一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

12 小さく大きな物語5

 シャインの特訓によりパタリと倒れた俺は、地面に突っ伏したまま本当に動けずにいた。 呼吸をする事で手一杯で、言葉を喋る事も出来なくなっている。


 たった一週間だが、されど一週間ともいう。 体力訓練に一日。 寝る以外は全て飛んだり走ったりの訓練に費やされ、次の三日間は戦闘の基本を体に叩きこまれた。


 手解きするような優しさはなく、全てが対人戦により覚えさせられた。 そして最後の三日間は水と塩だけを与えられ、戦いの間に飲んで舐めろと言われ、俺は永久にシャインと戦い続けた。 休む事もさせてもらえず、眠る事もさせてもらえずに。


「ハッハッハッハッハッハッハッハッ…………」


「ふむ、本当に限界らしいな。 …………やはり三日徹夜はやり過ぎだったか?」


 俺はこんな風になってるのに、シャインはけろりとした表情をしていた。 俺と全く同じ訓練をしていたというのに、まるでこれが普通だと息も切らしていない。 一流の戦士というものはこれ程なのかと思ってしまう。


「今日の訓練は、これで終わりにしてやる。 お前はこの場で少し休んでいると良い。 ちゃんと息を整えて、充分に休んだら帰って来い。 私は家に帰って、掃除でもしておくからな」


「ハッハッハッハッハッハッハッ…………」


 返事も出来ない俺は、帰って行くシャインを目だけで追うと、微妙に足取りがふら付いているのが見えた。 やっぱりシャインも無理していたのだろう。


 動けない状態の俺だが、幸いこの村の中は安全だ。 陽気も良いし、言われた通りにちょっと休んで行こう。 瞼を閉じた俺は、そのまま気絶するように意識を失った。


 どれ程の時間そうしていたのか分からないが、俺が目を覚ました時には外が真っ暗になっていた。 体はまだだるく重いが、動けるまでには回復している。 まだ眠いのだが、眠さよりも腹の減り具合の方が気になっていた。 気を紛らわす為に手持ちの水を飲み干し、なるべく急いで家路についた。


 自宅前、家の中から話し声が聞こえてきている。


 これは男の声か?! 知ってるぞ、これは隣の家のデトロイトさんの声だ! まさか奥さんが居るというのに、シャインにまで手を出そうというのか?!


 バッと扉に耳を当てて聞き耳を立てたのだが、中から聞こえる声は一人では無かった。 村長とか他にも何人かが居るらしい。 シャインに何か重大な話でもあるのだろうか?


 俺は家に入るのを躊躇ためらい、そのまま話に耳を傾けた。 代表して村長が話ているらしい。


「シャインさん、もう一度言わせてもらいます、この村の為に力を貸してもらえませんか? 貴女達が手をかしてくれなければ、この村を滅ぼすと言って来ているのです。 どうかお力をお貸しください」


「…………この村には世話になっているが、何度頼まれたとしても、そんな頼みは聞けはしない。 私達に王国を滅ぼす手伝いをしろ等と、よくそんな事が言えるものだ。 国を捨てたとはいえ、あの国には大勢の友がいるのだ、そんな事が出来る訳がないだろう!」


「しかし応じないとなると、ブリガンテからの軍がやって来てしまいます。 幾ら貴女達が強いからといって、大勢の兵に囲まれては無事には済まないでしょう。 そんな戦いとなれば、貴女の子供も生き残るのは難しいと思いますよ。 だからどうか力をかしてください」


「クッ…………分かった、伝えるだけは伝えてやろう。 しかし私達には、この村を捨てる事も出来る事を忘れるなよ」


「…………承知しております」


 軍が攻めて来る? どうも不味い事が起きているのかもしれない。 王国を滅ぼす為に力を貸せとは、戦争でも始めようとしているのだろうか…………。


「…………ではお願いしましたよ」


 シャインに頼み事をしていた大人達が、全員帰ろうとしていた。


 今あの大人達に見つかるのは不味い。 無いとは思うが、俺を人質にでも取ったら、シャインはその頼みを受けるしかなくなってしまう。 なるべく音を立てない様に移動し、俺は皆が帰るのを待ち続けた。


