一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

10 私の食えない物はいっぱいある。

お母さんに話しを聞いた私だけど、シャーンの部屋の道が分からなかった。私は近くを通り過ぎる男に話しをして案内されると、シャーンの部屋に到着する。声を掛け扉を開けて貰うのだけど、案内してくれた男が突如部屋に飛び込み鍵を閉めてしまった。私は窓から外に出ると、その部屋の窓を目指して移動する。窓をけ破り中に入り、追い駆けられていたシャーンを助けるのだった…………


モモ       (天使に選ばれた猫)
シャーイーン   (王国の王子)
青き愛憎のクラウム(シャーンを狙う者)


 クラウムという男、倒れていても変化はなかった。
 たぶん髪を染めているからだろう。
 まあこれで一人倒せたと、ホッと一息つくのだけど。

「にゃわ?!」

 突然部屋の扉がバキィと壊され、大量の兵士達が雪崩れ込んで来たのだ。
 シャーンは驚いておらず、その兵士達にお辞儀をしている。
 もしかして、これはよくある事なのだろうか?
 兵士達はクラウムを縛り持ち上げると、何処かへと運んで行ってしまう。
 残った兵士は手慣れた手つきで扉を直し、そのまま何も言わずに去って行く。
 この部屋の中を何処かで見張っていたのかもしれない。
 だったら手を貸してくれてもよかったのに。

「お姉ちゃん、助けてくれてありがとう!」

 シャーンは私に跳びつきお礼を言っている。

「シャーン、大丈夫か?」

「うん大丈夫! お姉ちゃんは大丈夫?」

「私も大丈夫だ!」

「じゃあお話しようよ、お姉ちゃん!」

「んにゃ!」

 私とシャーンは楽しくお喋りして時間を過ごし、たまに先生がやってきて勉強させられたりして、この日を過ごした。
 用意された寝具で眠り、この部屋で朝を迎えたのだが、騒動はまたそこで起こってしまう。
 まだシャーンが眠る朝方、確実に鍵を閉めた部屋の扉が、勝手にギギィと開いていく。

「にゃ?」

 私はその音に目を覚まし、この部屋を見回した。
 猫の瞳はほんの少しの光も感知し、カーテンの閉められたまだ暗い部屋であっても昼間のように感じられる。
 そして人の色彩までも持ち、気配すら察知できる私には、敵の姿を確実に捉えられたはずだった。
 しかし足音と動く気配はあるのだけど、この目にはその姿を捉え切れていない。
 透明な何かが居ると分かり、変に気持ち悪い感覚が襲って来る。
 強敵を前にした時に感じる恐怖とは、まるで違う恐怖感覚だった。
 その妙な生き物は、シャーンが寝ている方向へと向かっている。
 このままではシャーンが危ないと、私は恐怖を押さえてそれに跳びかかった。

「にゃあああああああああああ!」

 ちょっと動きが鈍くなり避けられてしまったのだが、やはり意思のある何者かが居るのだろう。
 たぶん幽霊というものではないらしい。
 私はシャーンを護るように前に立ち、相手の行動を見定める。
 
「貴方だれ。敵?!」

「クッ、気のせいかとも思ったが、俺の動きが見えてるらしいな。いいだろう俺の名を名乗ってやろう。俺こそは青の軍勢の一人、青き無色のアツ……グフゥ!」

 その何とかが名乗りを終える前に、この部屋に侵入して来た金髪の女が現れた。
 女は透明な何者かを殴りつけている。

「邪魔したな」

 女は一言そういうと、部屋の扉を閉めて出て行ってしまう。
 サッパリ意味が分からないけど、きっと味方なのだろう?
 そのまま二人の気配がなくなり、二度と現れなかった。
 とりあえずこれで二人目が倒れたってことでいいのだろう。
 あと残り十八人ということで、私は再び眠りにつくのだった。

「起きてお姉ちゃん。朝だよ!」

「ふあああああああああああ、おはようシャーン。私もうちょっと寝たい」

「僕今日お出かけの予定が入ってるんだ。お姉ちゃんは行かないの?」

「お出かけ?! ん、行く!」

 シャーンに話しを聞くと、ずっと部屋に閉じこもりッきりのシャーンの為に、今日は息抜きにとお母さんがこの日を用意してくれたらしい。
 人が居ない外へ出るから、私だけではなく隠れて護衛がつくのだとか。
 私達は外出の用意をすると、城門に置いてある馬車に向かい、町の外へとピクニックに出掛けたのだ。
 国の南に進み、大きな森の手前にある見通しの良い場所、そこに私達は腰を下ろした。
 ポツリポツリと木が生えているが、その間隔は相当離れている。
 その影には何者かの気配があるが、きっと護衛の人なのだろう。
 近くに寄って来ないのは、青に変わるのを恐れているのかもしれない。
 この場所に居るのは、私とシャーン、それに馬車の運転手だけである。
 その運転手も私達と距離をとり、私とシャーンは殆ど二人っきりみたいなものだ。

「お姉ちゃん、ご飯も作って貰ったんだよ! 一緒に食べよ~!」

「食べる!」

 シャーンは馬車からお弁当を取り出し私の元へと持ってきた。
 蓋をパカット開けると、色とりどりのオカズが敷き詰められている。
 アボカドとレタスのサラダに、オニオンスライス、レバーの焼いた奴とか入っている。
 薄切りにされたパンに、飲み物は牛乳と砂糖が入った冷たいコーヒーに、甘い臭いを放つチョコレート、凄く美味しそうなのかもしれない。
 これが人だったなら。
 猫の私にはアボカドも玉葱も、そしてレバーも無理なのだ。
 牛乳はお腹を壊すし、甘いものやコーヒーも駄目なのである。
 当然このチョコレートというものも受け付けない。
 むしろ毒になってしまうのだ。
 他にも青魚や、生卵、タコとかイカとか、練り物やブドウとか、生の豚肉もレーズンも駄目なのだ。
 塩分の強い物も控えた方がいいという、中々に駄目なものが多い生物なのである。
 ただ、この私は人になってしまったが故、これが食べられるかもしれないのだけど、あまり口をつけたくない。
 何もついていないパンをパクッと咥え、それをモグモグと食べているが、それだけでも充分に美味かった。
 小麦粉の味と、フワッとした焼き上がり、バターと塩加減が絶妙なんだろうか?
 私はこれだけで良いと食い続けていると、シャーンが私に対して怒り出した。

「お姉ちゃん、パンばかり食べてちゃ駄目だよ! お野菜も食べないと体に悪いんだからね!」

「シャーン私猫だし、これ食べられないよ! にゃわあああああってなっちゃう!」

「大丈夫だよ、お姉ちゃんは人間だし、きっと食べれるよ!」

「えええええええええ?!」

 シャーンの持つフォークには、大量のオニオンが刺さっている。
 それが私の口元に運ばれ、食うのを強制されてしまう。
 これは食べないと駄目なのだろうか?
 臭いにおいが鼻に突き抜け、その恐怖をさそう。
 食ったら死ぬかもしれないが、シャーンの頼みだ、一口だけ頑張ってみよう。
 パクッと口に入れて咀嚼すると、シャリッと噛み切れ水分が溢れ出す。
 意外と辛くもなく、味付けもしっかりされているらしく、たぶんこれは美味いのだろう。
 ゴクンと飲み込み腹に入れたのだけど、死の恐怖心が増えていき、二口目を食う勇気はもてなかった。

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