一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。
11 人と魔物とその間。
精霊の森からの帰り道。
ラクシャーサは相変わらず落ち込んでいるが、多少は立ち直ったらしい。
ボーっとはしているが、見張りはしてくれている。
まあこの女の事は放っておけばその内復活するだろう。
しかしもう一つ解決しなければならない問題が残っていた。
馬車の中で放心しているこの女のことだ。
呼びかけても何も反応もなく、ただ虚空を見つめ続けている。
特徴と言えば銀色の髪で前髪は真っ直ぐ横に切りそろえている。
胸も大きく、肉付きも良い美人と言えるレベルだが、あんな事があったと知れれば彼女は生きていけないだろう。
それは彼女の気持ちの問題ではなく、神国としての掟の部類に抵触してしまうからだ。
魔物と関係を以てはいけない。
それが最近作られた法なのだが、自分から接触するのは兎も角、事故であろうと、無理やりであろうと、不浄のものとして裁かれてしまうのだ。
このままラグナードの町へ連れて帰っても、彼女は処刑されてしまう。
俺達が黙っていればいいのかもしれないが、身ごもっているかもしれない彼女を、何もなかった事にはできないのだった。
だから俺達は彼女の命を助ける為にも、一番近くにあったガーデンの砦の町にやって来た。
その町の空き家の一室を使い、ラクシャーサがその彼女を検査している。
俺達は念の為にそれに立ち会っているんだが、今の彼女の状態は相当悪い。
少し前までは凹んでいた腹が、急激に膨らみ始めていたのだ。
普通なら何か月もかけて少しずつ膨らむのだが、一気に大きくなったために、その痛みは相当あるらしい。
女は痛みで意識を取り戻し、悲鳴を上げた。
「ギャアアアアアアアアアアアア、嫌あああああああああああああああああ!」
「うっ、もう急激にお腹が大きくなってる。これが魔物と番った代償なのか…………」
「あああああああああ、痛い! 痛い! 痛い! 痛い! あああああああああああああああ!」
その腹が膨らんだ代わりに、彼女の体が干からびていく。
腹の子供に栄養を吸われているのだろう。
放っておけば危ないと見たラクシャーサは、ガルスに命令している。
「ガルス、急いで水を飲ませてあげて! 早く、急いで!」
「は、はいいいいいいいいい!」
ガルスが急ぎ水を飲ませ、痛みを和らげる為にラクシャーサが回復魔法を使っている。
その甲斐もあり、彼女の状態は安定し、命は繋ぎ止められた。
彼女の膨らんだ腹の状態が安定すると、一気に破水し、もう子供の頭が見えて来ていたのだ。
頭には髪の毛が生えそろい、骨格もかなりしっかりしている気がする。
そんな子供が生まれようとしていると、彼女は痛みで大きく暴れて、また叫けびだした。
「嫌ああああああああああ、産みたくないいいいいい、それは私の子じゃない! 違う! 絶対違う、あああああああああ!」
「見てるな男共! 早く彼女の体を押さえるんだ! このままじゃ子供が危険なんだぞ!」
「お、おう!」
「うむ…………」
「ううう」
「これ以上大きくならない内に、一気に引っ張るぞ!」
ラクシャーサがとび出した頭を引っ張ると、子供は女の体から取りあげられ、暴れていた女は落ち着いて眠りについた。
「皆、生まれたぞ! この子は女の子だ!」
取り上げられた子供は、あの猿とは違い、体の体毛は無く、エルフと同じ特徴をしているのだ。
それは猿の遺伝子よりも、人の遺伝子が勝ってしまった結果なのだろう。
正しく育てば、人と同じ倫理を得るかもしれない。
だが、生みの親のこの女は、きっとこの子供を拒否するのだろう。
これからこの二人をどうするのかだ。
「なあマルクス、もしこの人がこの子のことを拒否したら、私がこの子の親になってもいいかな?」
「…………お前が?」
「うん……この子が人の元でちゃんと育つなら、人とエルフとの距離も縮まると思うんだ。どうかな?」
「…………もしこの子が人を襲うようになったなら、お前はこの子を殺せるのか?」
