一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

23 攫われたシャーンを見つけよう。

昼の食事を終えた私達に、アビゲイルさんが返事を持って来てくれた。許可が出たと私達は中庭で遊ぶ事になる。落ちていたボールで楽しく遊び、随分と時間が経った。誰も呼びに来ないのを不審に思い、辺りの気配を探ると、敵意の視線を感じる。私はシャーンの前で構えているが、一向に襲って来ない。扉が開かれると、強烈なマタタビの匂いが鼻につき、私は無力化されてしまった。シャーンは連れ去られてしまった…………


モモ     (天使に選ばれた猫)
シャーイーン (王国の王子)
ゴンザエモン (シャーンを狙う男)
フェルレース (シャーンを狙う女)
カステーラ  (シャーンを狙う女)
ゴワス    (シャーンを狙う男)
イレイザー  (シャーンを狙う女)


「ふにゃ」

 マタタビの匂いは収まる気配がなく、シャーンを追い掛けなければと意識はあるが、体の方がいうことをきいてくれない。
 猫の体に不便を感じたのはこれが初めてのことだ。
 シャーンの様な人であったなら、こんな事にはならなかったはずである。
 また人だと思い込めば、体の感覚も変わるのだろうか?
 試して見るのも悪くない。

「私は人間……私は人間……私は人間」

 自分が人間だと言葉を発し、心に人だと思い込ませる。
 その思い込みが効いたのか、完璧には遠いけど、私の体に力が入りだした。
 やっぱり私は自分の気持ちで人に近づいているのかもしれない。

「ふう、やっと立てた。まだちょっとフラフラするけど、急がないとシャーンの身が危ないな。今から行くから待っててね!」

 地に手を突いてフラフラと立ち上がり、シャーンの連れ去られた扉へと進んで行く。
 扉をくぐると、先には七輪があり、網の上には大量のマタタビが燻されている。
 この匂いが私の鼻に届いてしまったのだろう。
 火を消したいけどどうやれば良いのか分からない。

「分からないからこうしてやる!」

 もうちょっと嗅いでいたい気持ちを押さえ、私は乗ってる網を蹴り飛ばした。
 床にマタタビが転がり、香ばしい匂いをさせている。
 そのうちその匂いも消えていくだろう。
 他のやつも壊してやりたいけど、今はシャーンを追い掛けるとしよう。

「どうしよう、臭いも感じない、気配も捉えられない! どっち、シャーンは何処へ行ったの?!」

 窓もない通路が左右に続き、どちらも人の気配は感じられない。
 右の先にはもう一つの七輪が置いてあり、その途中の曲道に私達の部屋がある。
 この魔道研究の出口も右である事は覚えているのだ。
 シャーンを連れ去るのならそちらに向かうはずだろう。
 でも、私はどうしてもそちらに行ったとは思えなかった。
 猫の感覚とは違い、ただの不確かな勘だけど、シャーンを手に入れた男達は互いに協力などしないと思ったのだ。

「こっちに行ってみよう!」

 私は不安を抱きつつも左にの通路を進みだした。
 幾つもの窓のない部屋を覗き込み、私はシャーンを探している。

「何処だシャーン、私が助けに来たぞ! 返事をしてくれシャーン!」

 答えは返って来ず、動く気配は感じられない。
 もしこの考えが間違っていたら、シャーンから距離が遠ざかっているのである。
 不安になる心が引き返せと叫び出す。
 本当にそうなのかもしれないと思いが揺れる。
 それでも一歩一歩と進んで行くと、ゴソリと何かが動く音がした。

「シャーン!」

 その部屋に入ると縛られている人達が大勢いた。
 髪も青くなく、全員が子供ではない。
 その人達がロープで腕と体を縛られて、動けなくされている。
 口も縛られ喋る事もできないらしい。
 白い服をきているから、たぶんこの魔道研究所の職員だろう。
 知り合いのアビゲイルさんも居ないし、私はシャーンを探す為に部屋を後にしようとするのだけれど、足が先に進むことを拒否している。
 家族でも仲間でもない見た事がない人達なのに、私は助けたいと思っているのだろうか?

