一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

36 案外可愛らしい部屋の中。

あの扉の中からは、白い翼を生やした大きな天使がとび出して来ていた。かなり背の高い女で、見上げなければ全貌を見れないぐらいだった。勢いよく飛び出し、床に顔を打ち付けている。中々美人で、それを確認したバールは、例の如く口説き始める。都合よく上手く行きそうな雰囲気だったが、バールの奴がやらかしてしまう。彼女の願いであった抱っこを決行したバールだが、重さの為か後に倒れてしまったのだ。予想していた俺は彼女を助けようと走ったのだが、寧ろ着地の邪魔をしてしまい、おかしな技のような形となってしまう。天使マスティアはそれにより気絶してしまったのだった…………


べノムザッパー(無力となったマスコット)
ベリー・エル (無口な女)
バール    (女好きの馬鹿)
黒井明(メイ)(振られ男)
ダルタリオン (戦い好きな元上官)
ランツ    (制御不能野郎)
マスティア  (塔の天使)


 俺は彼女の腕を放し、冷静に落ち着き、もう一度それを見た。
 何をどう見ても、床には気を失った大きな女が倒れている。
 この女がこのまま目を覚ましたとしても、きっと俺の頼みを聞いてくれるはずがないだろう。

「おい、誰か手を……」

 俺は仲間達に助けを求めようとしたのだが、仲間達は俺から距離をとり始めていたのだ。
 たぶん全員天使の危険性を理解しているのだろう。
 天使の中にも真面な奴も居ないことはないのだが、その確率は稀であるのだ。
 だからといって……

「お前まで下がんじゃねぇよ、この元凶が! 戻って来やがれこの野郎!」

 ビッシっとバールに指を突きつけて、バールの動きを止めたのだ。

「なに言ってるんですか。この状況全部を俺の所為せいにしないでください! 俺はちょっとバランスを崩してしまっただけで、着地を邪魔したのは隊長でしょう! 彼女が目を覚ます前にちゃんと介抱してあげてください!」

 クッ、ちゃんと見ていたのか。
 だからといって、俺一人の所為にされても対応できないだろう。
 起きたら俺達に向かい、襲い掛かって来るのは確実なのだ。
 仕方ない、起きて暴れ回られるよりは、縛って動けない様にしてしまおう。

「メイ、暴れない様に縛っとくから、ちょっとロープを出してくれ」

「……べノムさん、あんな事をしておいて縛るなんて、流石に酷くないですか?」

「知ってるよ! だがこいつの力は知ってるだろう。暴れ出したら手が付けられないんだからな。そうなった時にはお前達もまきこんでやるぞ!」

「…………はぁ」

「ふぁいややや!」

「う~む、あ奴も必死だな。メイよ、ロープを渡してやるがいい。暴れられてはかなわんからな」

「そうですね。でも僕は女の人に斬り掛かるなんて嫌ですから、渡す代わりにこっちには来ないでくださいね!」

「わかったよ! だが俺一人じゃ無理だからな。バール、お前には手を貸してもらうぞ!」

「え~~……」

 渋々ながら手を貸してくれるバールと一緒になって、倒れた天使マスティアを縛り上げた。
 気絶した女を起こしてやってもいいのだが、その前にあの扉の奥を調べてみるとしよう。

「俺はその柱の中を見て来るから、お前はその女を見張っておいてくれ」

「起きて怒られるのは嫌なので、出来れば俺も皆と離れておきたいんですけど」

「やれ、これは命令だ! もう縛ってあるから安全だろうが!」

「はぁ、分かりました。酷い隊長をもつと苦労しますねぇ」

「案外俺のセリフだぞこの野郎! 文句言わずにやっとけや!」

「へ~い」

 何とかバールを説得した俺は、女が起きる前に扉の中を調べ始めた。
 扉の中は、随分可愛らしい部屋になっている。
 カラフルな色が目立つ部屋の中には、寝具やテーブルと、人の家とそこまで変ってはいないらしい。
 だがこの部屋の中は、あまり綺麗とは言い難い状況だった。
 ヌイグルミが多く、色々と見覚えのある形の物が床に散乱している。
 言うなれば、この塔に出現した魔物のヌイグルミだろうか。
 状況から見るに、これを使って敵を作り出していたのかもしれない。
 部屋の中央にあるテーブルには、この階層の地図らしきものと、それに書き込むべき羽ペンが置いてある。
 他にも細かな玩具みたいな物と、赤と青のスイッチっぽい物が置かれていた。
 たぶんこれがあの罠のスイッチだろう。
 もしあの女がこの塔を作っているなら、目的の罠もこれで作れるのかもしれない。
 だが今のこの俺には、使い方すら分からない物ばかりである。
 直ぐにでも触ってみたい衝動をグッと押さえ、使い方の手掛かりを探す為に、部屋の中を見渡していく

「あれは…………」

 ふと天井を見上げると、天井には大きな穴が開けられている。
 あの天使でも通れそうな大きな穴で、きっと上の階層へ向かう為のものだ。
 確認の為に少しだけ覗いてみるのだが。

「やっぱりこの階層と同じだな」

 上はこの階層以上に何にもない階層だった。
 この階層では美しかった壁や床も、この階層は手を入れていないぐらいに埃がつもっている。
 もしかしたらあまりに早いスピードで階層を上がって来たから、あの女の創るスピードでは間に合わなくなったのかもしれない。
 俺に必要な罠すら設置していないのであれば、これ以上進む必要もないだろう。

「下層の地図が何処かにないのか? 書き込んでいる物を見ればある程度わかりそうなんだが」

 俺は開けられそうな引き出しや、クローゼットを開き、何か無いかと探していく。
 引き出しには女の服や下着や、まだ見た事のない魔物のヌイグルミとか色々あるのだが、使い方がわかるマニュアルなどは見当たらなかった。
 何処にも見当たらないなら、下層の地図は破棄してしまったのだろうか?
 結局自分で使ってみるしかないと、俺はこの階層の地図に手を伸ばした。
 たぶんこれは、羊皮紙ようひしと呼ばれる動物の皮を使った紙だろう。
 作るのも中々に大変で、値段も結構張る物ではあるが、相当な年月使えると聞く。 
 俺が聞いた話だと、ちゃんと保存ができれば千年近くはもつとの事だ。
 長命な天使にとっては、そういう紙は必須なのだろう。
 紙を裏返しても特に何か書いてあるわけでもなく、試しに赤いスイッチを地図に乗っけてみた。

「おお、これか!」

 置いたスイッチは、羊皮紙の地図の中に吸い込まれ、代わりに地図にはスイッチのマークが現れたのだ。
 仕掛けは地図ではなく、この小道具の方だったのだろう。
 あとはたぶん、このペンで書きこめば…………
 
 俺は体が戻る様にと、地図に幾つもの罠を設置して行くのだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品