一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

39 にゃ~ん、にゃんにゃん。

カーリーと戦いが続く。相手の隙はなかなか見つからなくて、靴を持って来るとシャーンが部屋に走っていってしまう。急いで倒さなければと頑張るも、カーリーから黒い水の魔法が発射された。地面を抉るぐらいの威力で、黒い水は、その抉った地系を隠してしまう。サラリと流れ、べた付く水が、体に纏わりついて気持ち悪い。避け続ける私は魔法の終わるタイミングまで逃げ続け、次の発動のタイミングで突っ込んだ。相手の杖を使い、攻撃を防ぎぐと、止めの攻撃をくらわせようとした。しかしそのタイミングでシャーンが現れ、私は手加減を忘れてカーリーを蹴りとばした…………


モモ     (天使に選ばれた猫)
シャーイーン (王国の王子)
ダスク    (魔道研究所の職員)


 カーリーが転がされ、私達はお昼ご飯を食べている。
 プルンとしたジェル状の物に閉じ込められたお肉は、もう冷めているけど、冷めているからこそ逆に美味しくなっていた。
 卵焼きは噛むと爽やかに甘く、程よく丁度柔らかい。
 ザックリとしたクロワッサンは咬むのが楽しくやめられないし、冷製スープはとろけるようで、後乗せのクルトンはカリッと美味い。
 細い千切りキャベツはドレッシングに馴染み、それを吸い上げるように絡みつく。
 噛み切る歯ごたえが最高で、そえられたトマトはプチっと新鮮なのだ。
 そして玉葱とか食べたくないものはなく、私は至福の時間を楽しんでいる。
 ただ、量はやはり少なく、お腹の状態としてはこの倍を食べたいと嘆いていた。
 そう、今日はやけに少なく感じる……というか本当に少ないのだ。
 まさか太るからと、減らされているのだろうか?

「ごちそうさま~!」

「ごちそうさまだぞぅ!」

 涙を流して夜の分を我慢し、シャーンと一緒にお昼寝するも、お腹はググゥと鳴り続けている。
 目の前には食事があるが、あれは夜ご飯で食えないのだ。
 朝と全く同じ状況なのだが、空いた分は空いているのだから、しょうがない。
 シャーンが気持ちよく眠る中、私はこの部屋から脱出していた。
 向かうべき場所は、前に見つけた引き出しの食糧である。
 あの机が誰の物かはわからないけど、きっとまた詰め込められているはずだ。
 私はそう思い、その場所に向かっていた。

「この部屋だ! 匂いは……する……気がする」

 部屋の前に到着した私は、確認の為に匂いを嗅いでみるのだけど、部屋の中で机の中にある物の匂いは感じなかった。
 それでもきっとあると扉に手を掛け、ガチャっと開こうとするが、鍵が掛けられている為か開いてはくれない。
 二度試して見ても駄目みたいだ。

「……あ、開かない。この前食べちゃったから閉められたのか?!」

 こうなったら壊すしかないと思い始めた私だけど、何故か心の中にチクりと痛みが走る。
 前には感じなかったこの痛みは、私が人に近づいている証拠だろうか?
 盗みは駄目だと心が発する。
 それでも食べたいと、私のお腹は鳴り続けた。

「あ、開けるぞ!」 

 私は鍵の駆けられた扉を壊し、その中へ入ると、チリーンと鈴が鳴った音がした。
 机に向かい、引き出しを開けた中には飴やクッキーとかのお菓子が入っている。
 喉を鳴らし、食べ進めると直ぐにお腹は満帆になってしまう。
 お腹がいっぱいになった私はシャーンの元に帰ろうと、帰りの道を歩いている。
 またシャーンと遊ぼうと楽し気に帰る私の前に、バサリと黒い物が落ちてきていた。
 それは凄く大きな黒い布で、どうにかもがいて脱出した。
 後を見るとその布は私の体よりもとても大きい物だ。

 ?