「う~、しょうがない。一人だけ助けるから、後は自分達でなんとかしてよ。私は急ぐんだから!」

 私は縛られている一人のロープを切り、後は任せたとは部屋を跳び出した。
 城の中よりは広くないはずだけど、見たこともない道の数々は私を混乱させている。
 心成しか私の探知能力も落ちている気がする。
 気配を感じる感覚も、なんだかもやっとしたものになっていた。
 それでも猫に戻る訳にはいかない。
 マタタビの罠があれば、私は動けなくなってしまうから。

「……早く探さなきゃ!」

 それからも幾つかの部屋には縛られた人達が大勢おり、私は助けながら進んで行った。
 壁に取り付けられている魔道研究所内部の地図には、この階段の先にはだだっ広い地下空間があると書いてある。
 もしかしたらと思いその場所へと走ると、シャーンを奪い合うように、五人が戦いを繰り広げていた。
 男二人に女が三人で、女の方が青化が進んでるのかもしれない。
 私は気配を殺して身を潜ませながら、助け出すチャンスを窺っている。

「くぬぅ、この青の極欲の青の触欲のスメラに逆らうというのか! まず俺がシャーン王子と添い遂げて、五十年後に渡してやろうというのだ、寛大な処置ではないか?! 何処が不満だというのだ!」 

 シャーンを掴んでいる男がそんな事を言っていた。
 青い髪は腰まであり、若干女っぽくアマゾネスという雰囲気を醸し出している。
 スメラは手に持つ剣を他の四人に向かて威嚇している。
 その背中にはシャーンが居て、怯えながら何も言わずに立っていた。

「はぁ、五十年ってなんですか?! ふざけるんじゃねぇですよ! それに、元男程度が王子を満足させられる訳が無いでしょう! この青の私欲のフェルレースに任せて退散してくれませんか?!」

 長い槍を持った女はフェルレースというようだ。
 肩にかかる位の髪を綺麗にカットしてあり、この中でもっとも青が濃い色をしている。
 もしかしたら元から青い髪だったりするのかもしれない。
 ゴンザエモンだけではなく、両隣に居る奴にも注意を払っている。

「馬鹿を言うなよ馬鹿野郎共。もうほんと馬鹿ばっかりだな! シャーンはこの俺と一緒に居るのが最高に嬉しいんだよ馬鹿野郎! まずこの青き利欲のカステーラが先だろうが馬鹿野郎!」

 馬鹿馬鹿言ってるこの馬鹿な女は、青色の髪を真ん中に集めて針のように尖らせている。
 両手には赤い柄の鎌を持ち、横薙ぎの構えをしていた。
 青くないのは愛用の物だからなのだろう。
 俺って言ってるから元男だったりするのかもしれない。

「ふぉふぉふぉふぉふぉ、三人とも何をおかしなことを言ってるのでゴワス。そんなことをしていても決まらないでゴワスよ。ここは王子に決めて貰うのが正しいでゴワスよ。さあ王子、この青の深欲のゴワスにするでゴワスよ!」

 この男は力士みたいな体をしている大男だ。
 お腹は太鼓の様に跳び出ていて、指の先まで乾電池のように太い。
 髪の毛は生えておらず、眉毛のみが青く変わっている。
 手には硬そうな手甲があり、武器は持っていない。
 たぶん殴ったりするのだろう。

「ははは、まあシャーイーン様に選ばせるのがフェアというのは同意だよ。もちろん選ばれるのは、青の子欲のイレイザーを選ぶに決まっていますけどね!」

 笑みを絶やさない短髪の女だ。
 いや、体型は女だけれど、本当に女なのかは少し怪しいものだ。
 この女だけが腰に剣を差したままで、戦闘体勢はとっていない。
 それでも警戒されているのは、剣を抜く必要がないからだったり?

「ふん、いいだろう。このスメラを選ぶのは決まっているが、まあ茶番に付き合ってやろう。さあシャーン王子、この俺を選ぶのだ!」

 誰も彼もが自信があり、シャーンはスメラからはなされた。
 シャーンは五人の中心に立たされ、あの中の誰かを選ばされようとしている。
 選ぶのは…… 

「お、お姉ちゃん」

「私を選んでくれたのですね! 流石です王子」

「馬鹿な事を言うな、この馬鹿! お姉ちゃんっつったら俺だろうが馬鹿!」

「はっはっは、何を言っているのかな、このイレイザーに決まっている」

「お姉ちゃんとはゴワスでゴワス!」

「違う、このスメラの勝ちなのだ!」

 どう考えてもお姉ちゃんじゃない二人まで誰一人譲らない。
 もう自分の事を女だと思っているのかもしれない。
 期待の眼差しを向ける五人に、シャーンは決意を決めたようだ。

「モモお姉ちゃあああああああああああああああん!」

「「「「「ぐふうううううううううう……」」」」」

 選ばれなかった事に、五人が四つん這いで倒れている。
 今行けば何人かを倒すチャンスだ。
 でもそれはどうでもいい。
 今私の名を呼び、助けを求めているのだ。
 私を選ぶなら、ここで様子を見ている場合じゃない。

「シャーン、今助けてやるから待っていろ!」

 階段の影から、私はシャーンの元へと走って行った。

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