一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

10 広大なる迷いの森。

 精霊の森の中。
 その中を進む俺達だが、この森の出口が何処なのか探し、まだ外に出られる道は見つかっていない。
 だから心配症なガルスが俺に尋ねた。


「あのマルクス? 村から逃げたのは良いんだけど、全然出口が見つからないんだけど。どうするのこれ? もう二日目なんだけど!」


「まあ地道に探すしかないだろうな。案内を頼もうにもあの猿を倒してしまったから、もう村人全員敵となっていてもおかしくないだろうしな」


「あああああ、でもこれだけ迷ってるんだよ? もう二度と出られない気がするよ!」


「ふん、心配性な奴め。出る方向は分かっとるんだ、何れ出られるわい。それよりも、まだ目覚めんこの女と、あそこの角で座っているラクシャーサを如何にかせんといかんのじゃないのか?」


 確かに、名前も知らないあの女はいまだに眠り続けたままだ。
 ラクシャーサはというと、あんな別れを経験して、酷く落ち込んでいる。


「うぅ、リーファごめん、ごめんね。折角友達になれたと思ったのに…………」


 治療の為に回復魔法でも使って欲しい所だが、ラクシャーサは馬車の隅で座り込み、何かブツブツ独り言をいっているのだ。
 この森は危険な魔物の生息が著しく低いのだが、気まぐれな神が宝くじを当ててしまう事も有り得る。
 もうそろそろ立ち直って貰わなければ、戦力の上でも辛くなるだろうか。
 俺は馬車の運転をドル爺に変わってもらい、落ち込んだ彼女の横へと腰を下ろした。


「ラクシャーサ、落ち込むのは分かるが、お前も神兵の端くれだろう。危険な道中にお前の支援がないと、俺達全員の命が危ういんだ。頼むから立ち直ってくれないか?」


「…………分かってる……でももうちょっとだけ待って…………」


 はぁ、これは重症だな。
 この森を抜ける前に立ち直ってくれればいいんだが…………


「…………待てるのはこの森を出るまでだ。ラグナードまでの道は危険度が増す。お前の気持ちがどうだろうと仕事はしてもらうからな」


「…………うん、分かってる…………」


 もう少し話しておきたいが、このまま説得を続ける時間はない。
 この森の道を見つける為にも人出が居るし、ガルスだけに任せるのは少々心もとないのだ。


「じゃあ俺は道を探してくるから、その人の事は任せたぞ」


「………………」


  俺は馬車から降り、ガルスと共に進む道を探している。
 森の出口はまだ遠く、後どの位掛るのかも判断できないでいた。
 あまり時間が掛かるようなら、馬車を捨てて行進しなければならないが、速く移動できる馬車を捨てるとなれば、国に帰るまでの道がかなり危うい。


 愛用の剣の何本かも捨てなければならないし、積み込んだ道具の数々も諦めなければならない。
 出来ればやりたくはないな。


「ううむ、一向に出口が見えんなぁ。ガルスよ、いっそ斧で道を切り開いてみたらどうだ」


「い、嫌だよ! それどんだけ時間が掛かるか分からないじゃないか! それに、変な方向に倒れたら、もっと進める道がなくなっちゃうよ!」


「倒れる方向ぐらい何とでも出来るわい。まあ倒した所で無駄だろうがな。根本から切らんと馬車は通れんし、やるだけ無駄だわい」


「なんだよ、だったら言わないで欲しいんだけど!」


「ハッハッハ、ちょっと揶揄からかっただけだ。暇だったからなぁ」


「まあ進める道があるならそれも有りだが、この現状じゃあな」


 相変わらずだが、木々が密集して馬車が通れる道は少ない。
 細い若木ならば切り倒すのも有りだろうが、見た所そういう木は少ない。
 そのまま二時間程移動を続けるも、出口に進むどころか、森の奥に進んでいる気がする。


「う~ん、こっちは駄目だね。此処を進めてもすぐに行き止まりになりそうだ」


「また引き返すのか、まるで迷いの森だな。ドル爺、馬車を後退させるぞ」


「むう、またか。こんな事なら来る時に印でもしておけばよかったな」


「今更言っても仕方ないだろう。ラクシャーサが手伝ってくれればもう少しましになるんだがな…………」


「あの状態で手伝われても、むしろ邪魔になるわい。 …………よし抜けたぞマルクス、次の道はどうする」


「残りの道は二つだな、まずはこっちに行ってみようか」


 俺達は行けそうな道の一本を選ぶのだが、その道に足を踏み入れようとした一瞬、先頭を進んでいたガルスの足元に矢が降り注いだ。


「うひいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 連射される矢が地面に突き刺さり、馬車の進路を塞がれている。
 これでは馬車は通れない!


