一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

28 小さく大きな物語56

マリア―ドに向かい出発した俺達、魔物も殆どが退治された道を進み、特に何もなくマリア―ドに着いた。カラフルな町並みに驚くが、リーゼさんの代わりに俺が馬車を動かすと、静かな朝の道を馬車でゆったり進んで行った…………


レティシャス(シャインの息子)ストリア   (村娘)
リッド   (村人)     リーゼ    (リッドの母ちゃん)
ジャネス  (変な女の人)  バール    (ジャネスの父親)


 俺は食料売り場の看板を見つけると、そこで馬車を止めて、店が開くのを待っていた。
 リーゼさんが寝ているから、ストリアとリッドも静かにしている。
 ちなみに後にあるバール達の馬車に動きはなく、中で二人共眠っているのかもしれない。
 ただ、俺達が何も喋らなくても、町は少しずつ騒々しさを増して行く。
 馬車を止めた大きな通路には、時間が経つごとに人の往来が増え初め、何処からかやって来た屋台の車が並べられる。

 ガチャガチャと準備が始まり、肉の焼ける臭いやパンを焼く匂い、様々な匂いが町の中に漂っていた。
 そろそろ朝飯でも食う時間だろう。
 俺もちょっと何か食いたいと、ポンと馬車を跳び下りた。

「ちょっと買って来る」

 二人は頷き、俺は一人店を回って行く。
 あんまり遠くに離れるのもなんだし、近場にある店一つ選び、出来上がるのを待っている。
 暫くすると鉄板に肉が落とされ、ジュウジュウと美味そうな匂いをさせていた。
 肉は羊の肉のようで、甘くスパイシーな匂いがしたタレがかけられると、待ちきれないと腹が鳴った。

 焼けた肉は少量のレタスの葉と一緒にパンに挟まれ、それで軽く完成する。
 だが、シンプルなだけに味の想像はつく。
 匂いからして絶対に美味いのだ。
 俺は焼きたてのそれを四つ買い、仲間達と一緒に食べはじめる。

 パクッと噛り付くと、口の中には想像していた味が広がってゆく。
 口の中を刺激する甘いタレは、肉の油と混じり合い、美味さが倍々に引き上げられている。
 シャリッとしたレタスは瑞々しく、油っこくなった口の中を少しだけ和らげてくれた。
 うん、普通に美味い。

 モグモグと咀嚼して全部平らげると、食材屋も丁度良く開いたらしい。
 そこで干し肉や干し野菜、日持ちする日持ちする食材を買いこみ、補充を済ませた。
 でもそれで終わりじゃあない。
 町に寄った時に楽しみにしているのは、旅には向かない葉野菜や、フルーツなどだろう。

 もちろん常温でも保存できるタイプのものはあるのだが、匂いの強い物は虫や動物、ひいては魔物までおも引き寄せてしまう。
 馬車に載せたり、匂いの付いた手で馬車に触るのも、リーゼさんに止められている。
 だからこそ町だけの楽しみなのだ。

 俺は一本の胡瓜きゅうりを手に取りそれを買うと、刺を取り去り無造作に口へと運ぶ。
 軽くペキっと口で折り、咀嚼して飲み下す。
 朝採れたての完熟胡瓜は、冷やされ保存した物とはまるで違うのだ。
 外側はパリッと、中はトロッとして甘味がある。 
 俗にいう青臭さなどは微塵も感じず、野菜か果物化と言われれば、果物とハッキリ言えるレベルなのだ。
 
「美味い、もう一本」

「あいよ、お金はそこに置いといて」

 俺は金を置き、それを齧り食うと、軽く水で手を洗って馬車へと戻って行く。
 まだ色々とやることはある、食材だけではなく塩や砂糖も欲しいところだ。
 他には車輪の点検や、馬のブラッシングとかもしてやりたい。

