一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

32 小さく大きな物語57

馬車を止めて食料店の前で待っていると、色々な店が開き始めた。俺は朝飯を買い、仲間と一緒に食べ終えると、食材屋が開く。そこで食料を補充し、他の道具を見て回った。補充を終えた俺はこの町から出ようとするが、馬車の前に子供がとび出し転んでしまう。手を貸そうとするのだけれど、その子供はお礼も言わずにどこかへ行ってしまった。馬車に戻ろうとするのだけれど、俺は男に肩を掴まれた。見るからに御坊っちゃんのその男にさっきの子供の事を聞かれる。俺は知らないと言ってお礼を貰う。男は去って行き、馬車に戻ると、さっきの子供が馬車に乗っていた…………


レティシャス(シャインの息子)ストリア   (村娘)
リッド   (村人)     リーゼ    (リッドの母ちゃん)
ジャネス  (変な女の人)  バール    (ジャネスの父親)
チェイニー (マリア―ドの宮廷魔導士?)


「え~っと、俺達町から出るんだ、馬車から降りてくれないか?」

「うん知ってるんだよ。じゃあ行こうよ、お兄ちゃん」

 さっきはよく見えなかったけれど、この子はたぶん女の子だろう。
 顔や声がそれっぽい。
 実際確認した訳ではないから、たぶんでしかないけど、触る訳にはいかないだろう。
 髪は栗色、歳は十二歳ぐらいだ。
 その子が俺達と同行したいらしいけど、あんな立派な従者がつくとなると、この子は相当立派な……
 いや、もしかしたらお姫様的なお子さんだったりするのかもしれない。
 同意して連れて行ったとしても、人攫いにされてしまうだろう。
 いやいや、普通のお子さんでも勝手に連れて行ったら駄目なのだ。
 そもそも町の出口で見つかってしまう。

「行こうじゃなくてだな……」

 俺がこの子共と話していると、馬車の中からストリアとリッドが顔を出した。
 心配してくれたのだろう。

「どうしたレティ、何か有ったのか?」

「ん、なになに?」

「いやこの子供がな……」

「もう早くするんだよ、お兄ちゃん。メルトリウスに見つかったら面倒なんだよ。気が利かないなぁ」

 説明しようとすると、この子供が口を挟んでくる。

「いやお前誰だよ。勝手に乗り込んで来るなって。一応俺は女の子には優しくするタイプだが、礼儀のなっていないクソガキ様には容赦はしないぞ」

「レティ、私も女の子だと思うんだが、もう少し優しく接してくれても良いんじゃないだろうか?」

「……そのことは後で話そう。旅が終わって十年後ぐらいに」

「確かに、十年後の結婚記念日に思い出として話すのはいいかもしれないな」

「俺が結婚すると何時言った? いやそんな話より、今はこのクソガキ様のことだろう」

「何度も何度も、誰がクソガキだよ。私にはチェイニー・ヒートハートっていう立派な名前があるんだよ! 折角お兄ちゃんって呼んでやってるのに、私にデレて言うこと聞きなよ!」

「分かってないなクソガキ様。例え可愛かろうと、お兄ちゃんと呼んだとしても、それでデレる訳じゃない。性格や愛らしさ、全てが合致して醸し出すオーラというものが無ければ全く無意味だ! クソガキはクソガキでしかないのだよ! 悔しかったらその性格を直して出直してくるんだな! わはははは!」

「なんだとおおおおおおおお!」

「あのさぁレティ、それとチェイニーちゃんだっけ? 母さんが起きちゃうからもうちょっと静かにしてね?」

「お、おう」

「う、はい……ごめんなさい」

 少し騒がしく成って来た時、リッドが凄みのある顔で睨んできた。
 徹夜で移動してくれたリーゼさんを心配しているのだろう。
 言いたい事だけ言うと、マッドが落ち着きを取り戻し、馬車の奥に入って行った。
 リーゼさんの様子でも見に行ったのだろう。
 心配するのは分かるが、もう少し親離れした方がいいと思うぞ。
 少し落ち着いた俺は、このクソガ……少女に話しを聞いてみる事にした。

