一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

31 見えざる武器。

ロッテに見つかった俺は、治療を受けて腕を完治させた。悪魔を狙い進んで行くが、その姿を見かけたロッテは暴走を始めてしまう。天使の記憶の影響だろう。攻撃力は増している気がするのだが、このままにしておく訳にはいかないだろう。暴走するロッテを引き寄せ、正気にもどさせてやると、ロッテは戦場から脱出していった。俺はそれを追い掛ける戦魔を片っ端から叩き斬り、残ったのはシィヴァと悪魔だけとなる。悪魔と対峙した俺だが、奴は奥の手を使うのだった。地中からは巨大な魔獣が現れた…………


ベノム      (王国の兵1)
ロッテ      (王国の兵2)
ゲオルム・ファウス(悪魔ゲルトハイム)
シィヴァ・タナトリス(兄)


 鳴き声を上げたのは、二つ首の巨大なキメラである。
 ゴツゴツとした岩のような肌は、分厚く巨大で刃など通さないだろうか。
 少なくとも俺が斬りつけたとしても、その素肌に届きそうもないぐらいには厚い。
 今まで見て来た魔物よりも、一番大きいのではないかと思う。

 だがこれはタダのキメラではない。
 人から作られた俺達と同じ存在のようなものだが、人の意識はないのだろう。
 人でもなくキメラでもなく、魔物と呼ぶには忍びない。
 魔に操られた獣に落とされた者、魔獣とでもいえばいいのだろうか。
 その魔獣の出現に、動かなかった悪魔が移動して行く。

「ヒャッハアアアアアアアアアア! 超合体いいいいいいいいいい!」

 悪魔は、魔獣の二つの首の間に収まり、そこから溶け込むように体内へ入っていく。
 まだあまり活動していなかった魔獣が激しく動き始める。
 魔獣は町を踏みつけながら、この国の城に向かおうとしていた。

 町の被害も結構なものだが、城には王と成られたイブレーテ様と、先代の王イモータル様がおられる。
 絶対に行かせる訳にはいかない。
 だが俺の刃では、奴を止める事はできないだろう。

「おいエル! 奴を止めろ、俺がその馬鹿兄を相手してやる!」

 大声を出し、エルに呼びかけてみるも、爆音で声が掻き消えてしまう。

「……チィ、聞こえてねぇか。近づく事も出来ねぇが……メイならあるいは? 行ってみるか」

 あいつエルの近くには必ず居るはずだ。
 たぶん地上に居るはずだが……どこだ?

 実力のあるあいつが、崩れた建物の中なんて間抜けなことにはなっていないはず。
 だとするならば……見つけたぜ!

 メイが瓦礫と瓦礫の間に隠れ、上空を見上げてエルの戦いを見守っている。
 いや、口も出して、地上からシィヴァの動きを伝えているのだろう。
 メイが声を掛けた方向に従い、エルが避けたりしている。
 あの爆音の中で声が伝わるとなると、やはり通信の手段を持っているのだろう。
 俺はそれを期待し、地上に居るメイに声を掛けた。

「おいメイ、エルに伝えたいことがある! 俺の言葉を伝えてくれ!」

「ッ! ああべノムさんですか。今凄く忙しいですから後にしてください! エルさん爆炎の影から来ます。気を付けてください!」

「おい聞けや。こっちだって重要なことなんだぜ。そいつの相手は俺がするから、お前等はあっちのデカイ奴相手してくれ。ついでに町の外にも誘導を頼むぞ」

「……えっ? もう少し愛の連携を続けたいのですけど、もう少し後じゃ駄目ですかね?」

「あっちのデケェのでやりゃあいいだろうが! いいからエルに伝えろや!」

「ああエルさん、僕達の甘いひと時は終わってしまいしうです。こちらに来てべノムさんと交代しましょう」

 エルの返事は俺には聞こえないが、爆音は止み、動きとしてこちらに向かって来るのは確認できる。
 当然だが、シィヴァもそれを追い駆けている。
 そしてエルは俺達の横をすり抜けるが、シィヴァの槍はこの俺に向けられていた。
 先に命令された俺への攻撃の方が優先度が高いのだろう。
 それはそれで丁度いい。
 俺はシィヴァに応戦するように飛び出した。

