一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

24 小さく大きな物語8

 南にある町、その町はガーデンの砦の町と言う。名前の通り、町、と言うよりは砦と言った方が近い。そもそもこの町は、一つの砦に人が集まり、発展して行った経緯があった。砦の中に町が有ると言った方がいいだろう。屋上の広場には空も見えて、野菜とかも作られているらしい。


 まあ何処かで聞いた事があるかも知れないが、一応そんな町の説明だ。俺はこの町を直ぐにでも出発したかったのだけど、人間には眠る時間も必要だし、食べる物も食べなければならない。馬もそろそろ休ませなければと、全員が絶賛休憩中だった。


 宿で軽く眠っとこうと思った俺だけど、その心地よさに、随分と眠ってしまったらしい。外からは、昼を知らせる鐘が鳴っていた。背伸びをして、隣を見ると、ストリアとリッドも、まだ眠っている。


 たった数日の旅だったはずなのに、疲れがたまっていたのだろう。リーゼさんは、この場に居なかった。買い物にでも出かけたのか? 俺も少し動こうと立ち上がり、町の中を散歩することにした。


 空でも見ようと、中層階の広場に行ってみた俺は、ボーっと外の景色を眺めていた。この場には、外を見張って居る兵士が数名と、ここで休憩している人間が、数人居るだけだ。そんなのんびりした空間の中で、この一つ上の上層階から、女性と同士が争う声が聞こえる。


 俺はその声の方向を見上げ、状況を見た。ここからでは良く見えないけど、これは剣と剣がぶつかり合う音か? 激しいぶつかり合いが続いている。


「どうしたのミレニア! よくその程度で、この私に挑めたものね? 貴女みたいな雑魚じゃ、話になりません! もう諦めて降参しなさい! また何時もの様に、私に従っていれば良いの!」


「私はまだ負けてない! 私は貴女に、負けてやらないんだ! くらえええええええええええええええ!」


 ガンガンと鳴り響いたその打ち合いも、もうそろそろ決着がつこうとしている。 一応落下防止の為に、少し高くなっている場所から、女性二人の姿が見えた。


 追い詰められているのは、年齢としては、十六か十七か、そのぐらいの女性で、俺と同じぐらいの年齢だと思う。髪はピンク、いや紫か? そんな色をしている。身長は俺より少し下ぐらいで、武装をしているから、この町の兵士か、傭兵かなにかだろう。


 その女性を追い詰めていた女性は、長い金髪にウェーブがかかり、キリリとした顔の、良い所のお嬢様と言って良いぐらいの女性で、二人共同じ鎧を着ている。


「はあああああああああああああああああ!」


「いやああああああああああああああああああ!」


 最後の瞬間、紫髪の女性の剣が弾き飛ばされた。その剣は、上層階から、この中層階に向かって飛んできている。終わったなと思った俺だったが、その女性はまだ諦めてはいなかった。


 余程戦いに夢中になっていたか、紫髪の女性は、その剣を掴もうと、後ろへと跳んでしまった。飛ばされた剣を掴んだは良いけど、彼女の足場はもう存在しなかった。高さは約六メートル。打ち所が悪ければ、死ねる高さだ。


「ミレニア!」


 そこまでやる積もりがなかった金髪の女性が、彼女に手を伸ばすのだが、その手は落ちて行く彼女に届かなかった。自分の状況に気づいた紫髪の女性が、悲鳴を上げながら落ちてきている。


「…………ぁぁぁぁあああああああああッ!」


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 驚いた俺だが、咄嗟に受け止めようと、必死に走った。殆どギリギリで間に合い、落ちてきた女性を受け止めようと踏ん張るのだが、予想以上の重さが、俺の腕から脚へと伝わっていく。


 正直後悔するような重さだった。それでも踏ん張れたのは、彼女の命が掛かっているからだ。 衝撃を殺しながら、前に倒れ、一回転して前の壁にぶつかった。


「痛ってぇ…………」


 落ちてきたミレニアは、気を失っているが、命には別条ないらしい。無事なのは良かったけど、今考えると、彼女の持っていた剣が刺さっても、おかしくなかった。ちょっと怖くなってしまう。


 上を見上げ、もう一人の彼女と目が合った。ミレニアが助かったことに、ホッとしている。それもミレニアが目を覚ますまでだったが。無事を知ると、直ぐに居なくなってしまった。


「なあ、生きてるか? お~い」


 頬を軽く叩いてみたら、ハッと目を覚ましたミレニアが、俺に抱かれていることに驚き、手に持った剣をブンブンと振り回した。


「な、何ですか貴方。 一体私に何を! は、放してください!」


「危な! おいコラ、助けてやったのに剣を向けるなよ! ちょっと、ほあッ!」


 何故助かったのか理解し、ミレニアが動きを止めた。そんなミレニアの剣が、俺の喉元近くに、突き立てられている。もう少しで死ぬところだった。


 …………助けたら殺されたなんて嫌だぞホント。


 落ち着いた彼女をゆっくり降ろし、立ち上がった俺に彼女が頭を下げた。


「あ、ありがとうございました。助けて貰ったのに、失礼なことをしてしまって。本当にすみませんでした」


「いや、分かってくれれば良いんで。 それより、何であんな場所で戦っていたんだ?」


 顔を上げた彼女が、俺を見た。脚の先から頭の上まで。俺の武器や鎧の状態を見て、ある程度の実力が有ると確認したミレニアが、重い口を開いた。たぶん鎧を汚したりしたのが良かったんだろう。


「…………私は、ミレニアと言います。さっきの彼女、ライラックとは、小さい頃からの幼馴染だったんですけど、私とは生まれも育ちも違うせいか、彼女との実力は開く一方だったんです。私は彼女と同等になりたかった。だから、勝負を挑んだんです。 …………結果は、見ての通りですけど…………」 


「まあそうだな。どんだけその想いが強くても、実力なんてそう簡単に覆らない。俺もよく分かるぜ。俺の仲間も、皆俺より強いからな。勝てるとしたら、運が良かったとか、そんなのばっかりだ。本当に勝ちたいのなら、今後も努力を続けるしかないな」


 相手だって努力しているんだ。どれだけ努力を続けても、勝てないものには勝てないという現実もある。努力をした者が、全て闘技場のチャンピオンになれるかといえば、成れるはずがないのだ。


 だからこそ知恵を絞り、罠を仕掛けたり、人の力を借りたりと色々するのだが。 …………それは言わない方が華だな。


「あの、頼みがあります。見た所、貴方は旅の人ですよね? 私を、鍛えては貰えませんか? こんな時代に旅をしている強い人なら、私を強くしてくれるんじゃないかと思って」 


 彼女のことは同情出来るけど、俺も急ぐ旅なのだ。この町には長く滞在出来ないし、一時間、二時間で、簡単に勝てる特訓なんて思い浮かばないぞ。ただ、特訓は無理でも、一つ方法を思いついた。 それで彼女が強くなるかは運だが、やってみる価値はあるかもしれない。


「分かった、じゃあ少し、ついて来てくれ。俺の仲間の元に案内するから」


「はい! ありがとうございます!」






 俺はミレニアを連れて、仲間が居る宿に向かった。俺が彼女にやろうとするのは、リーゼさんとリッドによる、魔法の伝授だ。彼女が、何かの魔法を覚える事が出来るのなら、その力は飛躍的に増すだろう。



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