一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

18 水と大地と風の戦い。

準備万端といったサミーナと、再び戦いとなってしまう。遠距離を主体にして責めて来るサミーナに、水の槍を出現させてそれを構えた。投げられるナイフに防御を繰り返すが、その数に傷を増やしてしまう。軽い傷など勝手に修復してしまうが、女王や周りの奴等の支援が厄介だ。周りの奴を先に倒そうと、盾にしながら移動を繰り返す。黒い奴にも止めを刺そうとするが、サミーナのナイフが襲い掛かる。隠された苦無が、俺の腹へ突き刺さる。だが俺もそれでは終わらせない。針のように伸ばした槍がサミーナの体を刺したのだ。麻痺の毒の流れたサミーナは、足をふら付かせてしまう。俺は止めを刺そうと動くのだが、それは演技だったらしい。腹にあった苦無を、押し込められて痛みを増す。だが近づいたサミーナには、強烈な一撃をもって意識を刈り取ってやった…………


シィヴァ・タナトリス(兄)
ハーディ・タルタリス(弟)
イモータル   (王国の女王)


「ウグッ……」

 動き出すと、腹の傷は中々に深いようで、痛みは相当に大きい。
 普通の人間なら抜いた瞬間血が溢れ出すだろうが、水を操る俺であれば造作もない。
 腹の苦無を一気に引き抜き、水の魔力で血流の調整を行っている。
 再生は始まっているが、この深さの傷を塞ぐには、かなりの時間を要するだろう。
 実力を過小評価はしていなかったはずだが、想像を上回ったと言うべきか。
 してやられたという訳だな……

「それでも……残りは一人だ。今やらなければ、この国は変わらない。行かなければ!」

 痛みに苦悶しながら、俺は予定通り周りの奴等の動きを止めて行く。
 残りは数人、黒の男と腕の伸びる奴、それに、サミーナの奴の父親だ。
 厄介な奴等だが、今は行動できないでいる。

「テェメェ! ぶった斬ってやるからこっちへ来やがれ! 百倍にして借りを返しててやらぁ!」

「隊長、やめた方がいいです。今動けないんですから、背後を取られたらどうにもならないですし」

「テメェは体を伸ばせば動けるんじゃねぇのかよ?! サボってんじゃねぇ!」

「いやぁ、麻痺対策してないですからね。腕の武器に触られるだけでも動けなくなりそうですし、きっと三秒ももたないですよ。だからやめておきます。俺ただの伝令役ですから」

 この男の言い分では、やはり毒の対策をしているのは少人数らしい。

「王国のピンチなんだから、働けや!」

「娘の貞操を奪った貴様は絶対に許さん! このクソみたいな砂を退けろ!」

「おい、クソはやめろ! 思い出すだろうが!」

「うおお、隊長の臭いが鼻に……臭いのはもう勘弁してください」

「無駄な言い合いはやめておけ。別にわざわざ近づく意味もない。この水の槍で毒をながしこんでやろう。それと貴様、お前の娘などには興味はない。男共と一緒では何かと不便だろうからな、場所を変えてやったまでのことだ」

 奴等の動き、攻撃手段も頭に入っている。

『ぐおわああああああああああ!』

 動きの範囲外から水の槍を変化させ、その体へと突き刺してやった。
 三人共大人しく無言となって倒れているが、またも演技とも考えられる。
 死なないギリギリの毒を流し入れ、俺は女王の元へ進んで行く。
 人数で圧倒していたこの部屋の中も、後はたった三人である。
 俺とハーディ、そして、最後の相手である女王のみだ。

 二人の戦いは、まだ戦闘と呼べるものにはなっていない。
 先ほどと同じで、膠着状態が続いていた。
 だが女王の魔法は、本来こんな程度のものではない。
 鎧を着た兵士でさえも空中に吹き飛ばす、暴力的な竜巻の魔法は、ハーディであっても防げはしない。

 空に打ち上げられ、地上にぶつけられては、流石のハーディであっても死は免れない。
 部屋の中であっても使おうと思えば使えるはずだが、味方の兵が邪魔をしている。
 無駄に策を弄して自分の首を絞めるとは、愚かしき女王よ。

「ハーディ、俺も参戦するぞ! 今行く!」
 
「……待っていたぞ兄貴。この女に民の怒りを」

「まさかここまで苦戦を強いられるとは、思っていませんでした。ですが……ここまでです!」

『さあ、決戦だ!(です)』

 烈風が吹き荒れ、砂塵が舞う。
 その中で俺は黒の水の刃を撃ち続ける。
 しかし大地と空の二つの風は、水の刃を吹き散らした。
 弾けて雨のように降り落ちて来る。

「クッ!」

 風の力が強すぎて、水の形態を維持できない。
 これでは無理やり当てたとしても、濡れて終わるだけだろう。
 俺の力では遠距離は無理だと、水の槍を持ち構えた。
 翼を広げて高く上がると、天井近くから女王を狙って接近を始める。

