一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

7 最強との戦い。

 このフレーレという人は、王国で最強クラスと言われる兵士だ。 長い白髪で、左手と右脚はゴツゴツとした甲殻に覆われている。 そのフレーレさんが大地で構え、アストライオスの動きを窺っている。 子犬と像程の体格の差があるというのに、一切怯んでいなかった。


「さあ、何処からでも掛かっていらっしゃい!」


「行きますよフレーレさん、このアストライオスの力を見せてあげます」


「イバスさん、今こそ私と貴方の愛の力を見せる時です! さあ二人で障害を排除しましょう!」


「お姉ちゃん、此処には私も居るんだけど? もう一度殴り合った方が良いのかしら?」


「止めて、今喧嘩しないで!」


 一応俺の言葉で喧嘩を回避できはしたけど、まだ一触即発な雰囲気が漂っている。 戦いに集中させて欲しい。


 二人がまた喧嘩を始める前に、俺はアストライオスに構えを取らせるのだが、フレーレさんを前に、少々攻めあぐねていた。 相手は人で、しかも女性なのだ、もし攻撃して潰してしまったらと、動けないでいた。


「来ないのならこっちから行くわよー! はあああああああああああッ、とりゃあああああああああああああああ!」


 俺の躊躇いを見越してか、フレーレさんからの攻撃が始まった。 強靭な脚力により、フレーレさんは跳びあがった、この十五メートルはあろうかというアストライオスの頭の位置までも。 勢いはそのままに、フレーレさんの激しい蹴りが、アストライオスの顔に炸裂した。


「なッ、こんなレベルなのか?! うおわあああああああああああああ!」


「「きゃあああああああああああああ!」」


 これ程の巨大な物体が、その一蹴りだけで後へと押し倒されて行く。 そのままドシンと倒れたが、この中にはそれ程の衝撃は来なかった。


 舐めていた、この人に手加減して勝てると思っていた自分が馬鹿みたいだ。 強化魔法でも使っているのかもしれない、此方も全力で行かないと、軽くやられてしまいそうだ。


「あら、もう終わりかしらー? 大きいだけで期待外れだったわー」


「イバス、私達が付いているのよ、あんな女に負けてるんじゃないわよ!」


「イバスさん、きっと勝てますよ! まだ諦めないでください!」


 二人が俺を応援してくれている。 俺が倒れるのはまだ早いらしい。


「ありがとう二人共、まだこの位じゃやられません! さあフレーレさん、此処からが本当の戦いですよ!」


「それは嬉しいわ。 じゃあ直ぐに立ち上がりなさい、敵は待ってくれないわよー?」


「分かっています!」


 アストライオスを立ち上がらせると、俺は再び戦闘体勢を取った。 それを待ってくれているのは、このアストライオスの力を見たいからだろう。 立ち上がるのを嬉しそうにしている。


「今度は全力で…………行きます!」


「ええ、私を楽しませて頂戴ね」


 フレーレさんはその場を動かず、今度は先に俺が動いた。 鋼鉄の拳がフレーレさんへと振り下ろされた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 バァン! と、途轍もない音が響いた。 それはアストライオスが地面を打ち付けた音ではない。 アストライオスの拳に、フレーレさんの拳がぶつかった音だった。


「まだまだ、こんなものじゃないわよね? これじゃあやっぱり期待外れよ。 もっと全力で、魂込めて殴りつけなさい!」


 振り下ろした拳は上空に、フレーレさんの拳も下へと弾かれている。 つまり、このアストライオスとフレーレさんは互角だという事だ。 本当に恐ろしい、こんな人と生身で戦っていたら、俺は一秒ですら生きて居られなかっただろう。


 しかし、今は違う。 このアストライオスに乗っている間は、俺は彼女と同等の力を手にしているのだ。


「もう一度おおおおおおおおおおおおおお!」


「はあああああああああああああああああああ!」


 ドバンドバンと打ち合いが続き、十度二十度と繰り返される攻撃が、フレーレさんの表情に変化を起こした。 キメラ化しているとはいえ、その体は人に近いものだ。 例えいくら強くても、その体には疲労がたまっていたのだろう。


