一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

14 そのスイッチは、謎に包まれている。

 あれからアストライオスを使い、討伐目標の近くまでやって来ていた。 此処からでも相手が見えていて、自分の目でも確認できている。


 相手はアストライオスより一回り程大きく、見る限りでは、巨大な猿の魔物らしい。 他に特徴はみられないが、力だけは相当あるのは分かった。


 そして、此方から見えているという事は、相手からも、見られているということだ。 相手は此方を見つめながら、様子を見ている。 相手にしても、これ程巨大な物体に、警戒しないはずがない。


 フレーレさん達三人を降ろし、危なく無い場所で、待機して貰っている。


「イバスく~ん、私達は近くで見てるからー! もし危なくなったら呼んでねー!」


「はい、その時はよろしくお願いします!」


 合同討伐とはいえ、アストライオスの性能テストも兼ねている。 このアストライオスだけで、対処出来なくなったら、ようやく三人の出番となる。


 アストライオスの力を証明する為にも、出来れば俺達だけで倒したい。


 さて、今回はフレーレさんとの戦いとは違い、これは本物の実戦である。 相手のスピードも、その強さも、何もかもが分かっていない。


 この戦いに、勝利出来なければ、アストライオスの使い道が、限られてくるだろう。 この大きさで、中型タイプしか、相手に出来ないとなると、ちょっとカッコ悪いと思うのだ。


「先輩! 正面からぶつかっちゃいましょう! 俺っち、それが良いと思うっす!」


 このアストライオスには、拳以外の武器が無い。 いや、もしかしたら、有るのかもしれないのだけど、どうやって使うのかも分かっていない。


 この巨体では、隠れたりも出来ないし、結局の所、正面から殴り合うしかないのだから、バベル君の案で行くしかないのだ。


「じゃあそうしようか、結構揺れるかもしれないけど、しっかり摑まっててね」


「うおおおおおおお、燃えるっすねえ! い~っちゃいましょう、先輩!」


「じゃあ…………行くぞおおおおおおおおおお!」


「おおおおお!」


 ガシャンガシャンと進みだす、アストライオスに気づき、相手の巨猿も、突っ込んで来ている。 


 ガシャン ガシャン ドシン ドシン ガシャン ドシン ガシャン ドシン ドガッバアアアアアアアアアアン!


 二つの巨体が、頭からぶつかり合った。 巨猿の体を仰け反らせるのだが、此方は相手に吹き飛ばされてしまう。


「うおああああ! 不味いっすよ先輩、彼奴にマウント取られたら勝てないっすよ?!」


「くぬうううううううううう! 始まったばかりで、負けて堪るかあああああああああ!」


 何とか空中で体勢を立て直し、膝を突きながらも、ズザっと持ちこたえた。 やはり相手との体格の差が出ている。 速さにおいても、向うに分があり、このままぶつかり合ったとしても、アストライオスは勝てないだろう。


「先輩、ここは相手の攻撃を躱して、カウンターで一発いっちゃいましょう!」


「カウンターね…………」


 出来なくはないのだが、相手の方が力もスピードもあり、躱されるリスクも高い。 落とされるのが怖くて、今まで使わなかったのだけど、相手は地上の生物で、飛ぶ事は出来ない。 空に上がって、制空権を取ってしまうのも、良いかもしれない。


「一度飛ぶのを試してみる。 バベル君は、危なく無い様に、何処かに掴まっていてよ」


「了解しやした~!」


 アストライオスは、大地を踏みしめ、一気に上空へと跳びあがった。 アストライオスの、背中の翼が開き、鋼鉄の巨体が、空中で制止した。 巨猿も負けじとジャンプするのだが、この高さまでは届いていない。


「先輩、ちょっと問題があるっす。 何か俺っち、今気づいたんすけど、どうも高い所が駄目らしいっす。 何か、足がガクガクしてます」


「じゃ、じゃあ目を瞑っておいてよ。 後は何とかしてみるから」


「大丈夫っす!頑張って、目ぇ開けてます!」


 そう言った俺も、この景色は、正直怖かった。 アストライオスの中は、透明な板の上に居る様なものなのだ。 この中に居ると、自分が空から落ちている錯覚さえしてきている。