「うおおおおおおおおおお!」

「空の内では、貴方達には触れることもさせません!」

 呪もなく放たれる烈風は、俺の体を吹き飛ばしてしまう。
 腹の傷が疼くが、今はそれを気にしてはいられない。
 水の槍を伸ばしては見るが、女王には針の先にも触れられもしなかった。
 このまま空に居ては、女王の位置には近づく事もできないだろう。

「先に貴方から潰して差し上げます!」

「……させるものか!」

 逆に俺を狙うように、女王の風の斬撃が吹雪いている。
 俺を護る様に動いたのは、弟のハーディだ。
 大槍を振り回し、風の斬撃を防いでくれた。
 俺は体勢を立て直すと、魔法の力を発動させる。

「ならばこれならどうだ! 全ての光を閉じ込めよ! 極黒の水の檻!」

「ッ!」

 指定した空間、女王の居る場に現れたのは、黒色の水の球である。
 即座に回避する女王だが、体の一部でも触れさせてしまえば……

「これはッ! ……うっ……」

 表面からは見えないが、強烈に回転するそれは、触れる物全てを飲み込む。
 女王の指の先から、その体全てを飲む込んで行く。
 普通ならばもがき苦しむはずなのだが、この女王は違うらしい。
 内側から強引に破るように、球が内側から切られ、水は霧散してしまう。
 そのドレスにすら黒い色は染み込んでいない。

「水では風には敵わないというのか?! 一人では無理だとしても!」

「兄貴、連携魔法だ!」

「応!」

 俺達は二つの魔力を全力で解き放つ。

「……流れる水流よ……大食いなる水の龍よ……食い散らせ、リヴァイアス・ウェイ!」

「……大地を揺るがす大砂の渦よ……大食いなる大地の流砂よ……食らい尽くせ、アース・ウォール!」

 現れるのは大砂の波と、大水の波である。
 二つの力は融合を果たし、二つの力は泥の波となった。うねる力は女王へと向かう。
 だが、女王の放つ風の力は、その大波さえも二つに分断しようとしている。

「この位置ならば、私に制約はありません。王としての力を、お見せ致しましょう!」

「位置だと……ハッ」

 女王の居る玉座の位置、俺達が構える扉の前の位置。
 誰一人奴の風を邪魔する者はいない。

「ハーディ、奴の全力が来るぞ!」

「クッ……」

「……烈風より出でよ……遥かなる高みの颶(ぐ)の風よ……大空へと吹き荒れよ…… ゴッド・ブレス!」

 俺は女王の力に巻き込まれないようにと移動をするが、発動されてしまった颶風の力は、泥の波ばかりりか、俺達の体までを浮き上がらせる。
 まとわりつく風は、まるで生物であるかのような圧力を加え、前方にあった全てを吹き飛ばした。

「おおおおおおおおおお?!」

「……うッ、おおおおおおお!」

 開いていた扉から弾き出され、操る風により開いた城門の道までも通り過ぎる。
 まるで上昇気流にでも乗ったように、俺達二人を天高くへと舞い上がらせた。
 雲の白を突き抜けると、圧倒的な高さの地で体の自由を取り戻す。
 俺一人ならば飛ぶことも出来るが、ハーディはそうはいかない。

 自由落下していく空中で、俺はハーディの体をガッチリと捕まえた。
 だが、全力を以てしても、強烈な重量があるハーディを制御できない。
 このまま落ちれば、俺達二人の死は免れないだろう。

「兄貴、手を放せ!」

「弟を見捨てられる訳がない! ハーディ、大人しく俺の言うことを聞いていろ! ぬおおおおおッ!」

 急速に落ちて行く俺達の体は、雲の下あたりでピタリと止まる。
 こんな事が出来るのは、あの女だけだろう。
 空に留まる俺達の前に、女王はゆるりと飛んできている。

「さて、ここで降参するならば、命だけは助けてあてましょう」

 二人がかりでこれならば、最早勝ち目はありはしない。

「分かった、投降しよう」

「……兄貴、いいのか?」

「ああ、お前の命には代えられないからな」

「……なら俺も従おう」

 俺は素直に降伏すると、女王により地に降ろされた。
 結局最強を目指した所で、吹き荒れた風を捕まえる事はできなかったらしい。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品