一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

49 剣馬鹿と揺れ動く気持ち。

引き続き洞窟の中を進む俺達、だが、その足取りは遅くなっている。敵の特性上壁や天井に潜んでいるかもしれず、確認しながら進むしかなかったのだ。何度かの襲撃の末、俺達は川の向う側へと到着するが、日はまだ高い。だがこの時間から進むにはもう遅い時間なのだ。俺達はこの家屋で明日まで休むつもりだが、ホコリが積もって眠るには少し不向きだ。兎に角掃除しなければならないと、ラクシャーサの服でも雑巾にしようとするが、絶対嫌だと断られてしまう。だったらと、向う側に置いてきた荷物を取りに行こうとするが、ラクシャーサが自分で取りに行くという。回復役であるラクシャーサを護るために、俺は一緒に同行することになる。一応迷わない様にと手をつないで進む俺達だが、何故かラクシャーサが俺に告白をして来たのだ。まあ冗談だろうと思った俺だが、断って殴られるのは嫌だった。それを肯定する俺だが、何故かラクシャーサは俯いてしまった。絶対そんな気はないと思うのだが…………

マルクス・ライディーン    (ラグナード神英部隊、隊長)
ラクシャーサ・グリーズ    (ラグナード神英部隊、後方支援)
ガルス・フリュード      (ラグナード神英部隊、前方防御)
ドボルホーテ・アルティマイオス(ラグナード神英部隊、遊撃兵)
セリィ・ブルーマリン     (魔物と人の娘。エルフ種)
グリア―デ・サンセット    (真の領主?)






「そうだな、それもありかもしれないな。じゃあまあその時はよろしく頼む」

「う、うん…………」

 マルクスにそう答えられ、ラクシャーサうついて狼狽うろたえていた。
 正直ただの冗談で、受け入れられるとは思っていなかったのだ。
 どうせ断るだろうと思って、油断していたのだ。

 うん、じゃないよ私!
 そう答えたら不味いじゃん!
 えッ、なにこれ、どうするの私?!
 マルクスって私の事好きだったのか?!
 どうするのこれ? どうするのこれ?!
 待って待って、これ告白してそれでオーケーって流れだよな?
 周りは誰も居なくて、手をつないで二人っきりって、これ凄く不味いじゃん?!
 私マルクスに押し倒されちゃう?!

「ラクシャーサ」

「ひゃあ! な、何だ?!」

「ほら着いたぞ、じゃあ早くしてくれよ、直ぐ掃除しないといけないんだからな」

 前には、洞窟の出口である階段が見えている。

「そそそそそうだな、じゃあちょっと選ぶから、ちょっと離れていてくれないか」

 私はマルクスの手を放して少し距離を取った。

 このままじゃ駄目だ、まず私がその気がないと言わなければ。
 ちょっと深呼吸して言おうとした時、私より先にマルクスが声を発した。

「どうしたラクシャーサ、何かあったのか? ここの空気は体に毒だ、深呼吸はしない方がいいぞ」

「いやいや、何でもないよ! 私は大丈夫だから、ちょっと離れていてくれ!」

「もし気分が悪いなら言うんだぞ、無理をして倒れられても困るからな」

「ほ、本当に大丈夫だって! 私はそんなに軟くないし!」

 マルクスめ、彼女には優しくするタイプなのか?!
 そ、そんな事じゃ私は落ちたりしないんだからな!
 いやそれよりも、早く言わなければ、取り返しのつかない事になってしまう。

「あ、あのなマルクス、さっきの話なんだけど…………」

「ほらこっちだ、急ぐぞ」

「こ、コラ、手を掴むなって!」

 私はマルクス引っ張られ、元の場所に戻って来た。
 置いてある馬車の荷台はそのままになって、魔物の気配はなさそうだ。
 気持ちを言いそびれてしまった私は、そのまま言えず、荷台の中から必要な荷物を選んでいる。
 マルクスも手伝ってくれようとしてくれるんだけど、今の状態で私の服に触られるのはちょっと困る。
 いや、よく考えたら、私の服をマスクにされてるんだから今更なんだけど。
 出来れば早く外してほしい。