「そんなことは私が絶対させない! 絶対だ!」
殺すとも言えない彼女では、きっとその日が来ても対処出来ないだろう。
その時は隊の代表として、俺がやるべきか…………
「はぁ、意気込むのはいいが、この女の答えを聞いてからだ」
「そ、そんなの分かってるよ! じゃ、じゃあ私は子供に必要な物を買って来るから、その子のことは見ててよね!」
ラクシャーサは子供を置いて、部屋から出て行ってしまった。
言った通りに何か買って来るんだろうな。
今その子供は、母親と同じベットに寝かされている。
だが、その母親の体をよじ登り、自発的にその乳を飲み始めた。
それを飲む度に、体が少し成長し、人で言うと一歳前後ぐらいになっている。
やはりこの子は人とは違う。
人の赤子はこれ程の強靭さを持っていない。
そんな状況を見ていたドル爺は心配していた。
「いいのかマルクスよ。今この場で殺さなければ、人にとっての災厄になるかも知れんのだぞ?」
「どうだろうな……未来のことは知らないが、少なくとも今は無害だ。何もしていない赤子を殺すのは、少なくとも正義じゃないと俺は思う。その日が来たら……まあ手を貸してくれよな」
「この隊の隊長はお前だ。儂はそれに従うとしよう。例えその日が来たとしてもな」
「…………そうか」
俺達二人の心配を他所に、ガルスが赤子を抱き上げている。
「二人共何言ってるの? ほら、こんなに可愛いんだよ。こんな子が魔物なんかにならないって、ねぇ」
「きゃは、きゃはははは!」
赤子はそれに喜び笑っていた。
「はぁ、ガルスよ、お前は能天気だな。だがまあ、お前の言葉も案外真理をついとるのかもしれんわい。儂もお前の意見に賛同しておくとしようか」
人の血が濃く残ったエルフ達は、そう攻撃的な種族ではなかった。
最終的にあの猿のようになるかもしれないが、俺はそれを見た訳じゃない。
ずっとエルフのままで生きて行く可能性は零ではないのだ。
「ああ、そうだといいな…………」
のちに、子を産んだ母親は目覚めるも、この子の事を完全に拒否してしまうのだった。
ラクシャーサは相変わらず落ち込んでいるが、多少は立ち直ったらしい。
ボーっとはしているが、見張りはしてくれている。
まあこの女の事は放っておけばその内復活するだろう。
しかしもう一つ解決しなければならない問題が残っていた。
馬車の中で放心しているこの女のことだ。
呼びかけても何も反応もなく、ただ虚空を見つめ続けている。
特徴と言えば銀色の髪で前髪は真っ直ぐ横に切りそろえている。
胸も大きく、肉付きも良い美人と言えるレベルだが、あんな事があったと知れれば彼女は生きていけないだろう。
それは彼女の気持ちの問題ではなく、神国としての掟の部類に抵触してしまうからだ。
魔物と関係を以てはいけない。
それが最近作られた法なのだが、自分から接触するのは兎も角、事故であろうと、無理やりであろうと、不浄のものとして裁かれてしまうのだ。
このままラグナードの町へ連れて帰っても、彼女は処刑されてしまう。
俺達が黙っていればいいのかもしれないが、身ごもっているかもしれない彼女を、何もなかった事にはできないのだった。
だから俺達は彼女の命を助ける為にも、一番近くにあったガーデンの砦の町にやって来た。
その町の空き家の一室を使い、ラクシャーサがその彼女を検査している。
俺達は念の為にそれに立ち会っているんだが、今の彼女の状態は相当悪い。
少し前までは凹んでいた腹が、急激に膨らみ始めていたのだ。
普通なら何か月もかけて少しずつ膨らむのだが、一気に大きくなったために、その痛みは相当あるらしい。
女は痛みで意識を取り戻し、悲鳴を上げた。
「ギャアアアアアアアアアアアア、嫌あああああああああああああああああ!」
「うっ、もう急激にお腹が大きくなってる。これが魔物と番った代償なのか…………」
「あああああああああ、痛い! 痛い! 痛い! 痛い! あああああああああああああああ!」
その腹が膨らんだ代わりに、彼女の体が干からびていく。
腹の子供に栄養を吸われているのだろう。
