一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

14 力持つもの。

「そうか、エルフはただ利用されていただけなんだな?」


「はい、エルフ達は催眠術により操られていただけです。もうこの国の害にはならないでしょう」


「そうか、ご苦労だった。では下がって良いぞ」


「はい、では退出します」


 ラグナードに戻った俺達だが、何事もなく大隊長に報告を終えていた。
 全てはあの猿の魔物のせいにして、エルフは特に問題がないと言ってある。
 向うから何かして来ない限りは、討伐される事ないだろう。
 問題のセルレーンだったが、無事に戻って来れたのを大隊長に称賛されていた。
 彼女の秘密は、無事に隠し通せたらしい。


 それから数日経ち、神殿騎士隊に戻って行った彼女だが、その扱いは酷い物だったと聞いている。
 まあ神殿騎士隊に初めて泥を塗ったのだ、その扱いになるのは大体想像がついた。
 それは彼女自身で乗り越えてもらうしかないだろう。


 それでこちらの状況だ。
 あの赤ん坊はラクシャーサにより、セリィ・ブルーマリンと名付けられた。
 母親の名前の、ファイヤバードの意味を逆転した意味を持たせたらしい。
 多少なりとも繋がりを持たせようと、頑張って考えたのだろう


 一月ほど経った今は、もう成人程度までに成長して、もう自立行動するまでに至っている。
 特徴も森で会ったエルフと同じで、銀色に少し緑が混じった色をして、耳は尖り背も高い。
 育てているラクシャーサよりも高くなっているほどだ。
 胸も膨らみ、女としての機能もあるのだろう。
 こうなってしまえば母親のセルレーンでもたぶん気付かなくなるはずだ。
 エルフと言う事を隠し、俺達の隊に入隊させている。


 一つ問題があるとすれば、まだセリィは言葉を満足に喋る事が出来ていない事ぐらいだな。
 多少なら喋る事も出来るが、難しい言葉は分からない。
 もう少し勉強が必要だ。


 体は大人なのに頭脳は子供と言った所だろう。
 まだ一月しか生きていないのだから当然だが。


「ラク、今日何?」


「ん、今日は訓練して町の見回り任務だね。セリィも一緒に行くんだよ」


「ん」


「返事は、はい、だよ」


「はい」


 こんな感じだが、その弓の腕は相当に高い。
 エルフという種族に弓が有っているのか、一月もしない内に、弓を教えたラクシャーサを越えるほどなのだ。
 そんな腕があるのなら戦力としても期待できるだろう。


 俺達は何時も通り隊の訓練を行い、町のパトロールに出発した。
 町の中を周るだけの簡単なものだが、この日は少し状況が違っていたのだ。
 かなり高い空の上には巨大な魔物の姿が見える。
 全身真っ白なイーグルのような種類だが、その翼は人の血で赤く染め上げられていた。
 大きさもかなりのもので、翼を広げた状態なら五メートル近くありそうだ。
 人一人抱えても飛んで行けそうなレベルである。 
 そんな大きな魔物に、既に何人かが襲われ、住人は逃げ惑っていた。


「いやああああああああ!」


「きゃああああああああああ!」


「ま、魔物だ! 誰か軍に連絡してくれ!」


 これは仕方がないことなのだが、殆どの町や国は空からの進入を想定していない。
 町の周りに高い壁があったとしても、空からの進入だけは防ぐ事が出来ないのだ。


「ドル爺とガルスは住人を護ってやってくれ! ラクシャーサとセリィは敵を撃ち落とせ! 俺は二人の警護をする!」


「む、仕方ないな。上空ではわしの槍も届かん。行くぞガルス、これ以上一人も殺すなよ!」


「も、勿論だよ! 絶対死なせない。出来る限り…………」


「ガルスよ、わしは情けないぞ。男ならそこは言い切らんかい!」


「む、無理!」


「お前がそう言い切ってもやって貰うからな。さあ来い!」


 ガルスは別に弱くはないのだが、もう少し自身を持って欲しい。
 二人が民家の中に住民を押し込み、道には少しずつ人の往来が少なくなっている。
 しかし矢を放つにはまだ人が多い。


 まず遮蔽物が多いこの場所では戦いにくい。
 残った俺達三人は、建物の上部の屋根に上り、遥か上空の相手に武器を構えた。
 敵は空中で旋回し、次に狙う相手を見定めている。
 人通は殆どなくなり別の場所へ移動するか。
 それとも俺達に来るか?


「どうだ、届くかラクシャーサ?」


「う~んギリギリ届くかな? でもこの距離だと狙うのは難しいだろうね。次降りて来た時に狙ってみるよ」


 ラクシャーサは無理だと言っているが、セリィやる気があるらしい。
 敵の動きを見定めながら、弓で動きを追っている。


「私、やる」


「…………そうか、任せるぞセリィ」


「ん」


 上空の敵も誰に狙いをつけるのか決めたらしい。
 狙っているのは、弓を向けているセリィだ!
 奇しくも一騎打ちの形になるが、俺達が手を出さないとは言っていない。


 降下してくる鳥の魔物にラクシャーサの弓が放たれた。
 命中したかに思われた矢は、鳥の体には突き刺さらない。
 俺達を狙ったのは、自分の硬さを信頼していたからか!
 俺はまだ矢を放たないセリィの前に立ちはだかり、剣が届く距離を待ち続けている。


 だが、剣が届く距離になる前に、俺の背後からセリィの矢が放たれた。
 頭の横を通り過ぎ、あらぬ方向へ進むかに思えた。
 矢とは真っ直ぐにしか飛ばないはずだが、生きているかのように、矢尻を振り、鳥の頭部へと進みだす。


 ガッ


 そのまま進み続けるそれは、鳥の眼球へと吸い込まれたのだ。


 ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 奇声を上げるも自分が今どうなっているかも分かっていないだろう。
 眼球に吸い込まれた矢は、逆側の眼球にまで届き、突き抜けているのだ。
 初めての戦闘でこれだけ出来るとは、セリィの腕は圧倒的すぎた。


 光を失った大鳥は、バランスを崩して建物にぶつかり、ガルス達の居る地面に落ちて行く。


「行ったぞ二人共、止めを刺せ!」


「おうよ、わしに任せるがいい!」


「い、行くぞー!」


 ドォンと落ちた大きな鳥に、二人が駆け寄り止めを刺したのだった。


「はぁ、なんとかなったな。しかし凄い腕だったな。まさかあんな技が使えるとはな」


 俺は後を振り向くのだが、そこには膝を突き両手を地に落としたラクシャーサの姿があった。


「…………どうしたラクシャーサ、何を落ち込んでいるんだ?」


「私のアイデンティティが、無くなってしまう…………」


 弓でも敵わなくなったから落ち込んでいるのか。


「まあ、子供は親を越えるものだろう。お前も親になったんだから諦めろ」


「でも生まれて一ヶ月で抜かれるとは思わなかったよ…………」


「まだお前には回復魔法もあるだろう。そう落ち込むこともないさ」


「もうセリィに伝授済みなんだよおおおおおおおおおおおお!」


「そ、そうなのか…………」


「ラク、だいじょぶ?」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」






 落ち込むラクシャーサを落ち込ませたセリィが慰めていた。



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