一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

46 天使マスティアの奥の手。

俺が三週間もかけて塔の調査を終えると、王国に戻り自宅でのんびりしていた。だが妻のロッテからなにかしらの問題が起こったと聞くと、俺は城に顔をのぞかせた。怒っている王に面会して、命を受けると、この国に来た天使を如何にかしろといわれてしまう。調査に向かうと数千人規模の男が天使に従い、巨大な建物を造っていたのだった…………


べノムザッパー(無力となったマスコット)
ベリー・エル (無口な女)
バール    (女好きの馬鹿)
黒井明(メイ)(振られ男)
ダルタリオン (戦い好きな元上官)
ランツ    (制御不能野郎)
マスティア  (塔の天使)


「また後で来るぜ!」

 そう言って俺はこの建物から撤退して、まず準備を整える事にした。
 外に出るついでに建物の中を観察し、その中に居る人物を色々と見回して行く。
 この中に居る奴には悪いが、俺の感じでは、そこまで顔の良い男は見当たらない。
 居たとしてもごく少数だろうか。 
 ここで一度で状況を整理してみよう。
 天使に誘惑されている大量の男達は、平等なキスと愛を与えられて従っている。
 それを崩す為には、その平等というものを変える必要があるだろう。
 この中で一人が特別になってしまえば、他の奴等にとっては危機を感じるはずである。
 だったら、キス以上の関係を迫ってみるか?
 彼女がそれを断ろうと、他の奴等の感情を揺さぶられるはずだ。
 俺は進むべき道筋を思い浮かべ、この建物から外に出たのだった。

「さてと、作戦を成功させるにはそれなりの顔が居るだろうな。つっても、本人に化けたらまた変な事になりかねないし、架空の人物でも作ってみるか? ……よし、そうするか」

 俺は魔法を使い、自分の体を変化させていく。
 誰になったかといえば、別にハッキリと存在する人物ではない。
 色々と知り合いのパーツを繋ぎ合わせ、架空の人物をつくりあげたのだ。
 自分で言うのもなんだが、結構良い男に仕上がったんじゃないだろうか?
 変身魔法さえ使いさえすれば、容姿に関してはほぼ無敵といってもいい。
 当然だが、普段こんな事をしてはいない。
 こんな事をバレてはロッテに叱られて……いやそれ以上されそうではあるが、これは任務であるからしかたないのだ。
 そして俺はその恰好のまま、また天使の元へと向かって行く。
 造りかけの塔の中に俺が足を踏み出すと、今まで俺の事など気にもしなかった男共が、横眼でチラチラ見て来ている。
 この容姿に拒否感をもつ者が多発し、妬ましい怨念の様な物を感じてしまう。
 今の自分の位置を奪われるんじゃないかという恐怖があったりするのかもしれない。
 だからこそ効果があるのだ。
 俺は胸を張って真っ直ぐ進み、玉座に居る天使に向かうと、天使は俺を見つめて軽く微笑んでいる。
 また自分の恋人が増えるとでも思っているのだろう。
 当然俺は……

「天使様、どうぞこの私も貴方の恋人にしてはくださいませんか?」

 そう言って天使を誘う。
 声は同じだが、口調は変えているからきっと大丈夫だ。

「ええ、いいのですよ。貴方も私の恋人にしてあげるのです。さあ、誓いの接吻を……」

「それは有りがたき幸せ。ですが私は他の有象無象達と一緒に扱われたくはありません。キスだけではなく、貴女の体も私のものに……」

「えっ?」

「恋人になるのです。体の関係も必要でしょう。さあ私と一緒に契りましょう」

 その言葉を聴いて、辺りの奴等が明らかに騒めき出した。
 だが今の言葉に、自分達ももっと先に行けちゃうんじゃないかという無数の期待が、彼女の体へと注がれている。
 その期待は、今までしてきたキスの魅力を押し下げ、全員が次の言葉を待ちわびさせた。
「ええ、いいですよ」という言葉をもし彼女が答えたなら、恋人である自分達もできると思っているのだろう。
 だが、ここに居るのは数千人規模の男達なのである。
 いくら天使であろうと、その体がもたないだろう。

「い、いえ、それは、ちょっと……」

 圧倒的人数に狙われる恐怖を覚えた天使マスティアは、そう答えてしまった。
 一度期待してキス以上の事を望んでしまった彼等に、その言葉はどうとら捉えられただろうか。
 もうこれ以上の発展は望めないと思ったんではないだろうか。
 先ほどまではリズミカルに建物を作っていた男達だったが、今は相当に動きが重くなっている。
 このまま残る者も居るだろうが、その内嫌になって辞める者も出始めるんではないだろうか?
 しかしこれは王からの命である。
 もう少し急がせる必要があるだろう。
 俺は駄目押しの言葉を添えて、次の言葉を発するのだった。

「そうですか。では俺は帰らせてもらいますね。このまま発展しない恋を続けるほど俺は聖人ではないので。皆さんお仕事頑張ってください。俺は皆さんのおかげで余りまくっている女の子達と、いい事してきますので!」

 また仕事に戻り始めていた男達の手が止まった。
 この王国という国は小さな国である。
 そして度重なる戦争や戦いで、王国の総人数は相当に減っているのだ。
 ここにいる数千人が居なくなれば、男女の比率は相当に傾いてしまっている。
 男が欲しくても見つけられない女性達にとって、天使に魅了されていないフリーの男は、もはや天然記念物ぐらいに希少なものなのであった。
 つまりは今、女性と付き合える確率がドーンと跳ね上がっているのである。 
 そして、この大勢の中でもそれに気づいた者もいたのだ。

「お、俺には天使様は勿体無い。国に居る女の子で我慢しとこうと思うんだ。後の事は皆に任せせるから!」

 そう言って一人の男がこの天使の塔を去って行った。

「お、俺も」

「俺も!」

「俺もおおおおおおおおおおおお!」

 それがトリガーとなり、次々と男達が去り始めた。
 その騒がしさが収まると、あとに残っているのは数十人程度である。
 これはもう崩壊したも同然だろう。
 俺はとばっちりを食う前に、この場から去ろうとするのだが、あの天使はもう俺にターゲットを絞ったらしい。

「貴方、待つのですよ! こんな事をしておいてただですむとは思わない事ですね!」

「あのな、これは別に俺の所為じゃねぇと思うんだが? 一人に絞らなかったり、変な建物作ったり、お前ℊがキスしかさせなかったからじゃねぇのかよ?」

「黙るのです! 天使の裁きを与えてやるのですよ! 天動兵機ダムキナよ、我が呼びかけに答えて顕現しなさい!」 

 天使マスティアの願いにより、この建物の真上から兵器とやらが落ちて来たのだ。
 かなりの大きさの銀色の鉄球が、造りかけの天井を突き破り床にぶつかっている。
 強烈な衝撃が王国中に伝わり、爆風が物を飛ばす。
 俺だけは逃げ切れたが、残っていた奴等は巻き込まれたらしい。
 まあ奴等も王国の民である。
 簡単には死んではいないだろう。

「ダムキナよ!」

 マスティアが再びその名を呼ぶと、大きな鉄球が八つに割れる。
 中から出て来た物は、見たこともないサイズ感の、小さなものであった。
 マスティアの元の大きさよりも、少し大きいぐらいだろう。
 そのダムキナという兵器が、俺の前でいきなり爆発したのだった。

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