放っておけば危ないと見たラクシャーサは、ガルスに命令している。
「ガルス、急いで水を飲ませてあげて! 早く、急いで!」
「は、はいいいいいいいいい!」
ガルスが急ぎ水を飲ませ、痛みを和らげる為にラクシャーサが回復魔法を使っている。
その甲斐もあり、彼女の状態は安定し、命は繋ぎ止められた。
彼女の膨らんだ腹の状態が安定すると、一気に破水し、もう子供の頭が見えて来ていたのだ。
頭には髪の毛が生えそろい、骨格もかなりしっかりしている気がする。
そんな子供が生まれようとしていると、彼女は痛みで大きく暴れて、また叫けびだした。
「嫌ああああああああああ、産みたくないいいいいい、それは私の子じゃない! 違う! 絶対違う、あああああああああ!」
「見てるな男共! 早く彼女の体を押さえるんだ! このままじゃ子供が危険なんだぞ!」
「お、おう!」
「うむ…………」
「ううう」
「これ以上大きくならない内に、一気に引っ張るぞ!」
ラクシャーサがとび出した頭を引っ張ると、子供は女の体から取りあげられ、暴れていた女は落ち着いて眠りについた。
「皆、生まれたぞ! この子は女の子だ!」
取り上げられた子供は、あの猿とは違い、体の体毛は無く、エルフと同じ特徴をしているのだ。
それは猿の遺伝子よりも、人の遺伝子が勝ってしまった結果なのだろう。
正しく育てば、人と同じ倫理を得るかもしれない。
だが、生みの親のこの女は、きっとこの子供を拒否するのだろう。
これからこの二人をどうするのかだ。
「なあマルクス、もしこの人がこの子のことを拒否したら、私がこの子の親になってもいいかな?」
「…………お前が?」
「うん……この子が人の元でちゃんと育つなら、人とエルフとの距離も縮まると思うんだ。どうかな?」
「…………もしこの子が人を襲うようになったなら、お前はこの子を殺せるのか?」
「そんなことは私が絶対させない! 絶対だ!」
殺すとも言えない彼女では、きっとその日が来ても対処出来ないだろう。
その時は隊の代表として、俺がやるべきか…………
「はぁ、意気込むのはいいが、この女の答えを聞いてからだ」
「そ、そんなの分かってるよ! じゃ、じゃあ私は子供に必要な物を買って来るから、その子のことは見ててよね!」
ラクシャーサは子供を置いて、部屋から出て行ってしまった。
言った通りに何か買って来るんだろうな。
今その子供は、母親と同じベットに寝かされている。
だが、その母親の体をよじ登り、自発的にその乳を飲み始めた。
それを飲む度に、体が少し成長し、人で言うと一歳前後ぐらいになっている。
やはりこの子は人とは違う。
人の赤子はこれ程の強靭さを持っていない。
そんな状況を見ていたドル爺は心配していた。
「いいのかマルクスよ。今この場で殺さなければ、人にとっての災厄になるかも知れんのだぞ?」
「どうだろうな……未来のことは知らないが、少なくとも今は無害だ。何もしていない赤子を殺すのは、少なくとも正義じゃないと俺は思う。その日が来たら……まあ手を貸してくれよな」
「この隊の隊長はお前だ。儂はそれに従うとしよう。例えその日が来たとしてもな」
「…………そうか」
俺達二人の心配を他所に、ガルスが赤子を抱き上げている。
「二人共何言ってるの? ほら、こんなに可愛いんだよ。こんな子が魔物なんかにならないって、ねぇ」
「きゃは、きゃはははは!」
赤子はそれに喜び笑っていた。
「はぁ、ガルスよ、お前は能天気だな。だがまあ、お前の言葉も案外真理をついとるのかもしれんわい。儂もお前の意見に賛同しておくとしようか」
人の血が濃く残ったエルフ達は、そう攻撃的な種族ではなかった。
最終的にあの猿のようになるかもしれないが、俺はそれを見た訳じゃない。
ずっとエルフのままで生きて行く可能性は零ではないのだ。
「ああ、そうだといいな…………」
のちに、子を産んだ母親は目覚めるも、この子の事を完全に拒否してしまうのだった。
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