一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

31 がんばれドラゴンさん、明日はきっと明るいぞ。

 ドラゴンさんはもう戦う気がないらしい。 戦意を無くして項垂れている。


「人間よ、この我をペットにするとは、一体どういう積もりなのだ。 まさか我を戦争の道具にするのではあるまいな?」


 フレーレが首を横に振っている。 たぶん愛玩用にでもするつもりなんだろう。


「レアスちゃんとエルちゃんを連れて、三人で空のお散歩したりするのよー。 何か楽しそうでしょー。」


 まあ確かに、こんなのが居れば他国との行き来が楽になるかもしれないが、色々と問題があるだろうに。 一応俺はフレーレを説得してみることにした。


「いやいやいや、無理だって。 こんなもん連れて帰ったって、一体何処に置いとくんだよ。 いや仮に飼えたとして、餌代とかもとんでもない事になるぞ。 こんなんに毎日食事を与えてたら、一瞬で破産してしまうわ!」


 こんなのとか言ってるのを聞いて、ドラゴンさんは少々唸り声を上げている。 ちょっと怒らせてしまったか? でもこんなボロボロなら俺でも勝てそうだ、そんなに恐れる事はないだろう。


「大丈夫よー、外に散らばってる魔物とか食べてくれれば一石二鳥じゃないのー。 そしたら王国も助かるし、移動にも便利でしょー。」


「いや、この大きさだとどうやっても部屋から出せないだろう。 まさか切り刻んで運ぶとか言わないよな?」


「そんな可哀想なことする訳ないじゃないのー。 でもそうねー、天井でも開けちゃえば行けるんじゃないのー?」


「ま、待て人間よ。 そんな事をされたら、脱出する前に我が潰されてしまうではないか。 本当に止めろ、止めてくれ!」


 ドラゴンさんが慌てている。 本当に出来るのかもしれないと思われてる様だ。 この部屋に来るまで結構地下に降りて来たから、三十メートルとかもしかしたらもっと地下かもしれない。 そんな天井を突き抜けるのは、フレーレでもたぶん無理だ。 万が一出来たとしても、落ちて来る大量の土砂に生き埋めにされてしまいそうだ。


「そんな事をしなくても我は人の姿を取る事が出来るのだ、それならばこの場も抜けられるだろう。 だからもう暴れないでくれ。」


 そう言い、ドラゴンさんの姿が縮んでいく。 人で言うと五十歳程度だろう。 だがそれなりにダンディーな男に変化し、その彼が自己紹介を始めた。


「良く聞け人間共よ! この我こそは煉獄を司る炎の魔竜ブラグマガハなるぞ! ・・・・・そこの娘よ、まさかこの我をペットにしようなどと、本気で思っている訳ではあるまいな? 腐っても我は天竜を統べる者の一角よ、そんな我を本ッッ当にペットにしようとは思っていまいな!」


「え? 私は本気よー。 ブラちゃん、これから宜しくねー。」


「待て、我をブラちゃんと呼ぶな! せめてマガハと呼ぶが良い! それより貴様は一体なんなのだ? まさかその強さで自分が人間とは言うまいな?」


「え~酷いわねぇ、私はこれでも人間なのよー。 なんか名前も忘れてるみたいだし、忘れっぽいマガちゃんの為に、もう一回だけ名乗ってあげるわね。 私はフルール・フレーレ、王国って国の兵士なのよー。 それでマガちゃんは何でこの場所に居るの?  もしかしてー、子供の頃に入って出られなくなっちゃったとか?」


「我はそんなに間抜けではないわ! 遥か昔、馬鹿な天使にこの世界に飛ばされたのだ。 呼び出した我をこの場に閉じ込め、この場所を護れと勝手な事を言われてな。 そして数百年この場所に閉じ込められていたのだ。 まあ腹が減らなくなったのだけは助かったのだが、こんな何も無い場所に押し込まれて、もう暇で暇で仕方がなかったのだ。」


 天使・・・・・王国にも居るなぁ。 あれに関わってはどんな事に巻き込まれるのか知れたものじゃない。 近づかないのが吉だ。 関わった者達が次々酷い目に合っている。


「そのお気持ち、私なら理解できますわ!」


 二人の話に割り込んでいったのは、懐にしまっておいたフレデリッサさんだった。 まあ彼女も自業自得とはいえ、短剣に閉じ込められたり、財宝の部屋に閉じ込められたりと色々あったみたいだからなぁ。 気持ちが分かるのだろう。 一応俺はフレデリッサさんを取り出して、懐から出してあげた。


「私も短剣にされてしまって、この遺跡に閉じ込められていたのです! 壁のシミを数えたり、妄想にふける日々。 その時間がどれ程長かったことか・・・・・。 こんな場所に閉じ込めたクズを呪ってやりたいぐらいです! もうとっくに死んでいるのでしょうけど、それでも頭にきますわ!」


「分かる、分かるぞ! まさかこの世界で心の友を見つけられるとは思わなんだぞ! そこな短剣よ、名を、名を聞かせてくれぬか。」


わたくしはフレデリッサ、短剣にされてしまったブリガンテの姫です。 こんなにも心が通じる方がいらっしゃるとは、ぜひ私とお友達に・・・・・いえ、結婚してください!」


 同調しただけではなく、なんで結婚まで行くのか分からない。 今までそんなに寂しかったんだろうか?


「いや、無機物と結婚はちょっと勘弁してくれぬか・・・・・。 と、友達としてなら喜んで承るぞ!」


「うああああああああああああ! ドラゴンにまでふられたあああああああああああああああ、わあああああああああああ!」


 でもやっぱり短剣との恋愛は拒否されてしまったらしい、まあ当然といえば当然だ。 例え盛り上がったとしてもエッチな事すら出来ないし。 逆にちょん切れたら大変だ。 多少は可哀想だと思うし、ちょっとだけ慰めてやろうか。


「お、落ち着いてくださいフレデリッサさん。 マガハさんにだって都合というものがあるでしょう。 もしかしたらもう結婚しているかもしれませんし、子供だっているかもしれませんよ? そんなに気にする事は無いと思いますって。」


「いや、我は子供はおらぬが・・・・・。」


  フレデリッサは、もう全くマガハさんに興味を示さない。 振られたら完全無視とは、女とは恐ろしいものだ。


「・・・・・バールさん、私の事を慰めてくださるの? 何てことでしょう、あんなにも馬鹿にしたというのに、この私に恋焦がれてしまったのね。 でもバールさん、私は貴女の事はちっとも趣味じゃありませんので、キッパリ諦めてくださりますか。」


「何時俺が貴女に求婚しましたか! ちょっと慰めてあげただけでしょうに、もう良いですから、この部屋をちょっと見たら戻りますよ。」


「別に調べるのは構わぬのだが、この部屋には何も無いぞ。 昔は棺が納められていたのだが、我が怒りのままにぶち壊してやったからな。 そこに眠っていた偉そうな奴も灰にしてやったわ。 フハハハハ!」


「それならもうこの場に居る必要はないでしょうね。 じゃあ隊長達と合流しましょうか。」


「そうよね、帰りましょうかー。」


「いや待て、我はまだペットになるとは言っていないぞ! おいちょっと待て、話を聞かぬか! コラ、手を放さぬか!」






 フレーレがマガハさんの手を掴み、引きずりながら戻って行った。



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