

「おい、本当だろうな二人共、妙な考えを起こしたら……」

「「だからしないって!」」

 疑いの目を向けているストリアに、俺達は必死に反論して許しを得た。

「よ、よし運ぶぞ二人共。あっちの城まで運べば終了だ!」

「そうだね、そうしよう!」

 もうおかしなことを言わないようにと、ラヴィに猿ぐつわまでをして、隣の城へと担ぎ運んで行くのだった。

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