一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

6 一人ずつ確実に。だがそう上手くはいかないらしい。

何時ものボロ小屋でグレッグと出会い、力試しと力を振るった。俺達の相手にはならず、色々と力を試していき、その力を確認するが、最強という訳には行かなかったらしい…………


シィヴァ・タナトリス(兄)
ハーディ・タルタリス(弟)
グレッグ  (片腕が巨大な男)
バール   (王国の兵士)
ベノム   (王国の兵士)


 そのバールという男は、この国の情報伝達に関わっている一人である。
 まだ他に何人もの人物が居るのは知っているが、伝達能力だけを見るならその男がトップに近い。
 当然だがキメラ化した人物で、手足の槍化と伸縮、硬化の力を持っている。
 女性に頻繁に手を出し、毎回のように痛い目に遭っているという。
 だからグレッグの知り合いの女を使って、誘き出そうとしている。

「あ~らお兄さん、中々良い男よね。最近ちょっと寂しくって……今夜、付き合ってくれないかしら?」

「是非! 今夜だけと言わず、明日、明後日、来週ぐらいまでお願いします! というか、今からでもいいんじゃないでしょうか? 仕事は後回しにしてもいいですから!」

 俺達はローブで体を隠し、その成り行きを見守っていた。

「い、いえ、それは流石にマズイんじゃないかしら……だからね、今夜、東の一番遠くにある空き地に……」

「そんな事を言わずに、いいじゃないですか! 今も夜も変わりはしませんよ。さあ、俺と一緒に」

「だから夜って言ってるでしょ! 夜じゃなきゃ嫌! それが嫌なら私も嫌よ!」

「仕方ないですね。じゃあ夜にしましょうか。絶対に貴女を後悔させませんから」

『…………』

 誘き出すのには成功したらしい。
 そして夜を待ち、その場所でひっそりと待ち続けている。
 周りの建物も遠く、この近くには兵隊も回って来ない絶好の場所だ。
 その誰も居ない空き地の広場の中心で、バールは来るはずもない女を待ち続けていた。
 伝令兵とはいえ、この男はグレッグとは違う本物の兵士である。
 ここからが本番なのだ。
 俺達は誰も来ないのを確認すると、バールの後ろから潜みよる。

「待たせたな……」

「…………!」

「あ、やっときてくれましたか! じゃあこれから熱い夜を……って誰?!」

 後ろから来た俺達に振り向き、バールという男が驚いている。
 だがそれだけで、怯えることもないらしい。
 普通なら逃げ出すようなこの姿も、この男にとっては見慣れたものなのだろう。

「え~っと、キメラ化した奴で俺が知らない人は居ないはずなんですけど……いやそれより、まさかあの女性の彼氏ですか?! ちょっと落ち着いてください」

 何か勘違いしているようだが、否定する意味もない。
 一気に距離を詰めるとハーディが男の背後へと回る。

「待って待って待って、本当にごめんなさい。謝ります、謝りますから暴力は止めましょうよ」

「問答無用だ。やるぞハーディ!」

「……応!」

「ごめんなさああああああああい!」

 足を伸ばし逃げ出そうとするバールへ、ハーディの大槍が進路を塞ぐ。
 戦う気がないようだが、関係はない。
 俺の爪や大槍での攻撃が、バールの皮膚に傷を付ける。
 だが痛がっている振りをしているようだが、あまり効果は感じられない。
 グレッグと同じぐらいの防御力はあるのだろう。

「う、あ……なにか……体が……重い……痺れ……る……」

 だが、ほんの少しの傷であれ、俺の爪は効果を現す。
 この毒は相手を即死させるものではない。
 体の神経を痺れさせる麻痺毒である。
 多量に食らえば心臓さえ止めてしまうが、この男にそこまでする必要はない。
 縛り上げて連れ帰るとしよう。

「よし、誰もみていないな帰るぞハーディ」

「……ああ、行こう」

「おいコラ待ちやがれ! そいつは馬鹿だが、一応俺の部下でもあるんでな。攫ってもらっちゃあ困るんだぜ?」

 動けなくなったバールを縛り上げ、連れ帰ろうとした時に何者かが現れた。
 見上げると、空には黒い塊が浮いている。
 ただの人ではない。
 キメラ化した者の中で、警戒するべきその顔は俺でも知っているものだ。

「たまたま通りがかって良かったなおい!」

 そいつはべノムと呼ばれる男で、この王国の主力の一人である。
 操る外套は鉄をも斬り裂き、その速度は想像を絶するという。
 ここで会いたくはなかったが、出会ったからには仕方がない。
 丁度良く倒させてもらうとしよう。

「その体とか色々聞きたい事もあるし、サッサと倒させてもらうぜ! おおおおおおお!」

 奴の対処法はすでに決まっている。
 攻撃全振りのこの男には、防御能力というものがほとんどないのだ。

「やるぞハーディ!」

「……デザート・ストーム!」

 ハーディは強烈な砂嵐の魔法を放った。
 空にまで膨れ上がった緩やかな砂の風は、前に放ったものと違い随分と大人しい。
 敵の視界を塞ぐ効果はあまりないが、もう超速で動き出していたべノムの体に、砂の粒が痛みを与える。

「ぐおおおおおおおお?!」

「うおおおおおお?!」

 魔法の発動はほんの一瞬だったはずだが、あの一瞬で俺の体に傷をつけていたらしい。
 かなりの強度を持った俺の腕にも、ザックリとした傷が残っている。
 速いとは聞いていたが、少しばかり舐めていたようだ。

「た、隊長……そいつの爪……やばい……です……」

「……なるほど、爪に何か仕込んであるな? だがこの状態でニ対一とは、一回逃げていいかよ?」

 ベノムは砂粒を腕で防御したらしい。
 致命傷ではないが、腕と体には無数の傷がついている。
 その状態で動き回って戦うのは不可能だろう。

「……俺達が逃がすと思っているのか?」

「安心しろ、別に殺すわけじゃない。たかだか一月ほど大人しくして貰うだけだ」

 俺の斬られた腕は、じわじわと再生を始めている。
 戦うのに不都合はない。

「テメェ等一体何が狙いだ? この馬鹿を懲らしめたいってだけじゃないんだろ? まずは俺と話し合ってみる気はないか?」

『そんな気はない!』

 言い合うつもりはないと、俺とハーディは弱ったべノムへと攻撃を仕掛けるが……

「このッ、その程度で……俺が、やられるかよぉ!」

 俺達二人の攻撃を、傷ついた腕を振って防ぎ続けている。
 傷ついた腕は更に傷を増やし、待っていた砂が赤色に染まっていく。
 血を吸った砂は、重さを増して地面に落ちている。
 もしそれを狙ってやっているのだとしても、この空間全てをやるには血が足りないだろう。
 ただの悪あがきだ。

「もうそろそろ辛いだろう。眠って楽になっておけ!」

「……おおおおおおおおおおお!」

「誰が諦めるか! 家には待ってる奴が居るんだよ!」

 この男は疲れているはずなのに、一向に攻撃を食らってはくれなかった。
 その攻防は長く続き、応援が来られると厄介だと思い出す頃。
 俺達が攻撃を当てる前に、奴の体力が尽きたらしい。

「……ちく……しょう……」

 倒せはしたが、結局一撃も当てられなかった。
 俺達は敵の戦力を過小評価していたのかもしれない。
 きっと俺一人では勝てなかっただろう。

「……兄貴」

「ああ、相当に厄介な男だ。このまま動けないように、体に毒を流してやる」

 倒れたべノムに爪の一撃を食らわせると、縛り上げてボロ小屋へと運んで行った。

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