一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

76 脱出。

地下迷宮に閉じ込められた俺達は、いまだに出口をみつけられていなかった。ガルスと共に、再び左の通路に挑むが、その道は結局行き止まりで、新な道へ進みだす。その道は左右に別れ、また左の道を選ぶのだが、そこも行き止まりとなる。だが地面には人が通れるほどの穴が開き、その下には激しい流れの川が流れていた。しかしどう挑んでも死しかみえず、俺達はその通路を諦めた。隣の右の通路にすすんでみるが、前方遠くから人の声が聞こえてきている。どうもそれは魔族と呼ばれる王国の民で、二人で挑むのは無理と後退して行く。階段の広場に戻った俺達は、全員と合流し、別の道を進むと提案する。だがディレイドは自分一人で戦うと、魔族の元へ行ってしまう。ディレイドを失うよりはと、俺達も一緒に向かったのだ…………


マルクス・ライディーン    (ラグナード神英部隊、隊長)
ラクシャーサ・グリーズ    (ラグナード神英部隊、後方支援)
ガルス・フリュード      (ラグナード神英部隊、前方防御)
ドボルホーテ・アルティマイオス(ラグナード神英部隊、遊撃兵)
セリィ・ブルーマリン     (魔物と人の娘。エルフ種)
ディレイド・マグロイド    (マリア―ドの偉い人?)
グリアーデ・サンセット    (領主の座を狙う女)






 魔族がいる通路を進む俺達だが、今はガガガという音は聞こえて来ない。
 その音はせずとも、グオーという大きな、イビキのようなものが聞こえている。
 眠っているのか?
 それなら丁度いい、軽く捕まえてしまうのもありだろう。
 そう考えているのだが、ディレイドはそれに反するように動き出す。

「むう、この音はなんだ、まさか眠っておるのか? クッ、良かろう、正々堂々たたき起こしてくれる!」

 どうもこの男は、実力がある分真っ直ぐツッコミたいきらいがあるみたいだ。
 自分の実力を魔族で計ってみたいと考えているのかもしれない。
 俺は冷静にそれを抑止してみた。

「いや、寝ている者をわざわざ起こす必要はない、危険がないのなら怪我をしなくて済むからな。戦いたいのなら、この場から脱出してからでも遅くはないだろう」

「小心者め! 戦えぬと言うのなら、おとなしく逃げておれば良い物を、わざわざそんな事を言いに戻って来たのか?!」

「あまり大きな声は出さないで欲しいな、向うの奴が起きたら困るからな。ディレイド、一人で戦いたいというのなら、片手で松明を持って戦えばいいだろう。どうせそのグリア―デに持ってもらう積もりだろうが、力のないグリア―デを巻き込むな」

「ぬぐ! 痛いところをついてくれる。確かに、灯りを持っていたままではは真面に戦う事も出来まい。グリア―デ殿、巻き込んですまなかった」

「い、いえ、分かって貰えればいいのです。では帰り…………」

 グリア―デが止まっている。
 その視線の先を見ると、見たこともない男が立って居る。
 いや、それが男なのかはわからない。
 顔は人のものとは違い、ワニそのものだが、体には魔物にはない鎧と、腕にはツルハシのような二本の突起が見え、砂埃で汚れている。あれでこの硬い岩盤を掘り進めていたのだろう。
 明らかに知性がありそうなそのワニは、俺達に向かって話しかけて来た。

「え~っと、ラグナードの人だねぇ、もしかして、もう掘らなくてもいいって知らせかい? そうだと嬉しいなぁ、是非そう言って欲しいんだけど!」 

 フレンドリーな感じで話しかけて来るこのワニだが、その顔はワニでしかない。
 俺達は普通に警戒して、ズザッと後に下がった。
 正直言って、普通に意思疎通が出来るとしても、その姿に警戒をしないものは居ないだろう。
 そんな俺達を見て、そのワニ男は肩を落としている。

「はぁ、君達っていつもそうだよね、こんな姿をしてるけど、別に襲い掛かるわけじゃないのに。はぁ、ちょっと悲しくなるよ。それで、今度は一体なんなんだい、差し入れでも持って来てくれたの? …………それともまさか、自分の実力を試したいと、挑んで来るのかぃ?」

 そのワニの瞳が鋭さをます。
 今の話しを聞かれていただけだろう。
 大臣に命じられていたのなら、もうとっくに襲い掛かって来ていたはずだ。

「…………!」

 ディレイドは、相手に飛び込んでは行かない。
 やはり言葉を話す異形の姿に、戸惑っているのだろう。
 ディレイドが行かないのなら、気が変わる前に、少し話しをしてみるのも悪い手ではないだろうか?

