一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

14 人は意外と騙されやすい。

あれから二日、町の中には兵士がうろつき情報を集めている。もう見つかるのも時間の問題だと、最後の一人を選び出した。俺達はイバスという男を狙い、その行動を見守っている。昼になると、そいつは女と一緒に出掛けて行った。俺もそのあとを追いかけて行くが、俺達の方が罠にはめられてしまう。だが案外そいつ等は弱く、簡単に捉える事が出来たのだった…………


シィヴァ・タナトリス(兄)
ハーディ・タルタリス(弟)


 イバスはまたボロ小屋に閉じ込めて、この辺りで充分に準備は整ったと言える。
 多少の覚悟はあったのだろうが、まさか男の汚物で汚されるとは思っていなかったのだろう。
 かなり嫌がってガンガン暴れていたが、諦めてもらう他ない。

「……兄貴、出発は何時にする? やはり夜か?」

「いや、夜には何度も人を攫ったのだ、当然警戒されているだろう。魔物の対応に外に出ている奴や、町中を警戒し、見守ってる奴が多い今こそ攻め入る時だ。堂々と城門から入ってやろうではないか」

「……城の中の警備も増しているんじゃないのか? 俺達の知らせを受ければ、町に居る奴も城にやってくるだろう」

「その辺りは心配はないな。魔王グレッグが騒ぎを起こす手筈になっている。俺達が城に行った事を知れば、奴が町中を混乱させるだろう。その内に王を叩くとしよう」

 奴が動くかどうかは半々ぐらいだろうか。
 まあ動かなくともそこまで問題はないだろう。

「……でも兄貴、これは本当にこの国の為になるのか?」

「ハーディ、今更怖じ気づいたか? 例えこの行動が失敗しても、俺達の出現はこの国を大きく変えるだろう。俺の言うことを聞いていれば何も間違いはない。さあ行くとしよう」

「……ああ、そうだな兄貴」

 俺達は顔と体をローブで隠し、白への道を進んで行く。
 普通なら怪しいとも感じられるのだろうが、この国の中には顔を隠して生活している者も偶に見かけるのだ。
 それは相手に恐怖を与えない為であったり、自分の顔に自身がないキメラ化した者達である。
 多少は目だっても、目立つだけの存在として認識されるだろう。
 まあ町中の兵士に見つかれば多少厄介だが、人の壁を使えば逃げるのも可能だろう。

 そして王城の前。
 この城は最近造られたばかりのものである。白く輝く外観は、毎日の清掃が行われて曇りはない。
 普通なら大変な清掃であっても、空を飛ぶ者が居る王国においてはそこまでではないのだ。
 清掃兵なんて揶揄されるほどの、掃除しかしていない奴が今も壁を拭いたりしている。
 まあ、戦力値として低いのかもしれない。

「待て、この門を通るのなら、お前の身分と顔を晒せ! 怪しくないのならばできるだろう!」

 当然の様に二人の兵士に止められて、顔を晒せと言われている。
 門番として正しく、間違いではない。
 俺は頷き、顔を晒しながら門番の奴の言葉に答えた。

「分かった、顔を晒しても良いが、俺を見てもお前には分からないだろう。俺達はべノム隊長の部下で、隠密行動を専門に行っている者だ。実はここに来たのは理由がある。俺達がべノム隊長の居場所を見つけたんだ。だが一応罠の可能性も考慮して上に知らせに来たんだ。緊急事態だから通してもらえると嬉しいのだが?」

「……この顔がその証だろう。兵士ではなくて、これ程の変化をしている者は居ないだろ?」

「そう……なのか?」

「う、うむ、望んでそんな顔になる奴はいないだろう。美容の為というものも、顔を残すのが主流だったからな」

 二人の兵士が顔を見合して相談している。
 この二人は、闇にあんな医者が居るなどと思った事もないのだろうな。
 しかしこのまま奴等の答えを待つのも馬鹿らしい。
 曲がり間違って上に聞きに行くと言われても面倒だ。
 少し急かしてやろう。

「出来れば早くしてほしいのだが? 俺としてもこの顔を晒すのは、心情的に嫌なのでな」

「わかりました、しかし武器の類は置いて行ってください。まああまり意味はないでしょうけど」

 まあ無難な判断なのだろう。
 俺達がキメラ化をしていない、ただの人間だったならだが。

「俺は武器を所持していない。爪まで切れと言われてしまうと困るのだがな」

「いえ、そこは仕方のない部分でしょう。そちらの方の大槍のみを置いて行ってください」

「……ああ、了解した」

 この二人では槍を持てないからと、ハーディが槍を地面に置き、俺達は城の中へ通された。
 下民の俺達が、この新しい城に入るのは初めてである。
 外観は立派に造っていても、中の状況はそれほどでもなかった。
 正面に敷かれた絨毯以外は、殆ど質素なものである。

 壁は建てられたばかりで美しいが、飾りっけも何も無いただの白い壁だった。
 美しい装飾も無ければ、小さな絵画すら見当たらない。
 上を見上げてもシャンデリアのようなものは見当たらず、光の魔法の球が浮いて、周りを照らしている。
 これほど財政が逼迫しているとは、王国の未来は絶望的なほどだろう。
 
 さて、肝心な城の兵士の量は……
 このエントランスには、数人が配置されているだけだった。
 正面の玉座に続く扉に兵士が一人。
 警備の為に歩き回ってる兵士が二人。

 身分が高そうな服を着た女が一人、左方向から右方向に走り抜けている。
 どの人間も俺達のことには気付いているのだろうけど、正面から堂々と入って来た俺達には、ただ視線を向けるだけである。
 俺は足を進ませ、前方に居るフルフェイスの兵士へと話しかけた。

「今回の騒ぎで女王陛下に話しがあるのだが、ここを通っても?」

「いや、陛下には私がお伝えしよう。では詳しく話を聞こうか」

 チッ、やはり思ったほど上手くはいかないようだ。
 仕方ない、ここからは実力行使といこうではないか。

「ああ、では少し耳を貸してくれ。王国の兵士としては有り得ない失態をしているようだからな。あまり広めないでやってくれよ? 相当馬鹿な目にあわされていたらしいからな」

「むっ? 分かった。ではどんな話なのか詳しく聞かせてくれ」

 こんな場所に立たされて暇なのだろう。
 相当興味がありそうな感じで耳を傾けている。

「ではよく聞くといい。あのべノム隊長がな、糞まみれにされて縛られていたんだと。まあ命には別条はないらしいが、他にも数人が同じ場所に居てな。どいつも名のある兵士ばかりで、そいつ等も全員が……」

 俺は事実をありのままに伝え、その兵士は驚きを増していた。

「な、なんだと?! それは本当に駄目なものではないのか! 直ぐに女王陛下にお知らせせねば!」

 その声は何故か楽しそうである。

「まあ待て、まだ場所を教えて居ないだろう。じつはな……」

 少し信用をしてくれた兵士にの肩に、俺はポンと手を置くと、毒の爪で兵士を痺れさせた。

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