一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

23 国境越え。

 馬車はドル爺が運転しているのだが、横の馬車の男を見て怒っていた。


「儂の邪魔をしたのはあいつだああああああああああ! あいつが儂の憩いのひと時を邪魔した奴だ!」


「あああああ、俺の邪魔をしたのも彼奴だよ! 一体なんの恨みであんなことを!


 理由はまあ想像がつく。
 俺と同じ鎧の兵士が気に入らなかったとか、ムシャクシャして女を集めていたとかそんな所だろう。


「二人共、相手は貴族だ。簡単に手を出したら不味いからな」


「クッ、貴族か、いけすかんな。だがあんな男の顔などもう見たくはないわい! 全員掴まっておれ、馬のスピードを上げるぞ! はいよおおおおおおおお!」


 ドル爺が馬にムチを入れ、馬の速度が上がっていく。


「ぬあああ、ちょっと、速いよ!」


「ちょっと、、私達まで巻き込むなよ!」


「はや~い!」


「おいドル爺、わざわざ前に出ないでも、待ってれば勝手に先に進んで行くだろう。なるべく喧嘩を売る真似はするな!」


「お前達は悔しくはないのか! わしは悔しいぞ! あとほんの少し、少しだったんじゃあああああああああああ!」


 更にスピードを上げるドル爺は、後を振り向きスコルピオへと言い放つ。
 エロいことが出来なくて、そんなに悔しいのか?


 それだけならまだ良かったのだが、後ろに向かって大声で捨て台詞ぜりふまで吐き捨てている。


「ハッハッハッ! 貴族様はそこで亀の様に進んでおれ! わしのケツでも追い駆けながらな!」


 そんな声を聞いて怒ったのだろう。
 後のスコルピオから怒号が聞こえている。


「おい貴様、直ぐにあの馬車を追い抜かすのだ! 絶ッッ対に負けることは許さんぞ!」


 馬車によるデッドヒートが繰り広げられるのだが、護衛の人達にはたまったものじゃなかっただろう。
 全力で走らされているのにドンドン引き離され、もう護衛のていを成していない。
 出来るなら俺達を怨まず、その男に雇われた不運を恨んでくれ。


 魔物が蔓延る大地で、護衛を置き去りにするなど自殺行為にしかならないが、国境と町との距離は近く、ある程度の魔物は駆除されている。
 この辺りは比較的安全な場所で、滅多な事は起きないだろう。


 前方には国境が見えて来ている。
 ブリガンテ側の門よりはかなり低く、精々五メートル程しかない。
 人にとっては普通には登れそうにないから、その機能を果たしているだろう。


 だが魔物は、そんな壁など物ともしない。
 このぐらいの高さなら普通に飛び越えたり、空を飛ぶ魔物は普通に通過しているのだ。
 あまり効果がない為、今後増築を検討されていると聞く。
 そうなったときにはかなりの警備が要りそうだから、この俺達も駆り出されるかもな。


 さて、俺達が国境の門前にまで着くが、僅差でドル爺が勝利を収めるのだが、仕事熱心な門を護る警備兵に、両者共に止められてしまうのだった。


「それで競争をしていたと、ああ、もうその辺は聞きませんから勝手にやってください。じゃあ順番に手続きに入ってくださいね。ではそちらのお爺さんから…………」


 その警備兵さんが、先に到着したドル爺から検査と手続きを始めようとするが、それに怒りだしたスコルピオにより、阻止されてしまう。


「待て! まずはマリア―ドの貴族である、この私から通すのが筋というものだろう! それともまさか、この私を知らぬわけではないだろうな!」


「あ、こ、これはマリア―ドのワルザー様でしたか。では直ぐに門を開きます!」


 馬車の窓から顔をのぞかせているスコルピオに驚いて、何の検査も手続きもなしに門を通り抜けて行く。


 なるほど、どうりで聞いた事がない名だと思えば、マリア―ド側の貴族だったわけか?
 今からマリア―ドに入るとなると、あまりあの男に変なマネは出来ないな。
 興奮するであろうドル爺をいさめなければ。


「な、なんだと! わしの方が早く着いただろうが! 貴族だからと何でもかんでも思い通りになると思うなよ!」


「ドル爺、この場は抑えろ。この先は彼方の領土だ。どんなことをされるか分からないぞ」


「ぬううううう!」


「ふふふ、ではな平民。もう二度とハエのように飛び回るんじゃないぞ! ふわはははは!」


 スコルピオの乗る馬車が、マリア―ドに向けて進みだす。
 俺達はというと、何やら長い手続きを強いられ、名前から出身地、今現在住んでいる場所まで色々聞かれ、もう十分じゅっぷんぐらいにはなる。 
 そろそろ手続きも終わるのだが、それより少し不味い事になっていたらしい。
 この国境に、馬車に置いて行かれた護衛の人達が到着したのだ。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………」


「ひぃ、ひぃ、ひぃ、ひぃ…………」


「ぶへぇ…………」


 あの男はドル爺と争うことに夢中になって、護衛のことを忘れていたのだろう。
 今頃気付いていると良いのだが、気付かず進んでいたら危険な状況になっているのかもしれない。
 その人達が色々と説明しているが、規則だと手続きをされていた。


 それならそれで、こちらにとって不都合はない。
 もう手続きも終わったし、颯爽と現れて恩に着せてやるとしようか。


「ドル爺、出発するぞ」


「おうよ! 奴には儂らのありがたみでも感じてもらおうか! では、出発だ!」


 馬車はマリア―ド側の門を抜け、一番近くの町を目指している。
 きっとあの男もその町に向かっているだろう。
 俺達は少し急ぎ気味で馬を走らせ、町にはまだ半分程の距離で、スコルピオの馬車を発見した。
 まだ無事…………という訳には行かなかったらしい。
 魔物に襲われ馬の足は傷つき、逃げようとしているが速度が出ていない。


「むむむ、やはり襲われておるのか! いい気味だと言ってやりたいが、それは助けてからにしてやるか」


「よし、全員戦闘準備しろ!」  


「ああ了解だ! セリィ辺りを警戒するぞ!」


「ん! セリィやる!」


「い、行くぞ!」


 俺はファルシオンと呼ばれる幅広の剣を選び、辺りを見回した。
 周りに敵は見当たらない。
 あいつが追い払ったのか?


 …………違う!
 馬の傷が少しずつ増えている。 
 上空ではない。
 地面にも居ない。
 馬車の中には震えている運転手と、スコルピオが乗っているだけで、何処にも敵の姿がない。
 だが探している間にも馬の傷は増え続けている。


 近づいた俺の姿を確認したスコルピオは、大声を上げて俺達に警告を発した。


「て、敵は馬の体の中だあああああああああああああ!」






 その悲鳴が聞こえた瞬間、傷ついた馬の中から、どう入っていたのか分からないぐらいの、巨大な魔物が飛び出した。





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