「俺達はダブロインという大臣に、この地下に閉じ込められてしまったんだ。もしあんたが敵になるなら、戦うしかない。あんたは、どっちだ…………?」

 俺達は剣の柄に手を掛け、間合いを取り後に下がる。
 そんな俺達を見て、ワニ男は、腕を組んで少し考えていた。
 出来れば戦いたくはないが、相手の出方次第だ。
 俺はディレイドを何とか後に下がらせ、相手の姿が見えなくなるギリギリまで下がり続ける。
 そして考えを終えたワニの返事が来た。

「俺は別に大臣に味方してるわけじゃないし、この国の事情に関わるつもりはないよ。俺はあくまで王国の兵士だし、事情が分からない殺しとかもしない、だから安心してくれよ。って言っても、どうせ信用してくれないんだろうけど、はぁ…………。言っとくけど、俺だって攻撃して来たら敵だと思うから、その時は容赦しないよ」

 襲われて容赦しないのは俺達も一緒だ。
 またセリィが矢を放つ前に、俺はセリィに注意する。

「セリィ、弓はしまえ、アイツは敵じゃない。おいアンタ、もし出口が分かるのなら、俺達に教えてはくれないか?」

「出口……まあ教えるのは良いけど、絶対後から襲い掛かって来ないでね?」

「俺は約束しよう。ディレイド、相手に戦う意思がないんだ、攻撃はするなよ?」

「わかっておる! ただし、この地下から出れたのちに、この私一人と一度手合わせ願いたい! この私も武人の一人、魔族と呼ばれる力を感じさせてもらうぞ!」

「はぁ、結局戦うのか、まあ殺し合いじゃないというなら良いけど…………」

 お互いの為と距離はそのままで、俺達は出口への道を教えて貰った。
 じつはこの通路に出口などなく、あの階段こそが唯一の出口らしいのだが、それはもう俺の指示で塞いでしまっている。
 早まった選択だったと俺は後悔するが、道じゃなければあると言う。
 その出口とは、この通路の横にあった激しい川の中だと。
 だが俺達は、この魔族とは違い、川に入れば死は免れない。
 だから魔族のワニは、一人ずつなら運んでやれると言うのだった。

「つまり、俺なら川の中を一人ずつ運んであげられる。君達が俺を信用してくれるのならだけどね」

 出口がないのなら頼むしかないが、一人ずつとは。
 もし大臣に味方し、俺達に敵意があるのなら、一人ずつ確実に殺されるかもしれない状況だ。
 俺はそれを簡単に了承することはせず、仲間と相談する事に決めた。

「少しだけ相談させてくれ、あの川を通るのは勇気がいるからな」

「まあ信用できないのも分からない訳じゃないし、どうぞご自由に」

 俺達はあのワニ男から離れると、話し合いを始める。

「どうするんだマルクス、アイツの言う事を聞くのか? というか川って何? そんなのが、この通路にあるのか?」

「ああ、川ってのは隣の通路にあるんだが、軽く死ねる流れだぞ。どうやっても渡れそうもなかったから言わなかったんだが、あのワニなら、あるいはというところだな」

「えええ、出来ればしたくないなぁ、だってワニだよ? 水の中でワニに抱かれるなんて、もう死んだも同然じゃないか」

「うむ、わしもしたくはないが、出口がそこにしかないというなら、仕方ないのだろうな」

「多少姿は違うとはいえ、武人とは約束を違えぬものだ! 私はあの男の言葉を信じるぞ!」

「多少反対意見はあるようだが、俺としてはやってみようと思う。安心しろ、俺が先に行ってやる。合言葉を決めておけば、俺の無事も分かるだろう」

「私もそれでいいぞ、セリィもそれでいいよな?」

「セリィ、ラクとおなじ~!」

 ガルスが多少嫌がっているが、俺達はそれで決意をしたのだが、一人だけ納得していない奴が居たのだ。
 まあ大体わかると思うが、グリア―デの奴だ。

「嫌です! いぃやぁでぇすぅううううううう! あんなのに触れられるなんて絶対嫌! ワニですよ?! 水の中に引きずり込まれて、食べられてしまうじゃないですか! その前に性欲を満たす為に色々とされてしまいます! おぞましい、おぞましいですわ!」

 この女は、あのワニ男のことを一切信用してないらしい。
 これほど嫌がるなら、説得は難しいだろう。

「グリア―デ、お前の気持ちはよく分かった。じゃあ俺達とは此処でお別れだな、元気でやるんだぞ、きっと生まれ変わったらいい事があるだろう」

「ま、まさか、私を置いて行くつもりですか?!」

「確かに、少し可哀想だな。分かった、此処で介錯をしてやろう。セリィ、痛みを感じさせないように気絶させてやれ!」

「ん、わかった~!」

「いやああああああああああああああ、人殺しいいいいいいいいいいいいい…………」

 セリィの一撃がグリア―デを気絶させた。
 ディレイドが何も言わないのは、それが一番いい方法だと思っているからだろう。
 別に本当に殺すわけではない、ただちょっと言い合いしていても時間が掛かるだけだと思っただけだ。
 まああのワニが敵なら実際死ぬことになるが、その時はその時として諦めてもらおう。

 俺は覚悟を決め、ワニ男と川への道中を挑むのだった。

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