一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

19 天の軍団。

 空に有った光に向かい、イバスはその正体を見た。 その光の中に居たものは、アストライオスと似た、天使の像が十体。 その中心に佇むのは、この軍勢のトップだろうか、他とは違い、赤色のラインが体に記されていた。


 その十機体後ろに、百は居るかと思われる、天使の軍勢が並んでいる。 その全員が武装をし、剣や槍、槍の刃の横に、鎌の様なものが四つも取り付けてある、知らない武器まである。 こんな軍団で来るとなると、どうにも友好的とはいかないらしい。


「先輩、行っちゃいましょう! 俺達で一気に殲滅っすよ!」


「あの数なんだよ。 僕達だけで殲滅出来る訳がないだろ! 話し合いでも何でもして、友軍が来るまで待つんだよ!」


「わっかりやした! じゃあ俺があいつ等を説得してみるっす!」


「いや、僕一人で充分だから、君は少し黙っていてくれ」


 俺はバベル君を制止した。 喋られると、おかしなことに、なりかねない兼ねないから。 俺はアストライオスの武器を出さず、その軍団の前に、ゆっくりと進んだ。


 相手は俺の出方を見続けている。 襲って来ないのだけ、まだ望みがあるのだろうか? そのまま俺が一定の距離に近づくと、中心に居た隊長機が剣の刃を向け、その機体に乗ってるであろう、天使の声が聞こえた。


「そこで止まれ! その機体は、我が兄の物で間違いはない。 だが、私の兄が乗っているとは思えんな。 だとすると、その機体に乗っているのは一体誰だ? お前は一体何者だ!」


 この声は女、だと思う。 少しハスキーな声だが、たぶん間違いはない。 このタイミングで、変な挑発をするよりは、ちゃんと自分の名を名乗るべきだろう。 俺は胸のハッチを開き、生身を晒して挨拶をした。


「あの、僕は王国で兵士をしているイバスと言います。 隣にはもう一人、バベルという見習い兵士も乗っています」


「宜しくっす!」


「それであの、皆さんはこの王国に、一体何の要件でしょうか?」


 天使の女は、此方に顔も見せずに、体勢を維持したまま、俺達に返事をした。


「私が来た理由だと? その機体の回収に決まっているだろうが! それは兄の物なのだ、お前達には、使う資格などない! 大人しく渡して貰おうか!」


「それで帰ってくれるのなら、これを返すのは構いません。 では引き渡しますから、地上に降りますね」


 俺がアストライオスを使い、地面へと降下しようとするのだが、この天使の女に、それを止められてしまった。


「待て、何故私達が、下賎な人の地に降りなければならんのだ。 今貴様達が、この場で飛び降りれば良いではないか。 それで終わりにしてやるのだ、寛大な処置であろう」


「ええッ! 先輩、俺死にたくないっす!」


「そりゃ僕もだけど…………」


 天使に関わると、酷い目に遭うという噂は、本当だったらしい。 俺もこんな所で死にたくはないのだが、俺がアストライオスを動かしたから、天使達に知らせが行ったのかもしれない。 だとしたら、これは俺の所為だ。 使えるからと持って来てしまった、俺が悪い。


 戦うとなれば、相手の戦力は、このアストライオスの、十倍はあると見ていいだろう。 バベル君には悪いのだけど、こんな戦力と戦って、大勢の犠牲を出すよりは、この場で飛び降り、二人の犠牲で済ませるのが正解かもしれない。


 地上からこの場所まで、たぶん千メートル以上はある。 地上に叩きつけられれば、どう考えても死ぬしかない。 しかし、この国は王国なのだ。 誰か地上で受け止めてくれる人間が、居るのかもしれない。 その可能性としては、どのぐらいだろうか。


 少し、今日デートをしていた、フレーレさんの顔を思い出した。 彼女だったら、あるいは…………。


 横のバベル君を見ると、首と手を全力で振り、絶対拒否の姿勢を見せている。 俺一人飛び降りたとしても、バベル君が飛び降りてくれなければ、無意味になる。


 このアストライオスは、バベル君一人でも操縦できてしまうからだ。 流石にバベル君と殺し合う訳にはいかない。 残る道は…………。


 王国の戦力を信頼し、誰一人犠牲を出さないことを、期待するしかないだろう!


