一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

19 罪。

傷を負った俺だが、残りは一人だと女王に挑み掛かった。遠距離の撃ちあい、大魔法の発動も、大空を支配する女王には敵わなかった…………


シィヴァ・タナトリス(兄)
ハーディ・タルタリス(弟)
イモータル   (王国の女王)
ベノム     (王国の兵1)
バール     (王国の兵2)


「さあ、ついて来なさい」

 無事に地上におろされた俺達は、そう言って前を歩く女王に、素直に従うことにした。
 今居る位置ならば、腕を振れば武器が届く距離。
 だが命を助けられ、降参の言葉まで口にした俺達が、背後から強襲してしまえば悪名が増えるどころではない。
 周りには、この瞬間を見ている者達が大勢いるのだ。
 もしそれで勝てたとしても、ただの卑怯者、暗殺者として後世に名を残してしまうだろう。
 一抹の正当性も無くなってしまえば、行動した意味さえもなくなってしまうだろう。
 正面から打ち倒せなかった時点で、俺達の計画は破綻している。

「俺達を拘束しなくてもいいのか? 後ろががら空きだぞ」

「……!」

「後を向いていたからと言って、私が貴方達の動きを分からないとでも?」

 強がりを言っても、動揺を誘う事も出来なかった。
 どうせ周囲の風で、俺達の動きを探知しているのだろう。
 二度目は無いということだ。
 俺達が大人しくついて行くと、玉座の間の前にまで案内された。
 当然だが、分厚く積み上げられた砂や、倒れている兵士達はそのままである。

「じゃあ、掃除するのを手伝ってくださいね。拒否権はないですから」

 負けた者の末路は決まっている。
 命を奪われなかったとしても、国に危険を及ぼしたと投獄されるか、強制労働という拷問に近い扱いを受けるのかの何方かだろう。
 この程度で許されるはずもないが、やらなければ更に酷い扱いを受けてしまう。

「ああ、いいだろう」

「……兄貴がやるのなら……」

 俺達は自身で埋めてしまった、この国の兵を助ける為に、玉座の間の砂を片付けて行く。
 魔力で砂や水を出すのは簡単ではあるが、片付けるのはかなりの重労働である。
 ただの砂であったなら風で運ぶのも簡単だっただろうが、今は水を含んだ砂利のようなものだ。
 スコップをザックリ刺し入れてみるも、その重さは腕にずっしりと圧し掛かるレベルである。
 力を入れて持ち上げなければ移動する事もままならない。

「ふぅ、その分では何時まで掛かるのかも分かりませんね。私が許可しますから、埋まっている人達にも手を貸してもらいなさい。ただし、変にサボるような事があれば、その分は罪が増えると思いなさい。では私は仕事をしてこなければなりません。後は任せますよ」

「……待て、俺達を信用するのか?」

「ここの奴等に止めを刺して逃げるかもしれないぞ?」

「この国はただでさえ兵士が少ないんです。こんなに人を使えなくしてしまっては、猫の手でも借りたいのです。文句を言う前に手を動かしなさい。砂の一粒でも残すのは許しませんからね!」

『…………』

 俺達だけを置き去りにして、女王は城の階段を上がって行く。
 行動を起こし、顔を晒した俺達には逃げる術はないだろう。

「……やるぞハーディ、もう俺達には逃げ場もないのだからな」

「……ああ」

 砂の廃棄を命じられて四日が経つ。
 埋まった奴等を一人一人救出して、怒鳴られたり殴られそうになったりしながら、やっと終わったのがこの日である。
 その間の扱いは悪くなかったのだが、終わった瞬間に即座に縛り上げられ、玉座の前に倒されていた。
 国に叛逆した俺達に、やっと審判が言い渡されるのだろう。
 転がされた俺達の前に、足音すらさせずに、女王が玉座の前に現れた。

「さて、シィヴァ・タナトリス、と、ハーディ・タルタリスと言いましたね。では面を上げなさい」

 上げろと言われてあげられる状態ではないが、俺達は後に居る兵士共に、無理やり顔を上げさせられた。
 俺達の後ろには、あの黒いべノムという男が配置されている。
 誰も死んではいないとはいえ、酷い扱いをしたのだ。
 奴等が怒るのも無理はないだろう。
 女王からは、命だけは奪わないと約束を取り付けてはいるが、他の奴等の気がおさまらなければ、百叩きぐらいは有るかもしれない。

「随分と時間が掛かってしまいましたけど、貴方達の罪を言い渡しましょう。多くの兵を襲い、国の治安を脅かした罪は重いです。もし魔物の進入があったとしたら、どうなっていたか分かりません。充分反省するのですね」

『…………』

 女王の言葉はそれで終わってしまった。
 今までの事を全てなかったことにでもしようというのか?
 それは絶対に許されない。
 死んで行った民の為にも、無かったことにだけはしてはならない。

「待て女王よ! 俺達が何故行動を起こしたか、もう気付いているのだろう。まさか自分の罪を逃れようとしているのではないだろうな!」

「貴方達の生い立ちや事情も、この日を迎えるにあたって全て調べ尽くしてあります。民の怒りが権限したのが貴方達と考えても良いのでしょうね ……ですから、貴方達の罪とは、この私の罪なのです」

 まさか俺達の願いを受け入れた、だと?!
 この女がそれ程民のことを思っていたというのか?
 俺達の痛みを、理解出来たとでも?

「国を導き民を救う。簡単な話ではありません。両の手から零れ落としてしまった命の化身である貴方達には、罪を問うことはできません。ですから、私は身を引く決意を致しました。ただし、次の王は決めさせてもらいます。我が娘イブレーテに、王としての地位全てを譲り渡します!」

「なッ!」

「……なに?!」

『な、何言ってるんですか!』

 予想外の言葉に驚いているのは、俺達は驚いた。
 だが俺達だけではない。
 後方に居る兵士達にとっても、その言葉は初めて聞いたものなのだろう。
 特に大声を上げているのはべノムとバールという男だろう。
 その声は全体を騒めかせ、大きさを増していく。

「何言ってるんすかイモータル様! イブレーテ様だってまだ小さいんですから、成人してからだって遅くはないでしょう?! それに、こんな奴等に屈したとあっては、王国の名折れです、考え直してください!」

「お黙りなさいべノム! そもそも貴方が負けていなければ、こんな大ごとには成っていないのですよ! 自身の力が足りなかったと反省しなさい!」

「いやあの、それはですね……バールの奴がそもそも負けていたから……」

「ちょっと隊長、なに責任転換しようとしているんです! 俺は関係ないでしょう!」

「関係あるだろうがこの野郎! そもそもお前が……」

「今重大な話をしているのです。二人共言葉を慎みなさい!」

「……ハッ」

「すみません……」

 だが女王の一括により、騒めいていた兵士達に静寂が戻った。

「確かにイブレーテはまだ幼く、思慮も足りないでしょう。ですから、ここに居る全員で彼女を立派な王にしてあげてください。誰よりも立派で、民の命を護れる王にしてあげてください。頼みましたよ皆様……」

 王であったその女は、願うように頭を下げていた。

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