 全員が視界から居なくなり、俺は家の扉をバンッと開けた。


「今の話は何だよシャイン、俺全部聞いていたんだぜ! 何か危ない事があるなら俺にも相談してくれよ!」


「そうだな、お前にも関係ない話ではないし、ちゃんと話しをしてやろう」


 シャインの話が始まり、先ほどの話の全貌が見えて来た。 王国という国は周りの国を敵に回し、今随分と危うい状況らしい。 そんな王国に止めを刺す為に、この大陸の四国が手を結んで滅ぼしに掛かる算段だという事だ。


 しかし戦力に関して王国の力は強大で、その四国だけでも危ういという。 そこで及びが掛かったのが、この村で暮らしていた、元王国の民の俺達だった。 


 この村はブリガンテに属している村である。 俺達の事は外に漏れない様にして来たのだが、ブリガンテの軍にはもう存在が知られていたらしい。 何時か何かに使えると見逃されて来た俺達に、ついに使い道が見つかったという事だろう。 そしてそれに従わなければ、大群を以ってこの村を滅ぼすと。


「それでシャインは如何どうする積もりなんだ、まさかそんな話に乗る訳じゃないよな?!」


「迷っている。 …………一度は敵対したとはいえ、あの国は私の故郷だ。 あの国の兵士がいくら強くても、暮らしている全員が強い訳じゃない。 戦いも知らない大勢の民間人を相手にするのは、剣を向けて来る相手を倒すのとは訳が違う。 それはただの虐殺で、私はそんな事をしたくはない。 …………だがそれをしないとなると、この村が襲われる事になる。 今更この村を見捨てる事も出来ないんだ」


「兎に角俺は皆に知らせて来るよ。 一人だけで考えるより、何か良い方法が見つかるかもしれないから!」


「そうだな、じゃあ手分けして全員を集めよう。 レティ、寝ている奴は叩き起こしてやれ」


「おう!」


 手分けして旅した仲間を集め周り、全員を家に集めた。 その中にはストリアの姿もあるが、リッドは呼ばれなかった。 この問題は移り住んで来た俺達の問題だからだ。


 家の中に呼ばれた者達は、三十五人。 殆どがダラケタ表情をしている。 だがシャインの話を聞き始めると、皆の顔付きが変わっていった。


「クッソがああああああああああ! そんなもんどっちも選べねぇだろうがよ! 今更戦争に加担しろだぁ?! 舐めるのも大概にしやがれ!」


「落ち着いてよべノム、そんなのどっちも選ばなければ良いだけでしょ。 村の皆を全員移動させたりしちゃおうよ」


「ッ…………ああクソッ、出来なくはねぇが、俺達の事は監視されていると見て良いだろうぜ。 それが村の中なのか外なのか知らねぇが、簡単にゃ出来ねぇよ。 俺が王国に知らせを出すにしても、それを知られたらこの村も危ういだろうな。 今監視されてないとすりゃあ、精々ガキ共だろうよ」


 皆が俺の顔を見ている。 しかしまだ無理だと顔を反らせてしまう。 シャインもその意見に反対している。


「レティを使いに出すなんて私は反対だぞ! 魔物が出る危険な旅だ、子供が生き残れるわけがない!」


「まあな、知らせた所でどうにかなるとも思えねぇし、子供だけで旅が出来るとも思えねぇ。 この方法は却下だな」


 この場に居る子供は八人。 その内本格的に訓練しているのは五人で、俺とストリア以外は大分歳が若い。 そしてストリアを危険な目に遭わせる事は出来ない。 これは俺にしか出来ない事だとそう思ったら、俺はもう大声で叫んでいた。