「チェイニーだよな? まずは事情を話してもらおう。連れて行くか行かないかはそれから決めさせてもらう。それでいいだろう?」

「ふ~ん、事情を話すのはいいけどね。レティお兄ちゃん、さっきメルトリウスからお金をむしり取っていたよね? 私の護衛からあんなお金をむしり取っておいて、受けないなんて選択肢はないはずだよね? 地位も名誉もある私が兵士に言ったら、お兄ちゃんは一体どうなっちゃうんだろうね?」

「クッ、見ていたのか、抜け目のない奴め。 ……分かった、俺が可能な事なら聞いてやっても良いから、兎に角事情を話すんだ」

「わ~い、お兄ちゃんだ~い好きだよ!」

 チェイニーがわざとらしくそう言い、俺に抱き付いた。
 その顔は歪んだ笑顔を浮かべている。
 どんな理由があろうと、こいつはクソガキで充分だ。

「じゃあお兄ちゃん、私の事情を良く聴いてよね。私はね、八歳で筆記試験と実技試験を突破し、強さとしても最強。四属性を操る私をには、千人の部下がいるのよ! 私は最強の筆頭宮廷魔導士なのよね! 私の目的はね、今回の戦争を回避することなのよ。知ってるかしら、この国が南にある国を滅ぼそうとしていることを。これは重大なことなのよ。私と一緒にラグナードに向かって頂戴よ!」

 俺は少し考えた。
 この少女の事情は、俺達と一緒のものではある。
 ただ、この若さで宮廷魔導士の筆頭を名乗ったり、千人の部下が居ると言ったりと、有り得ない事を言っている。
 俺が考えるに、この少女はきっと中二という状態なのだろう。
 意味としては、虚言を繰り返し、自分が最強とか言っちゃう状態のことをさすらしい。
 その言葉は俺の脳内にあったもので、何故知っているのかもわからないが、なんかピッタリはまるから使っておくとしよう。
 その中二少女が、本当は何故ラグナードに行きたいのかは知らないけれど、俺達だって来た道を戻る事はできないのだ。
 
「どうするんだレティ、ラグナードには行けないぞ」

「大丈夫だストリア、俺が話してみるよ。 ……で、チェイニー、お兄ちゃん達も用事があるんだ。ラグナードに行きたいのなら別の人に頼んでみてくれ。俺達も重要な用事があるんだ。だからな……」

「あっ!」

 俺は馬車から降りてチェイニーの体を持ち上げた。

「遊ぶなら他行ってやってくれ!」

 チェイニーを地面に降ろして背中をトンと押すと、バランスを崩してよろけている。
 俺はその間に馬車に飛び乗り、急いで馬車を出発させた。

「じゃあなチェイニー、人に迷惑かけずに遊ぶんだぞ。メルトリウスさんにも迷惑かけちゃダメだからな~!」

「卑怯者~、このぐらい直ぐ追い着いてやるんだからね!」

「はっはっは、がんばれ~!」

 手を振って別れることに成功し、これで何事もなく町を出られると思っていた。
 さっきの場所からは相当な距離を離し、もう追い着く事も出来ないだろう。
 町の出口近くに置いてあるバールの馬車を軽く通り過ぎ、気付かれて追い駆けられると町の門に到着したが……
 俺の隣には、何時の間にかチェイニーが座っていた。

「じゃあ行こうかお兄ちゃん、出発進行だよ!」

「一体何処からわいた! というかどうやって追い着いた?!」

「私は本物の宮廷魔導士だからね。追いつくのなんて簡単なのよね! 信じたかしらお兄ちゃん? もし私を手伝ってくれるなら魔法を教えてあげてもいいんだよ?」

 チェイニーの周りには緑色の風が舞い、小さな赤い花びらが永遠と回り続けていた。

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