 急いで選んで向う側に行こう。
 そうしないと私がおかしくなりそうだ。
 私は混乱する頭で持って行くべきものを選んだ。
 といっても、何を選んだのか覚えてない。
 高い物が入っていたらどうしようかとも思うんだけど、今はそれを気にするより大事な事がある。
 私は立ち上がり、荷台から出ようとするのけど、散らかった床の服を踏むと、その下にあったセリィの玩具に蹴躓けつまずいた。
 それによりマルクスの胸の中に飛び込んでしまった私は、彼の心臓の音を聴いてしまた。
 トクントクンと打ち付ける音に、ちょっとだけこのままでも良いかなとも思ってしまう。

「あわわわわわわ!」

「おっと、気をつけないと怪我するぞ。なんか顔も赤いし、熱でもあるんじゃないのか?」

「大丈夫! 大丈夫だから! 私のことは放っておいて!」

「そうはいかないな。隊長として仲間の状態を把握するのも仕事の内だ。お前の体調が悪いというなら、ちゃんと休ませないと不味いだろ。よし、ラクシャーサ、ちょっと動くなよ」

「なになになになになになになになに! いやああああああああああ、ちょっとまってえええええええええええ!」

 マルクスの腕が私の体を掴み、問答無用で抱っこされてしまったのだ。
 正直言ってすんごく恥ずかしい。
 ほんの数分前には何とも思っていなかったこの男に、私は何故こんなに恥ずかしがっているのだろう!
 この男はタダの剣馬鹿のはずなのに!

「いやいやいやいや、自分で歩けるから! 大丈夫だから! おろせコラァ!」

「おい暴れるな、落ちたら危ないだろう。そんなに嫌なら目でもつぶってろ、向う側まではそんなに時間は掛からないからな」

 私は嫌がり暴れるも、ドキドキしながら運ばれてしまうのだった。
 階段を下りて臭い道を通り、階段上がって、セリィや仲間が見ている場所まで来てしまった私だけど、もう正直抵抗する気分じゃなくなってしまっている。
 ぐったりとして、もうまな板の鯉にでもなった気分だ。
 仲間の皆は、私の状態を見てちょっと心配している。

「おかえりラク、どうした? 病気か?」

「そ、そうなんだよセリィ、ちょっとだけおかしな気分になって、たぶん今日一日休めば治ると思うよ」

「ちょっと安静にしてないとだね、じゃあ掃除は俺達でするから、休んでいていいよ」

「うむ、お前は大事な戦闘の要だ、無理をしてはいかんぞ」

「大丈夫大丈夫、それより、早く降ろしてくれよマルクス、は、恥ずかしいだろ」

「………………」

「マルクス?」

 もう如何にでもしろという感想しかないが、有ろうことかこの男は、その場で私を放し落としたのだ。
 床に腰を叩きつけた私は、おかしな悲鳴をあげてしまう。

「ぎゃ!」

 何の事はない、セリィの右手にはマルクスが置いて行ったフランベルジュが握られていたのだ。
 病気だなんだのと騒いで運んだくせに、この馬鹿男は剣の方を取ったのだ。

「セリィ! それは俺のフランベルジュだ、危ないから触るんじゃない! もし傷でも付いたらどうするんだ!」

「セリィこれ欲しい!」

「悪いが無理だ、それは俺の大事な剣なんだからな!」

 セリィと言い合って、もうすっかり私の事は忘れている。
 どうやら今までの感情は気のせいでしかなかったらしい。
 私は背負っていた弓を構え、マルクスにピタリとロックした。

「おいい、私より剣の方が大事かコラァ! ちょっとそこに止まっててくれない? ちょっと的あてゲームでもしてみるからさ!」

 怒りに我を忘れているけど、大丈夫私は冷静だ。
 ニ、三発当てたぐらいで死なないし、私には回復魔法があるんだから、何にも問題はない!
 そしてマルクスに向けて矢を放つのだった。

「一回反省してろおおおおおおおおおおお!」

「おあ、あ、あぶな! ラクシャーサ、本当に撃つな!」

うるさい! お前なんか嫌いだああああああああああ!」

「うおッ、わしらも、巻き込むな!」

「はわわ、俺が一体何をしたって言うの?!」

「あああああ! 私が折角直した扉を傷つけないでください!」

「ラク、落ち着け」

「おい待て、俺が一体何をした?!」

「今私を落としただろう! 忘れてるんじゃない!」

「ぎゃあああああああああああ!」

 結局怒りが収まるまで矢を放ち続け、マルクスとの仲はちょっとだけ悪化するが、次の日には元通りになっているのだった。

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