「待ッたああああああああああああああああ! 子供しか駄目なら俺が行ってやる、俺が皆を助けてやる! 魔物だって俺一人でどうにかしてやる、だから俺に行かせてくれよ!」


「馬鹿な事を言うなレティ、お前一人で旅が出来る程、この世の中は平和じゃないんだぞ。 妙な事は考えるな!」


 そんな俺を止めようとするシャインだが、この俺の提案に、一緒に行くと言ったのはストリアだった。


「だったら私も行ってやる、レティが行くのなら私も行ってやる! この村を救う為だ、良いだろ母さん?」


「ええ、やれるだけやってらっしゃい、この私は応援してるわよー!」


 ストリアの母ちゃんは、止めるどころか行くのを進めている。 どうあっても付いて来そうだ。 ストリアに行かせない為に立候補したのに、これじゃあ意味が無かったな。


「駄目だ! 一人が二人に増えた所で、簡単に旅が出来る訳がないだろう、諦めて他の方法を探すんだ!」


 そんな言葉の応酬が続いている所に、一組の親子が乱入して来た。 ドバンと開けられた扉の外には、リッドとその親であるリーゼさんが立って居た。 リーゼさんは昔各地を旅していた事があると聞いた事がある。 何時も魔物討伐にも参加して、その腕前も悪くなかった。


「マッドから話を聞かせて貰ったわ! 二人で駄目なのなら、四人だったら良いのでしょう? 私が付き添って、王国まで連れて行ってあげるわ! 私は貴方達の仲間じゃないし、きっと見張りも居ないと思うわよ」 


「レティ、ストリア、さあ僕達四人の旅が始まるよ! 二人共、早く準備を!」


「やるじゃんリッド、お前を見直したぜ!」


「私は二人でも充分だったけどな」


「レティ、ストリア、それにリッド、お前等本当にやるつもりか? 旅の途中じゃ誰も助けちゃくれねぇんだぜ?」


「おうよ、俺はもう決めたんだぜ! べノム爺ちゃん俺達に任せといてくれよ、絶対戦争を止めてやるからさ!」


「私はレティを待つなんてガラじゃないんだ、だから一緒に付いて行く! 死ぬにしても二人一緒だ!」


「僕もさ、村が危険だからって何もしないのは、僕の性に合わないんだ!」


「…………そうかい、じゃあお前等に任せるぜ。 だから、死ぬなよ」 


 俺達の答えを聞いたべノム爺ちゃんは、俺達の事を認めてくれたらしい。 だから一言いってやった、精一杯の声でその一言を!


「おう、任せとけ!」


「おい待てレティ、私はまだ行かせるとは言ってないぞ! おい!」


 シャインは俺を止めようとしているが、俺はシャインの言葉を聞かず、自分の部屋に必要な物を取りに行った。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 レティの元へ追いかけようとシャインが動き出している。 それを止めたのは、べノムの奥さんのアスタロッテだった。


「シャインちゃん落ち着いて、この村に居ても子供が危険な事は変わりないのよ。 子供だけでも逃がせると考えたら、これも良い方法だわ。 あの子達じゃ万人の兵隊には勝ち目が無いけど、一匹二匹の魔物なら充分倒せるわ。 だから、信じましょう」


「でも…………私はまだ見守っていたいんだ!」


「ええ、そうね、親は皆そうよ。 …………でもね、もう巣立ちの時が来たのよ。 私達はもう必要ないの。 だからね、あの子の事は信じて待ちましょう。 ほら、あの子が戻って来ちゃうわよ、そんな顔してないで、元気に送り出してあげなさい!」


「…………そうだな。 …………うん、ありがとうロッテさん」






 泣きそうな顔を上げて、シャインは何時もの顔へと戻って行く。 レティが再び降りて来た時、シャインはレティを送り出した。



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