 何故こんな物が突然に?
 いや、そんなことはどうでもいい。
 シャーンが起きたらまた遊ぼうと、私は歩みを進めて行く。

「ただいま~!」

「ん~、姉ちゃん、どこか行ってたの~?」

 眠そうな目をこすり、シャーンが欠伸をしている。
 ああ、私の声でシャーンを起こしてしまったらしい。
 反省しないと。

「あれ、お姉ちゃん? 声が聞こえたと思ったけど、お姉ちゃん、どこ?」

「にゃーん」

「? あれ、猫ちゃん、どこから入って来たの? 君の声だったのかなぁ?」

 何を言ってるんだシャーン、私はここにいるじゃないか。
 頑張って声をだしてるけど、何故かシャーンには聞こえていないらしい。

「君も一緒に遊ぼうか」

 そう言って抱き上げられた時、私は自分の体がどうなっているのかをやっと理解した。
 今私の体は随分と小さく、出来ていた動きも出来なくなっている。
 何故か体が猫のものに戻っていたのだ。

「にゃにゃにゃ~!」

 言葉もでないとは、まさか天使様に罰を与えられてしまったのだろうか?

「う~んと、お腹が減ってるの?」 

「にゃわ~ん」

 お腹は減ってないぞシャーン。
 むしろパンパンだ!

「そうだ、僕のご飯があるから少し分けてあげるね。う~ん、食べるよね?」

「にゃんにゃ~ん!」

 食べたい事は食べたいけど、今はお腹がいっぱいなんだ。
 もうちょっと後で食べさせてくれ!

「じゃあちょっと待ってて、お皿に乗せてあげるね」

 私は猫だ。
 一度は人になってはいたが、元の体に戻っても、私はなにも困らない。
 シャーンも一緒に遊んでくれるし、ご飯はお腹いっぱいに食べられる。
 ちょっと濃いかもしれないけれど、まあこれはこれでありだと思う。
 味も変わらなくて美味いしな。

 ただ……

 ただ、私の言葉は何も伝わらない。
 シャーンは答えてはくれる。
 でも、何も通じない。
 なんだか少し……
 とても……
 凄く寂しい気がしている。

「にゃお~ん。にゃお~ん!」

 戻りたいと叫んでも、何処に居るのかも分からない天使様は、体を人にはしてくれなかった。
 猫として生きろと言っているのだろうか?

「うん、お姉ちゃん遅いよね。どこに行ったんだろう?」

「んにゃ~ん!」

「そうだ、帰って来るまで君がお姉ちゃんの代わりになってよ。いいかな? いいよね?」

「にゃにゃ~ん!」

「じゃあ君の名前はモモで決まりね!」

「んにゃお~!」

 私はモモだ、それは正しいぞ!
 シャーンの頬を舐め、自分の存在を教えてあげるのだが……

「うん、君が、モモが居るから寂しくないよ」

「にゃわわわ~ん!」

 私の帰りを待ち続けるシャーンが、目に涙を浮かべている。
 直ぐに伝えてあげたいのだけど、その手段がない。
 どうしようか悩んでいるが、シャーンに体を掴まれてしまった。
 布団の中は冷えているが、子供の体温はあったかくてポカポカで、何だかウトウトしてきてしまう。
 ハッと気が付いた時には、私は夢の世界に入っていた。

「あ、気が付いた? もう、悪い事したら駄目でしょ。天使の力が消えちゃったじゃない。一回目のあれは仕方ないとはいえ、二回目のあれは駄目ね」

「ごめんなさい天使様、謝るから私は人に戻りたいぞ! ……あ、喋れた」

「う~ん、じゃあ今回は許してあげるから、頑張って戻ってね」

「やった~!」

 その言い回しに不思議なものを感じた私だけど、喜びに跳びあがった。
 朝起きた時、私の体は猫のままだった。
 頑張れって戻ってねの意味が分かった気がするけど、一体どうやって戻れというんだ?!
 

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