 色々と店を回り、大体の事をし終えた俺達は、この町を出ようとしていた。
 町の門を目指して馬を軽く歩ませるのだが、目の前の道に少年がとび出してきたのだ。
 危ないという状況でもないが、軽く手綱を引いて馬車を止めると、少年はそこでスッ転んでしまう。
 かなり良い服を着ているから、どこかの貴族の御坊っちゃんだったり?
 転生しなくて良かったと、変な感情が浮かんだりしたが、俺は馬車から降りて少年に近寄って行く。

「大丈夫か?」

「…………」

 手を伸ばした俺を無視して、人込みをすり抜けて消えてしまった。
 少々やりきれない気持ちが襲って来るが、まあそんな事もあるのだろう。
 子供だっていい奴ばかりじゃないからな。
 俺は馬車に戻ろうと歩き出すのだが、その途中で誰かに肩を掴まれた。

「君、今の子供と知り合いなのかい?」

 それに振り向くと、随分と立派な鎧を着た男が現れた。
 綺麗な鎧だが新米という感じでもない。
 剣の柄に鷹が止まっているような紋章が、飾り付けられている。
 きっとこの男の家の紋章か何かなのだろう。

 引き締まった肉体に、優しそうな顔だが、男から見ても美しいと感じる顔は、まさしくイケメンと呼べるぐらいだ。
 それにキラッキラと輝く艶のある金の髪は、それだけで良い所の御坊っちゃんだと分かる。
 きっと毎日手入れしているんだろう。
 非の打ち所がない男というのだろうか?
 俺とは違うタイプの人間だ。

「何か言っていたのなら教えてはくれないだろうか。もちろんお礼は弾むよ」

 話せばくれるのか。
 遠慮なく貰うとしよう。

「ちょっと手を貸そうとしただけで話したりはしていないぞ。大丈夫かと言ったら、何も言わずにどっか行ったし。お前こそあんな子供を追い掛けて、まさか人攫いじゃないだろうな?」

「ち、違いますよ。私は彼の護衛なのですが、近づくと逃げられてしまって。私の何が気に入らないというのでしょうか……」

「ああ、お前護衛だったのか? じゃあ追わなくて良いのか、もう見えないぞ?」

 この男が護衛となると、あの子供は相当に位の高い子供なのかもしれない。

「それは大丈夫なのです。彼は道に迷ったりもしませんし、悪い奴等にも対処出来る力を持っていますからね。私など無用の長物なのでしょう」

「何を馬鹿なことを言っているんだ。護衛をしているのなら、シッカリついて行くのがお前の仕事だろう。例え必要なかったとしても、任務放棄してどうするんだ」

「た、確かにそうですね。私が間違っていました。ありがとうございます。早速追い駆けます!」

 男が子供を追い掛けようとするのだが、まだ俺は貰う物を貰っていない。

「まあ待て、俺へのお礼がまだだろう。行くならお礼を置いて行ってからだ」

「そ、そうですね、確かにお礼をすると言ったのは私ですから。ではこれで……」

 俺の掌に、金貨が数枚落ちた。
 相談しただけでこんなに貰えるとは、性格もいいのだろう。
 でも金持ちそうだし、もうちょっと貰えないだろうか?

「ありがとう知らない人。でも俺は人生相談にも乗ってやったし、もうちょっとくれても良いんじゃないか? かなり良い鎧を着てるし、もっとドーンと寄こしてくれてもいいんだぞ?」

「え? いや、でも……じゃあ、これで……」

 迷った挙句、俺の掌に金の入った袋をそのままポンと乗せてしまう。
 人がいいというか、騙されやすいというか、こんなのが護衛でいいのだろうか?
 でもくれるというのだから貰っておくとしよう。

「あの、もう呼び止めないでくださいね」

「ああ、頑張ってやるんだぞ」
 
 去って行く男に手を振って別れると、俺は馬車に戻って行く。
 また何時も通りに旅が始まるはずだったのだが、俺が運転席に座ると、横の席にさっきの子供が乗り込んで来た。


コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品