「如何した、飛ばんのか?」


「あの~、出来れば死にたくないんで、誰か一人だけでも、地上に降りてくれると言うのは?」


 俺のその問に、天使全員が、武器を此方に構え出した。 飛び降りなければ、殺してでも奪い取る。 相手はそう言いたいのだろう。


「ご、ごめんなさい。 もう少しだけ、待ってださい。 二人で飛び降りる覚悟を決めますから」


「えええ、先輩、何言ってるんですか! 俺っちそんなの嫌ですって! 死にたくないですって!」


「でも飛び降りなければ、この天使達が王国を攻撃するよ? たぶんきっと、手が滑ったとか言って、町とか破壊しちゃうかもよ?」


「お願いします。 彼を説得する時間を、少しでも良いので」


「ふん、いいだろう。 一分だけ待ってやる。 それが過ぎたのなら、実力行使で奪い取ってやるぞ」


 バベル君はギャアギャアと騒いでいる。 だが俺はもう決めたのだ、この場から飛び降りるのではなく、この天使の軍勢と戦い勝つと。 だからこそ、少しでも時間を稼いでいた。 この一分という短い時間であっても。


「い、嫌ですって先輩。 飛び降りるなら、一人でやってくださいっす! 俺っちは逃げますから!」


「まだ時間はある、バベル君、ゆっくり考えてくれ」


「嫌です、嫌です、いぃやぁでぇすうううううううう!」


 そして、俺はバベル君を、説得する振りを続けている。


十秒。


二十秒。


三十秒。


四十秒。


五十秒。


 もうギリギリだ。 バベル君の服を掴み、俺は一気に胸のハッチを閉めた。 閉じる直前、隙間から矢の数本が射かけられ、俺達の体を掠めて、座席の部分へ突き刺さった。


「あッぶな!」


「怖! ちょっと先輩、危うく死ぬ所だったじゃないっすか! なんて所に連れて来てくれるんっすか!」


「文句は生き残ってから聞くから、今は我慢してて!」


 アストライオスを更に高く飛び上げ、敵の上空で、ピタリと制止した。 一斉に襲い掛かって来る天使の軍勢に、アストライオスの剣を取り出し応戦し始めた。


 敵の攻撃を一身に引き受けた俺だが、このままでは持たないのは分かっていた。 後だけは取らせまいと、アストライオスを後退させ、敵の攻撃を少しでも凌いでいる。


「もう駄目っすよ先輩! こんな状態じゃ、もう勝てませんよ! 逃げましょう!」


「知ってるよ! でも、もうちょっとだから!」


 後ろ以外は全て敵だらけ。 このアストライオスと、同格と思われる天使達の攻撃は、徹底的に熾烈を極めた。 巨兵に乗っていない天使は無視するとして、隊長機以外の九機の攻撃が、アストライオスの機体にぶつかる。


 このアストライオスが、いくら頑丈だとはいえ、あまり攻撃を受けすぎては壊れるかもしれない。 希望を待ち続けた俺に、黒色の光明が現れた。


「来た!」


 敵隊長機の後ろから、猛烈な速度で迫る影がある。 あれは…………べノムさんと、フレーレさんだ! べノムさんの体にしがみ付き、フレーレさんまでもが空に上がっていた。


「突っ込むのよべノムー! まず彼奴を落とすわよー!」


「応よおおおおおおおお!」 


 フレーレさんが、盛大な飛び蹴りにより、敵隊長機の背中を、思いっきり蹴り飛ばした。 その蹴りにより、機体が上空へとふきとばされ、天使の女が驚いていた。


「な、なんだとおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「ここだあああああああああああああああああああああああ!」


 俺は残りの敵の攻撃を無視して、その隊長機へと斬り掛かった。


 ザシュン!






 敵機の翼が斬り裂かれ、その機体が地上へと落下して行く。 あの機体は地上の皆に任せて、俺達は残りを倒すとしよう!



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