一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

15 力を求めるラクシャーサ。

 セリィが全戦で活躍するようになり二日目。
 簡単な任務を終えた俺は、隊舎の前で、帰り際にラクシャーサに呼び止められた。


「マルクス、ちょっと時間が欲しい。隊長として意見をきかせてほしいんだ!」


「構わないが、セリィのことはいいのか?」


「セリィはもう自分で帰れるぐらいにはなってるから大丈夫だよ」


「そうか、それで俺に何の用だ?」


「私のパワーアップに力を貸して欲しいんだ!」


「パワーアップ……ねぇ」


 俺としては弓と回復が二人居ても構わないが、ラクシャーサとしては両方とも負けているから、比較されるのが嫌なのだろう。
 まあ出来る事を増やすのは隊としても歓迎すべきことだが、それを簡単にできるのなら苦労はしない。
 それでも無駄な事ではないし、やってみれる事はやってみるべきだろうな。


「まっ、いいだろう。それで、自分で思い描いた理想というのはなんだ? まさか前線に立とうって訳じゃないよな?」


「そうだよ、私が剣を持って前線の味方の回復をしちゃえば、戦いが有利になるだろ? 後にはセリィも居るし、もしもの回復も問題ないよ!」


「はぁ、そう簡単には出来ないだろう。お前の剣の腕は知ってるが、素人に前に立たれても邪魔にしかならないぞ。前線に立つまでには、じっくり二年は修練しないとな。じゃあ早速始めるか?」


「えっ、二年?! そんなに待てないよ! もっとパッと強くなれる方法はないのか?!」


「はぁ、めんどうだな。だったら攻撃魔法でも覚えてみるか? 最近は隊として活躍も出来て居るから、大隊長からも許可を貰えるかもしれないぞ」


「攻撃魔法……それだ! 私は最強の魔法使いになってやるぞ!」


 ラクシャーサは喜んでいるが、魔法を覚えるのは結構重大なことなのだ。
 回復魔法とは違い、攻撃魔法は全て国に管理されている。
 一度その魔法を覚えてしまうと、死ぬまで軍から解放される事はないし、勝手に誰かに教えたとなると、教えた者と共に、簡単に処刑までされてしまうのだ。
 この女はその事を分かっているのだろうか?


「おいラクシャーサ、規則のことは覚えてるんだろうな? 勝手なことをすれば、この隊としても、お前を始末するまで有り得るからな。分かったか、絶対ルールを破るなよ?」


「そんなの分かってるよ! でも私にはそれが必要なんだ。じゃあ早速大隊長に会いに行きましょう!」


「お、おい、今から行くのか?!」


「何言ってるの。当たり前でしょう!」


 俺はラクシャーサにより引っ張られ、大隊長の部屋にまで引きずられて行くのだった。


 大隊長の部屋の前。
 部屋の中には人の気配がしている。
 隊をまとめる大隊長は、後始末の書類仕事でもしているのだろう。


「マルクス早く中に入るぞ!」


 ラクシャーサは俺の後ろに隠れてしまい、そのまま前に進めと押し込んで来ている。
 自分でノックぐらいしろと言いたいが、隊の隊員が直接大隊長に会うのはタブーなのだ。
 俺も緊張するからなるべく会いたくないのだが、隊の為だから仕方がない。


 ふぅっと一息つき、大隊長の部屋の扉をノックした。


「失礼します。神英部隊マルクス・ライディーンです。部下のラクシャーサ・グリーズと共に参りました。大隊長、我が隊の為に相談があるのです。少しだけ時間を頂いても宜しいでしょうか?」


「マルクスか、よし入れ!」


「ハッ、失礼します」


「し、失礼します」


 俺達が部屋に入ると、大隊長は窓を背にして、机で書類整理をしていた。
 ひと段落終えると、ペンを置き、俺達を見て居る。
 その厳つい表情に、ラクシャーサはガチガチに緊張していた。


「それで、今回は俺に何の様だ?」


「はい、今回我が隊員に、新たに魔法を覚えさせようと思いまして、その許可を頂きたいのです」


「その女か?」


「はい、彼女にです」


「よよよ宜しくおねがいします」


 大隊長ボーグは、ラクシャーサの姿勢や体型、その表情を観察している。
 魔法を与えて良い人物なのか確認しているのだろう。
 そして大隊長ボーグは、その口を開いた。


「…………貴様、規則は理解しているのだろうな? もし破れば、死ぬぞ」


「は、はい! ちゃんと覚えてます! でも私このままじゃ足手纏いになっちゃうんで、魔法を覚えたいんです!」


「ならばいい。紹介状を書いてやる。これを持って城にある魔法院に行って来るがいい」


「ありがとうございます!」


 ラクシャーサの顔に笑顔が戻り、お辞儀をして城に走って行く。
 もう日も暮れかけようとしている。
 城に入るのは今日は無理そうなんだがな。
 このまま一人で行かせるのは、ちょっと心配だな。
 俺も追い掛けるとしよう。


「大隊長、それでは私も失礼致します。また任務の際はお呼びください」


「待て、お前も隊長の端くれだろう。隊員が魔法を覚えようと言うのだ、まさか自分は挑戦しないとは言わぬよな?」


 どうも断れそうな雰囲気ではない。
 まあ規則を破らなければ良いだけの話なのだがな。


「…………では私も挑戦させていただきます」


「そうか、では行くがいい」


「…………はい」


 俺は大隊長の部屋から出ると、ラクシャーサを追い掛けて城へと向かった。


 国の中心にはラグナードの城がある。
 正直な感想として、この城はあまり良い状態とは言えない。
 昔は真っ白な城だと言われていたらしいが、今は汚れで灰の色と化してしまっているのだ。
 手の届かない高い部分には、崩れている部分もあったりと、もうそろそろ立て直しが必要なんじゃないかと思ってしまう。


 その城の手前には池垣が作られているのだが、もうはね橋が上げられていて、その前でラクシャーサが立ち竦んでいた。


「…………どうやら遅かったらしいな。まあ間に合っていたとしても、城から出れなくなっていただろうがな」


「また明日来るよ…………」


「ラクシャーサ、悪いが明日から暫くは、外の町や村への物資搬送任務が待ってる。全部終えるのは一週間は掛かるだろう。城に行くにしてもそれからだな」


「あああああ、今日許可を取った意味がないじゃないか!」


「仕方がないだろう。この任務は魔物が増える前にやるべきものなんだ。サボる事は出来ない。個人の要件は任務のあとだな」






 ガックリと肩を落とすラクシャーサの背中を押し、それぞれの自宅へと帰って行った。



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