「よ、よし、攻撃するぞ! おりゃああああああッ!」


 巨猿が跳びあがったタイミングを見計らい、俺はアストライオスを、一気に降下させ、強烈な蹴りを放った。 巨猿の腕をすり抜け、その頭に炸裂させた。 巨猿は空中から押し返され、背中から地面に激突した。 背中から落ちた巨猿は、ズザザザっと地を滑って行く。


「やりましたね先輩! これで勝ちましたよ、あはは!」


「まだだよ、一発で勝てるなら、苦労しないよ! ほらもう立ち上がったし! もう一回飛ぶから、気合入れといてよ!」


「了解っす!」


 巨猿も警戒して、跳ばなくなっている。 もう一度当てるのは、難しいかもしれない。 何か別の武器さえあれば、もう少し優位に戦えるのに。 落ちている岩でも握って、ぶん投げてみようか?


「あ、先輩、何か椅子の横に、変なスイッチがついてますよ。 ちょっと押してみるっすね。 あはは!」


「ま、待って! 変なボタン押したら、どうなるか分からないから!」


「あ、もう押しちゃったっす! すいやっせん。 あはは!」


 バベル君が躊躇いも無く、そのボタンを押している。 幾つかボタンがあったのだろう。 ポチポチと押しまくっている。


 そのボタンが押された時。 このアストライオスに、変化が起こった。 アストライオスの背中から、折りたたまれた剣が発射された。


 ありがとう、バベル君と、俺は一瞬思ったのだが、アストライオスの背中の翼まで、ポロっと外れ、俺達は空中から、落下していった。 


「ぎぃにゃああああああああああああああああああああ! バベル君の、馬鹿あああああああああ!」


「す、すいやっせんしたあああああああああああああああああああ!」


 ドッグアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン…………。


 地面に激突したアストライオス。 普通なら死、それも有り得た高度だった。 しかし、アストライオスの機能なのか、かなりの衝撃が、緩和されている。 俺達はまだ死んではいなかった。


「こわッ! 死んだかと思いましたね、先輩! やっぱ俺っち、運が良いっすね! でもまさか、落ちるとは思いませんっしたね。 あはは!」


「これは君の所為だろうがああああああああああああああああああ!」


「あいッた!」


 正直、こういうのは好きじゃないんだけど、俺は横に居るバベルを、ぶん殴った。 やはりこの男は、相棒にしたら俺の命が幾らあっても、足りないだろう。 帰ったらやはり、別の人にトレードでもして貰うとしよう。


 俺がバベルを殴ってる間にも、倒れたアストライオスに、巨猿が襲い掛かって来た。 倒れて居るアストライオスに、巨猿が馬乗りになっている。 巨猿が目の前に居る迫力は、そうとう恐ろしかった。


「駄目だ、動けない! このままじゃ、やられてしまう!」


「先輩、じゃあもう一度、ボタンを押してみるっすよ。 じゃあポチっと。」


「ちょっと、またピンチになったら、どうするの?! お願いします、もう動かないでください!」


 やはりボタンを押してしまったバベル君だが、そのスイッチが、外れていた翼を再びシャキーンと、装着させた。


 その装着に、巨猿が巻き込まれ、馬乗りになった両足に、大きな傷を負ってしまった。 巨猿は、痛みにより、叫び声を上げている。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 傷を負ったというのに、その巨猿の攻撃は止まなかった。 アストライオスの、その顔や、体を、殴り続けている。 しかし、アストライオスの角ばったボディは、巨猿が攻撃を続ける度に、その拳に、逆にダメージを与えている。 このアストライオスは、相当硬く作られているらしい。


「何か危なそうだったからー、一回だけ助けてあげるわね」


 もう少し待って居ようと思っていたら、俺がピンチだと思ったフレーレさんが、巨猿に向かって、蹴りを放った。 馬乗りになっていた巨猿が、頭に強烈な蹴りをくらい、吹き飛んで行った。


「ありがとうございます、フレーレさん!」


 俺は再びアストライオスを立ち上がらせ、先程飛び出した剣を拾った。 巨猿は頭を揺らされたのか、足元をフラフラしながら、立ち上がっている。


「これで、最後だああああああああああああああああああ!」






 持った剣を構えさせ、一気にアストライオスを疾走させた。 腰の辺りから斬り上げられた剣が、相手の体を、二つに分割していった。



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