一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

3 一片の影は、やがて光をも浸食する。

聞かされた場所に向かった俺達は、何の変哲もないカフェへと入った。力を求めてゲオルムに施術を頼むも、金が足りないと断られてしまう。造られた戦魔に挑み、勝った後にはと約束をとりつけた…………


シィヴァ・タナトリス(兄)
ハーディ・タルタリス(弟)
グレッグ  (片腕が巨大な男)
ゲオルム・ファウスト(闇の医者)
戦魔     (ゲオルムの道具)


 ドスドスと走り出した戦魔は体の割に案外素早く動き続けている。
 俺達よりも少し早いぐらいで特に問題はない。
 二人がかりである俺達の方が有利といえるだろう。
 だが、攻撃力と防御力は段違いだ。

「うをおお!」

 絶妙のタイミングでハーディが放つ斬撃は、戦魔の翼を斬り付ける。
 それでも翼膜にすら傷がつかなかった。
 初まりの一撃ではあるが、俺達にとっての絶望の一撃に近い。
 他の部分がこれ以上だとも思わないが、それ以下であるとも考えづらいのだ。
 俺とハーディの剣はどちらも量産品で、切れ味の差はほとんどなかった。

「ハーディ、ただの斬撃は駄目だ。思いっきり腹に突き刺してやれ!」

「……ああ、分かった!」

「ふぁっはは、このワシが刺突耐性を付けなかったとでも思っているのか? 戦魔よ、絶望を与える為にくらってやるがいい! そしてええ、絶望して材料になれえええええええええええ!」

 戦魔はゲオルム言う事を忠実に実行し、攻撃する手も止めてその場に留まっている。
 ここが好機なのだが、あの態度を見る限り、普通の刺突だけでは効果がないだろう。
 そうだとしてもやるしかない。
 出来る限りの距離をとり、一切の防御を解いた。

「ハーディ俺が先に行く。お前は次を考えろ!」

「……ああ!」

「さて……行くぞ! うおおおおおおおおおおおおお!」

 狙うべきは躱しづらい腹の中心。
 骨と筋肉の隙間の鳩尾と呼ばれる部分。
 その部分に剣の先を向け、力いっぱい打ち込んだ。
 戦魔の分厚い皮が剣の先を進ませてはくれない。

「ああああああああああああああああああああ!」

 それでも力いっぱい前に進む。
 戦魔の体を全力で押し込み、壁際にまで追い詰める。
 だがまだ攻撃が通ったわけでもない。
 もう一手、ハーディの攻撃に全てを託す。

「ハーディ!」

「おおおおおおおおおおおお!」

 向けられているのは剣の刃ではない。
 柄頭。
 柄の先端にある部分。
 その部分が、俺の持っている剣の柄頭に勢いよくぶつけられたのだ。
 硬いものがぶつかり合い、押し込んだ刃の先が、ほんの少し皮膚を通り抜けた。

「ハーディ、もう一度だ! もう一回ぶつけてやれ!」

「任せろおおおおおおおおお!」

「戦魔よ、もうサービスは終わりだ! その二人を叩きのめして材料にしてやれ!」

 ハーディによる二発目の打撃が剣にぶつけられたのだが、相手を貫くには至らない。

「ヌウウウウウウウウン!」

「!」

 刺さった剣を引き抜くのを諦め、攻撃が来る前に俺は剣を手放した。
 剣が刺さったまま、戦魔はそのままの状態で攻撃を続けている。
 引き抜いても大した怪我にはならないはずだが、そんな知能もないのだろうか?
 もしキメラ化しても、そんな状態にされるのならごめんである。
 妙な真似をされないように気を付けなければ。

「何か来るぞ、気を付けろハーディ!」

「ああ、兄貴も気を付けろ!」

 戦魔は逃げ続ける俺達に攻撃が当てられず、次の行動に移っている。
 大きく翼を広げて部屋の中を飛び上がり、天井近くに静止した。
 突進してくる雰囲気ではない。
 開けた口の中には、燃ゆる炎が揺らめいていた。
 流石に部屋全体を焼く事にはならないと思うが、アイツの頭の中は問題がある。

「ハーディ、ゲオルムの近くに避難だ!」

「応!」

「こっちに来るんじゃあない! ま、待て、お前は攻撃をするなああああ! アツウウウウウウウウウウウウウイ」

 一瞬熱を浴びたが、俺達はその程度では怯まない。
 止めろと言われて素直に攻撃を止める戦魔は、大人しく床に下りている。

「やはり道具は道具でしかないな。命令が無ければ何も出来ないただの木偶の坊だ!」

「……そうだ、俺達が求める最強とは程遠い!」

「戦魔よ、再び動き……」

『遅い! うおおおおおおおおおおおおおお!』

 戦魔に刺さった剣に向かい、俺とハーディは踵で蹴りを放った。

『ああああああああああああああああああ!』

「ガ八ッ!」

 剣は硬い表皮を突き破り、勢いよく背後の壁へとぶつかった。
 例えキメラ化していたとしても、これは確実に致命傷だろう。
 それでも、この戦魔は動くことをやめなかった。
 命令通り忠実に、俺達を狙って腕を動かしている。
 だがそれも、血が零れる度に力を失い、そして、動かなくなっていった。

「まさか……まさか戦魔が負けるだとおおおおおおおおお?! あり得ん、あり得んぞ!」

「動揺するのはあとにしてもらおう。約束だ、俺達体を強化してもらおうか。だが自分の手足にしようなどとは考えるなよ? その時は俺の代わりに弟がお前を殺す!」

「……!」

 ハーディがゲオルムに剣を向けているのだが、ゲオルムの動揺が終わり、その顔には狂気の笑みが戻っていた。

「フアッハッハッハッハッハ! 良かろう、望み通り最強の生物に仕上げてやろう。この壊れた素体をも使ってなぁ。フアッハッハッハッハッハ!」

 やはり狂っている。
 だが、狂っていて丁度良い。
 この俺にして、ハーディにしても、狂っているのは同じなのだ。
 力の実が満ちたならば、すぐさま始めてやろうではないか。
 王国の、世界の運命を、この両の手で変えてやろう。

 この日より、王国の闇に潜んだ闇の勢力が力を増していく。
 闇が光を浸食するように……

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