一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

26 道中。

「ご苦労」


 俺に助けられたスコルピオは、たった一言そう言って、俺の馬車へと乗り込もうとして来ている。
 しかし雑多に散らかされたその惨状を見て、考えを変えたらしい。
 まあ俺から見てもそれは結構なものだ。
 脱ぎ捨てられた下着が散らばっていたり、俺が何時でも使えるようにと、手入れした武器五本を立てかけていたり、酒の臭いが充満して、玩具まで散らばっている。


「この状況では私が乗るのに相応しくない。この馬を彼方の馬車に繋ぎ直して貰おうか」


「何を言っとるか! 助けてもらっておいてその態度はなんだ! 乗りたくないのならそこで留まっておれ!」


 ドル爺の怒りももっともだ。
 それに俺建ちはこの荷物を捨てる訳にはいかない。
 各自それぞれに大事な物を積みこんでいるし、俺にとっても大切な武器を捨てたり出来ないのだ。


「この荷物は任務の為に載せたもので、全て必要なものだ。これに乗るのが嫌だというなら、その足で進んで行けばいい。運が良ければ魔物にも襲われないかもしれないぞ。後から護衛の人達も来るかもしれないしな」


「そんなものを待って居られるか! これは人が乗るものではない。私が乗る為に、まず乗れる場所を確保してもらおうか! これでは足の踏み場もないではないか!」


「そんな時間はない。何時また同じような魔物が来るかと思うと、俺はもう急いでこの場を離れたいんだ! お前だって震えていたんだ、そのことは分かっているだろう」


「ぐぬぬ! 確かに、あんなものがまた来られても困る。良いだろう、ではそこのお前、お前が私の椅子となるがいい!」


 スコルピオが指さしたのは、俺達の仲間のセリィだ。
 その膝にでも座って、あわよくば胸でも揉もうというのだろう。
 それに怒るのが保護者のラクシャーサだ。


「マルクス、この男は置いて行っても良いと思うんだ! もう間に合わなかったってことで置いて行こう!」


「セリィ? 椅子なる?」


「ならなくてもいいよセリィ。私が絶対にさせないから!」


「なんだ、選ばれなくて悔しいのか? 多少ランクが落ちるが、まあお前でも良いだろう。この私の椅子として使ってやる。光栄に思うがいい」


「誰がなるか! あんたみたいな奴は歩いていけ!」


「ちょっと落ち着いてよラクシャーサ、そんなの冗談に決まってるじゃないか。命を助けた上に、町まで送って貰おうとしてる俺達に、偉い貴族様がそんなことするわけないじゃないか。そんな外道にも劣る行為を、偉い貴族様がする訳がないだろう! そうですよね貴族様?」


 ガルスはもう落ち着いている。
 何とか乗らせるように誘導していた。
 そんな誘導にもスコルピオは何も動じてはいない。


「…………何を夢見ているのか知らんが、貴様は貴族のことを勘違いしているぞ。貴族とは民の為に頑張るのではない。国の発展や自分の領地を良くする為に粉骨するの者のことを言うのだ。だからこそ貴様等兵士や民共は、我らに尽くさねばならぬ。まあ、確かに、ただ搾り取ことしか考えない圧制を強いる愚か者も貴族の中には居るだろう。だが私は違う。支えられた分は、国を変える力として十二分に働いてやる。さあ分かったならば、この私の手足となって働くがいい!」


「…………ここまでブレない人も珍しいね。案外大成するんじゃないの?」


 まあ、それも貴族の在り方としては正しいのだろうか?
 だからと言って、それを俺達が受け入れるかどうかは別の話だ。
 俺達は別にマリア―ドの民でも兵隊でもない。
 ある程度は敬いはするが、必ず言うことを聞かなければならない、というものでもないのだ。


 助けたのは無駄だったか。
 やはり置いて行くしかないな。


 俺は手で合図し、全員に伝えるのだが、俺を止めたのは、壊れた馬車を運転していた男だった。


「お待ちください! 少し馬の負担になりますが、荷台の後ろに繋げていただければ、なんとか動かす事ができるでしょう。私にもワルザー様を送り届ける義務がありますので、なんとかそれで納得をして頂けないでしょうか」


「ふむ、それならゆったりとした座席で寛げるな。ではそれで行くとしよう。では貴様達、早速準備をはじめるのだ」


「おい待て、俺はまだ良いとは言っていないぞ!」


「そこをなんとか、どうか、どうかお願いします!」


 まだ俺達が了承もしていないのに、勝手に話を進めようとするスコルピオ。
 だが馬車の持ち主である男に泣きつかれ、俺はそれを了承したのだった。


 早速その男の手で馬車が繋げられて、準備が整った。
 魔物に襲われ傷ついた馬も、なんとか動いてくれている。
 少し移動速度は落ちてしまったが、まあなんとかなるだろう。


 落ち着いた所で、俺は改めて外の景色を確認した。
 町に進む道は整備され、町への道は示されている。
 この辺りになると、ラグナードからは少しずつ景色が変わってきていた。
 広いは緑地には綺麗な花々が咲き誇り、空気の感じ方さえも違って感じる。
 カサカサと乾燥した空気ではなく、水分を含んだ、潤いがある空気というのだろうか?
 前方には浅い小さな川が流れ、頑丈そうな石の橋までかけられている。
 気候としても暑くもなく、寒くもなくと、かなりの良い地質なのだろう。


 地図によると、この場所はザーザスの緑地と呼ばれる場所だそうだ。
 太陽の温かさと、チュンチュンと鳴く鳥に、少し眠気さえ覚えてしまう。
 このまま何もなく旅が進むならどんなに良いことだろう。


 だがそうも言っていられない。
 この気候に適した魔物達が、何時襲って来るとも限らない。
 周囲の警戒を怠らず、移動を続けた。


 馬車を走らせ続け、夜になるが、俺達はまだ町には辿り着けていない。
 まあ移動速度が落ちていたから仕方ない。
 距離としては、残り三時間程だろうか。
 だが、馬は疲れ果て、これ以上進ませるのは無理なのだ






 馬を休ませる為にも、俺達はこの場で野営の準備を初めた。



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