「この矢は……エルフ達か! クッ、全員戦闘準備だ!」


「ま、マルクス、あの人達と戦うつもりなのか? あの人数じゃ、どう考えても勝ち目がないよ…………」


「むうぅ、確かに不利だな、だがやるしかあるまい!」


 射線上の木の上には、エルフ達の姿は見えない。
 木の葉に隠れたか、見えない位置に隠れたか、どちらにしろ、遠距離攻撃のない俺達には、どうやっても勝ち目がない。


「ラクシャーサ! 敵だ、弓を構えろ、エルフが来たぞ!」


「…………やだ。友達に弓は向けたくない…………」


「クッ、そんな事を言ってる場合か!」


 だが戦う気のない者を戦場には置けない。
 それはきっと彼女を殺す事になるのだ。
 俺達は武器を抜き、何処とも知れない相手に警戒を強めた。


「………………」


「ぬぅ、何の反応もないな。何か狙いでもあるのか?」


「い、一体どこにいるんだよ!」


 襲って来る気配がない。
 まさか、道を教えてくれているのか?


「…………どうやら攻撃する意思はないらしい。ドル爺、別の道に馬車を進ませるぞ」


「ふむ…………良いだろう。あの数のエルフが居るとするなら、儂等わしらに勝ち目がないからな。その賭けに乗るとしよう」


「だが警戒は解くなよガルス、妙な場所に誘導されるかもしれない」


「えええ、何で俺だけ!」


「お前が一番油断しそうだからだよ」


「えええええ!」


 何度も進む先に矢を撃ち込まれ、少しずつ森の出口に近づいていた。
 …………気がする。
 正直まだこの場所から森の外は見えない。
 矢を撃ち込んでいる奴を信用するしかないだろう。


 相手は攻撃するわけでもなく、ただ淡々(たんたん)と道を誘導して行くのだった。
 それを信じ進んだ俺達は、数時間後に森の入り口に立っていた。


 俺達は馬車を止め、森の中を見渡した。
 最後だというのにその姿を現してはくれない。


 たぶんだが、俺達を誘導しているのは、リーファなんじゃないかと思うのだ。
 だから俺は、ラクシャーサに声を掛けた。


「ラクシャーサ、今リーファが俺達を助けてくれたんだ。お前が何時までも落ち込んでいては笑われてしまうぞ」


 俺の言葉にバッと顔を上げ、俺の顔を見た。


「…………ほんとか!」


「ああ、本当だ」


 落ち込んでいたラクシャーサは、返事もなく立ち上がると、馬車の荷台から飛び出した。


「リーファアアアアアアアアアアアアアアア!」


 森にラクシャーサの声が響く。
 その声を聞き、生い茂る大木の上から、俺達を誘導していた人物が跳び下りた。
 やはりそれはリーファで、手には弓を持ち、此方をジッと見つめている。


「…………リーファ。私は何時までも友だ…………」


 ラクシャーサに向けた弓の矢の一本が、彼女の顔の横を通り過ぎて行く。


「…………人間……敵ッ!」


「リーファ…………」


 悲しそうにうつむくラクシャーサ。
 ガルスは盾を構えてその前に立つが、俺はそれを制止した。


 攻撃しようと思えばいくらでも攻撃が出来たはずなのに、彼女は此処まで運んでくれたのだ。
 きっと戦うという選択はないのだろう。
 それ以降の動きはなく、たぶんそれがリーファの決別の印だったのかもしれない。


「リーファ、私達は友達だ! 離れていても絶対に! だから、人間だけは襲わないでくれ…………」


「………………」






 弓を向けて微動だにしないリーファを見て、ラクシャーサは後を向いて馬車へと乗り込んだ。
 その瞳を濡らしながら。



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