「シィヴァアアアアアアアアア、決着をつけてやるぜええええええええええ!」

「……ッ!」

 俺は斬撃で一撃必殺を狙ったのだが、シィヴァの水の槍はそれを防ぎ、形状を変えていく。
 槍は鎌へと変化をすると、攻撃を防いだ状態で刃が首元へ伸びて来る。
 その刃が伸び切る前に体を離し、背後へと強襲を仕掛けた。
 だがその刃が届く前に、水の壁が俺の動きを遮っている。
 水は砂とは違い、硬度があるものではないが、こちらの速さは水の強度を変えていく。

 液体はまるで石のように変わり、殴った者へと跳ね返る。
 だがこれが液体であることには変わりがない。
 抵抗のないように刃の先から水の中に侵入させるのだが、俺の躊躇った僅かな時間が、シィヴァに反撃の隙を与えてしまう。

 俺の周り全てに、巨大な水の塊現れている。
 それは段々と距離を詰めこの体を飲み込み始めた。

「ぬぐッ……!」

 残っていた空気も泡と化し、俺は水の塊に完全にのみ込まれた。
 流石この中を毒で満たすのは不可能だとは思うが、飲み込んでも体にいい事はないだろう。
 息を止めて脱出を目指すも、シィヴァが水の中を泳ぎ襲い掛かって来ている。
 それに、手に持つ槍は、水の色に同化し、何処にあるのかさえも分からない。
 
 だが予測はできる。
 水中で扱うのは鞭や鎌ではない。
 振るうのは抵抗が大きく、動作が丸見えになるはずだ。
 あるとするなら剣か短剣か。

 しかしそれよりも、腕を伸ばすという行為だけで攻撃できる槍が扱い易いだろう。
 だがあの水の武器は、それすらも必要がない。
 あの武器は勝手に伸びるのだ。
 だとするならば……もう射程に入っているんじゃねぇか?!
 
「……グッ!」

 直ぐに移動を始めるも、足に刺さるようなに痛みが走る。
 刺された感覚が外れると、赤い血が水の中に混じって行く。
 ダメージとしてはそれ程のものではないが、毒の効果が現れるのは不味い。
 水の中で動けなくなれば、死ぬのは確定してしまう。
 俺は即決して傷を抉り、体外へと毒を放出した。

 毒はなんとかなったが、水の中での失血もまずい。
 血が固まらないから流れっぱなしになる。
 だがそれよりも息の状態も不味い事になっている。

 俺は水中でもそれなりに速く移動できるのだが、何時まで経っても出口が見当たらない。
 まるで進む先にも水の塊を作っている様な……。
 実際そうなのかもしれないな。
 俺がこの中から脱出するには、水中をテリトリーとするシィヴァを倒さなくてはならないようだ。
 時間がない今の状態で出来ることと言えば、たった一撃で奴を仕留めることだろう。

 だが不利なことばかりではない。
 俺から流れる血は水を少し濁らせ奴の武器の形状がハッキリと見えているのだ。
 重要なのは奴の武器の形状だ。
 攻撃が当たるギリギリを見定め、奴の攻撃を待ち続けた。

 ……来た!

 形状は針。
 伸びて来るその攻撃を、俺はダメージを覚悟で受け止めた。
 受け止めたのは足。
 先ほど受けたダメージのある個所。

 痛みを覚悟し、一気に奴へと近づいて行く。
 武器の形状が変わり始め、針の形状は剣へと変わり始めている。
 足の痛みはドンドン増して、多量の血が水に溶けて行く。
 だが流れる血で、毒だけは回避できた。

「……!」

 武器を手放さないのは、この男にとっては致命的だっただろう。
 片腕の爪を振られるよりも先に、奴の脳天に全力の打撃を与えた。
 シィヴァは手に持った武器を手放し、水の底へと沈んで行く。
 だがここは空中で、落ちて行けば死ぬだ。
 俺はその腕を掴み、水中から脱出した。

「一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く