一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

20 小さく大きな物語19

 リーファの案内により、無事に精霊の森から脱出した俺達は、そのリーファに別れの挨拶をしていた。


「じゃあ世話になったなリーファ。俺達はもう行くから、この男の事はそれなりに任せておいてくれ。一応言っとくが、捨ててからの此奴の行動は責任をもたんからな。またこの森に戻って来ても俺達は責任を持たんぞ。その事は理解しといてくれよ」


「それは大丈夫だ。例えその男がまた森に来ても、迷って行き倒れになるだけだ。決して村にまでたどり着けない。もう前のような失敗はしない。例え行き倒れても、死ぬまで放置する」


 俺も今の道順を全部覚えているかと言われれば、全然覚えていない。
 北へ行ったと思えば南へ戻ったりと、その道順や距離も、俺にはいまいち理解できていない。
 五時間以上は歩いているから、適当に歩くだけでは村を見つけられないだろう。


「そうか、じゃあ安心だな。じゃあ俺達はもう行くから、元気でやれよリーファ」


「ああ、お前達もな」


「元気でねリーファちゃん、じゃあバイバイ!」


「おせわになりました!」


「世話になったな」


 リーファと別れた俺達は、馬車に乗って、次の町へ進んでいた。
 荷台にはエルフの女にエロい事ばかりしていたバールという男が縛り上げられ、荷台に転がされている。
 道を知らせない為に目隠しされて、今は大人しくしていた。
 暇だから寝ているのかもしれないが、戦いとなれば意外と厄介な奴なのだ。


 エルフの矢の一撃にも耐える強靭な体は、俺の剣でもダメージを与えらえるのか分からない。
 今は大人しいが、もし今後暴れることがあれば、戦うことにもなるかもしれない。
 一度自分の武器の性能を試しておくとしよう。


 俺は自分の剣を抜き放ち、剣の先端で背中辺りをつんつんと刺してみた。


「てい」


「いったあああああああああああああ! 何か刺さったああああああああ!」


 俺が剣で突き刺してみると、バールはゴロゴロと荷台の中を転がりまわっている。
 その背中からは、ちょっぴり血が出ていた。
 どうやら効果は充分にあるな。
 これなら戦いとなっても戦えるだろう。
 剣で刺されたバールは、どうも怒っているらしい。
 俺の名を呼んで怒鳴っている。


「おい、そこに居るのはレティだろ! 今俺に何をした!」


「お前にレティなんて軽々しく呼ばれる筋合いはないが、まあいいや。今後の為に剣が通じないと色々不味いからな。一度試しておこうと思って、ちょっとだけ刺してみました。充分に効果があると分かって、俺は満足です」


「待て、俺は君の命の恩人だぞ! 赤ん坊の頃にオムツを変えたり、遊んでやったりと、色々世話をしてやったのに、この扱いは酷くない?! 結構頑張ってたんだぞ!」


 俺のことも知ってるのか。
 世話をしていたと言ってるが、信用出来ない男だ、少しだけ話しを聞いてみて、真偽を確かめるとしよう。


「もしそれが本当だったとしても、そんな赤ん坊の頃なんて覚えてないし、今更恩に着せられても困るわ。というか、やっぱりべノム爺ちゃん達のこと知ってたんだな。暇つぶしに聞いてやるから、ちょっと話てみろよ」


「ほう、お前はレティの小さい頃を知っているのか? だったら私にもその話を聞かせて貰おうか」


「へ~、僕も聞きたい」


「分かった、じゃあ話てやろう。俺がどれ程活躍したかをな!」


 俺はこの男の話を聞き始めた。
 その話はそこそこ面白い作り話だったが、俺が王国の王子の身代わりにされただの、王から命令されてシャインと体の関係があるとか、ちびっこの天使に惚れられただの、俺の爺ちゃんと婆ちゃんと友達だったと、果ては自分が帝国の国を救っただのと、明らかに嘘をついている。


 初めは興味を持っていた他の二人も、次第に興味を失い、今は外の見張りについてしまった
 そもそもシャインがこの変な男に惚れる訳がないし、天使なんて空想の生物だ。
 こんなふざけた男が英雄なら、俺なんて神様にでもなれそうである。


 うん確信した。
 この話は全て嘘っぱちだろう。


 俺も興味を失うが、この男の長ったらしい話は続く。
 何時間か経って、全て話終えた頃に、進行方向に町が見えて来た。


「ほら皆、町が見えてきたわよ。あの町で今日は休みましょうか」


 その町はホーリーゲートの町と、昔は呼ばれていたらしい。
 町の中心には何かの遺跡があり、その周りに民家が並んでいた。


 ただ、その名前で呼ばれていたのは昔の話で、最近では、希望の泥の町なんて呼ばれ出している。
 町全体を包み込む程の泥が突然現れ、町中が泥だらけになって酷く大変な目にあったと。
 家の汚れを水で流したり、遺跡の泥を洗ったりと、町中の汚れを落とすのに二月も掛からしい。


 そして、その汚れ全てを落とした日、町の大地は作物の実の大地へと変わったのだと。
 来た事もない俺が、何故そんな事を知ってるかと言えば、まあそんな説明が、町の入り口の看板に書かれていたからだ。


「さてと、町には着いたけど、この人は何処に捨てればいいのかしら? 食費も掛かるから早く捨てたいのだけど」


「う~ん、遺跡に吊るしとけば、誰か奇特な人が拾ってくれるんじゃないだろうか? もし誰も拾ってもらえなかったら…………その時は諦めるということで」


「私だったら絶対拾わないがな」


「僕も要らないな。関わったらトラブルばっかり増えそうだもん」


 俺達の話を聞いているバールは、やっぱり吊るされたくないらしい。
 何とかそれから逃れようと、俺達を説得してきた。


「君達、俺のことを何だと思っているんだ。俺のことはもう少し様子を見てくれ、ちゃんと付き合えば俺はそんなに悪い奴じゃないと分かるはずだから。だから吊るすのは勘弁してください」


「…………どうするレティ君? 私は貴方達の意見にしたがうわよ」


「わ、私もレティの意見には従うぞ!」


「あ、じゃあ僕もそれで」 


「結局俺が決めるのか? じゃあ吊るすのは勘弁して、遺跡の真ん中にでも放置しとこう。それなら拾われなくても自分でなんとかするだろう」






 そして俺達は裸で縛ったバールを置き去りにして、この町で宿を取ったのだった。



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