一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

2 神都に潜むグールの影。

 二年程前だろうか、魔物というものがラグナードに現れ始めたのは。
 初めは何かの突然変異かと思われたその魔物達は、世界全体に加速度的に増え続け、その種類は把握しきれない程だ。
 先日戦ったオークと言われる種族もそれに該当し、人に近い姿故に、人間と契ったなどとうそぶく者も居る。


 しかしそれはあり得ない。
 人とは神が作りたもうた選ばれし種族なのだ。
 魔物との子など、どう考えた所で不可能なのである。
 偶然そうなってしまったとしか言えないだろう。


 他にも、人型を元にしたような種族として、オーガ、コボルト、ゴブリン、アルラウネ、イエティ、ウンディーネ、エキドナ、ギガース、グレムリン、グレンデル、ケットシー、ケンタウロス、ゴーゴン、サキュバス、スキュラ、スプリガン、セイレーン、と色々な種族が確認されていた。


 勿論人型以外にも色々と存在しているのだが、ただ、この頃神都で問題になっているのは、グールと呼ばれる種族の魔物なのだ。
 その魔物が何時神都に紛れ込んだのかも分からないが、夜中に人を食って生き延びているらしい。
 それに食われたものは、腐り果てたゾンビや、果てはスケルトンと呼ばれる骨だけの魔物となって蘇っている。


 このラグナードは、神の国と名乗っている。
 そんな邪悪なものは、とても容認できるレベルの話ではないのだ。
 俺が率いる神英隊にも、そのグールを探し出せと命を受けていた。
 勿論俺の隊だけではなく、他にも数多くの兵士がそれを見つけ出そうとしているが、まだそれを見つけ出せてはいない。


 まず、そのグールが何故発見出来たのかを話すとしよう。
 十日ほど前のことだ。
 朝の見回りの際に、スケルトンとゾンビが町中に大量発生していたのだから、疑いようもなく何者かがこの神都に紛れ込んだと知れたのだった。
 それが毎日繰り返され、グールの仕業ではないかと今へと至る。


 そして今俺達は、昨日の夜にはゾンビの発生した現場の一つにやって来ていた。


「クソ面倒なことだな。戦いになればぶっ殺せるというのにのぅ。何でこんな命令を受けたんじゃマルクス、キッパリ断ればよかっただろうが」


「隊長とはいえ、その中でも一番下っ端の俺が断れるわけがないだろう。上の命令には逆らえないんだから、もう諦めて探してくれよドル爺」


「分かっとるわい。だからこうして探してるんじゃろうが。そら出て来いグールとやら、このワシが相手をしてやるぞ」


 ドル爺は周りを見て、一応探してはくれている。
 ただグールの行動範囲は広いのだ。
 現場は俺達の居るこの場所以外にも幾つも点在している。
 この広い神都の中で、一体のグールを探し出すのは本当に大変だった。
 いや、そもそも一体なのかも分かっていない。


 悩んでいる俺に、ラクシャーサが話しかけてきた。


「それでマルクス、そのグールって奴はどう探すんだよ。腐った臭いでも追い駆けてみるのか?」


「臭いを追うか…犬を使えば………いや無理だな。死臭は追えるかもしれないが、先回りするには足りないな」


 他の二人とは違い、このガルスは、あまり乗り気ではないらしい。


「マルクス、なぁ、マルクス、俺帰って良いかな……? ゾンビとかそういうの怖いんだけど…………」


「神兵がゾンビなんて怖がってどうするんだよ! お前は重要な盾なんだからしっかりしろよ!」


「だって怖いものは怖いんだよ。君だって一つぐらい苦手なものはあるだろ。なぁお願い、突然事故に遭ったとか言って誤魔化しといて!」


「俺にはそんなものはない! ガルス、もし逃げたら牢獄に入れてやるからな」


「ううう、怖いよう」


「まずは聞き込みをしてみるとしよう。多少何か分かるかもしれない」


 どうも不安しか感じないが、俺達は手分けして聞き込みを開始した。
 手分けして町中を色々と聞きまわり、ゾンビにされた遺族達に声を掛けると、少し分かった事がある。
 魔物にされた者は、眠りにつく前は変わりなく元気で、就寝の鐘の音が鳴ると、直ぐに眠っていたそうだ。


 就寝の鐘の音が鳴るのは毎晩九時と決まっている。
 それ以前に襲われた者は、俺達が聞いた限りでは誰も居ないらしい。
 そうなると、グールの活動期間は夜九時以降となる。


 だがまだ誰もグールを見つけられないとなると、それまでは何処かに隠れているか、何かに擬態しているのかもしれない。
 また犠牲者が出るかもしれないが、グールが動き出す夜を待つべきだろうか?


「よし決めた。全員就寝の鐘がなる夜まで待機だ。長い夜になるかもしれない、それまでキッチリ休んでおくんだぞ」


「やった! これで帰れる!」


「何嬉しがってるんだよガルス。このまま逃げ出そうなんて考えてるわけじゃないよな? 夜になったら引きずってでも連れて行くからな!」


「お、俺はそこまで臆病じゃない! そう、大丈夫、俺はやれる…………」


「はっはっは! まあこの臆病者の事は任せておけ。わしが縛り上げて逃げられない様にしといてやるわ!」


「ちょ、引っ張らないでくださいドル爺さん! に、逃げないから。俺は逃げないからああああああ!」


 ドル爺に引きずられ、ガルスは連れて行かれた。
 俺とラクシャーサもそれぞれに別れ、就寝の鐘の九時を待った。


 日が沈み、死臭に包まれる夜の時間がやって来る。
 ゴーンゴーンと鳴る音は、就寝の鐘の音である。
 その時間に、俺達四人は集合をしていた。
 まあ一人は縛られたままだがちゃんと揃っている。


「逃げないって言ってるのに、逃げないって言ってるのに!」


「いやお前は手を放したら逃げるだろ。敵が見つかったら放してやるわい」


「あんた達うるさい。もう時間がきているんだ。ちょっと静かにしろよ。それでマルクスさあ、ここから動かなくていいのか?」


「ああ、ここで待つことこそが重要なんだ」


 グールを探す方法はまだ見つかっていない。
 だから俺は他部隊との会議を行い、一つの提案をしたのだ。
 神都の内を四分割して、その一区画のみに人員を集中する事を提案し、他の区画を切り捨てると。
 外れるリスクはある。
 ただ、当たりさえすれば、何かしらの手掛かりが得られるはずだと。


 他の隊長が、新米の隊長が何をと一笑にす所だが、今までなんの手掛かりもなく、十日もの時間が流れている。
 だからこそ、俺の意見が聞き入れられた。
 ただ失敗すれば全責任をおわされだろう。
 隊長の職も解任されるかもしれない。
 だが元々クジで決めた様なものなのだ。
 俺にとっては隊長の職の有無など、気にする程の物でもなかった。


 一時間程の時間が流れ、その瞬間がやって来た。


「きゃああああああああああああああ!」


 来た、当たりだ!
 しかも近いぞ!


「行くぞ皆! 敵はこの近くだ!」


「私の準備は万端だよ!」


「やっとか! 腕が鳴るわい!」


「ああああああ、行きたくない! ロープを切ってくれええええええええ!」






 そして俺達四人は現場に向かった。



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