 しかし何故だろう、真面に撃ち返さなくても、フレーレさんにはもっと戦い方があるというのに。 あのスピ―ドでかき回して、背後や足元を狙えば簡単に勝てるかもしれないのに。 まさか、手加減されているのは此方なのでは・・・・・。


「まだまだ、私はまだ行けるわよー! 遠慮なんて要らないわ、出来るものならその拳で私を蹂躙してみなさい!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 そして三十二回目の攻撃、同じように拳同士がぶつかり合い、押し負けたのはフレーレさんの方だった。


「くうううううううううううううッ…………うぐぐ……かはッ…………」


 逆の腕でガードし続けているが、鋼鉄の拳がフレーレさんを地に押し付け、その体が地に倒れこんで行く。 べノムさんが応援しているが、これ以上は無理だと思う。


「おいいいいいいいいいいいいい、まさか負けるのかよ! あんなものを入れない為だ、頑張れフレーレ!」


「…………う…………」


 これ以上は不味いと思い、鋼鉄の拳を無理やり止めると、アストライオスから駆け下り、フレーレさんの元へと駆けつけて行った。


 俺が駆け寄ると、地面に少しめり込み、フレーレが倒れて居る。


「だ、大丈夫ですかフレーレさん、アスメライさんに回復魔法を掛けてくれるように頼んでみます。 少し待っていてください!」


「ん、大丈夫よー、ちょっと痛いけど、私は平気だから。 そんな事より・・・・・ねぇ、君の名前を教えてくれないかしら?」


「はい、僕はイバスと言います。 どうぞよろしくお願いします」


「よろしくねーイバス君、ねぇちょっとこっちに来てくれないかなー」


 やっぱり辛いのかもしれない、起き上がる手を貸して欲しいのだろう。 俺がフレーレさんの手を取ると、俺の方が引き寄せられてそのまま抱きしめられてしまった。


「何であれ、私に勝ったのだから、もう私は貴方の物よー。 これからは仲良くしていきましょうね」


「えっ? な、何を…………」


「ああああああああああああああああああああああああ!」


「いやああああああああああああああああああああああ!」


「い、イバス様があああああああああああああああああ!」


「ああああああああああご主人様ああああああああああ!」


 気絶していた二人も回復し、今俺達の光景を見つめている。 俺は後頭部を抑えられ、フレーレさんに一気に引き寄せられた。 あれ程凶暴そうに見えた人の唇が、俺の唇へと振れている。 凄く柔らかく、とても甘い味がした気がした。


 待て待て待て、これは不味い! あまりの心地よさにボーっとしている場合じゃない! 俺には分かる、あの四人の殺気が膨大に膨れ上がって行くのが。


 カシャ、チャキっと武器を構える音がしている。 絶対襲って来る気だ。


「…………ッぅんぐ…………」


 俺は体を離そうと試みるのだが、力の差が酷く、全く放してもらえそうもない。 そんな俺達の元に、武器を持った四人が一斉に襲い掛かって来た。


「死いいいいいいいいいいいいねええええええええええええええええええええ!」


「イバスさんの、浮気ものおおおおおおおおおおお!」


「絶対に、許してなるものかあああああああああああああ!」


「御主人様を、はなせえええええええええええええええ!」


 四人の攻撃は、俺まで巻き込んで殺しそうな勢いだった。 首元に鋭い爪が掠り、頭上からは大きな水が落ちてきたりしている。


「う~ん、今良い所だからー、ちょっと邪魔をしないでね?」


 恐怖でバタバタと暴れる俺を抱えながら、フレーレさんが四人を圧倒して倒していった。 最強って凄い。 四人がバタバタと倒れる中、俺は肩に担がれて、戦利品の様にされている。


「ああ、何時も自分を倒した奴と結婚するとか言ってたからなぁ。 おいイバス、そいつを貰ってやってくれ、他に男もできなさそうだしな」


「えええええ…………」






 まさかこの状況で増えるとは、俺はもしかして変な呪いでも受けているのだろうか? しかしフレーレさんなら、この四人を制止てくれるかもしれない。



「一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く