一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

11 準決勝。

 魔物との戦いが終わり、倒された魔物と舞台を囲っていた柵が撤去されていく。 俺は運営のノア達に無理やり起こされ、休み間もなく準決勝が行われるらしい。


 ・・・・・もっと俺に休みを与えてくれ。


 俺の腕にはまた重りが装着され、戦う為の武器が手渡された。


 何だろうかこれは。 今まで片腕だった物が両腕に付けられている。 しかもかなり重い。 今までの三倍ぐらいはありそうだ。 俺だからこそギリギリで動けるレベルで、もうこれ以上増やされたら動くのも無理だろう。


 そしてこれだ、この武器はなんだ? 槍にも見えないし、持ち手を抜けばニ十センチ程のちょっと太い棒? これはあれか? すりこぎじゃないのか?


「ナニコレ?」


 最後に俺に手渡されたのは、鍋の蓋だった。 これを盾の代わりに使えというのだろうか? 流石に無いと思った俺は、ノアさんに向かって文句を言った。


「あのノアさん? これ明らかに武器じゃないですよね? 重りも増えてますよね? それになんですかこれこの蓋で戦えっていうんですか? 流石にないでしょこれ。」


「バールさん、文句があるならあそこで見ていらっしゃるマリーヌ様に仰ってください。 出来ないのなら、長い物には巻かれておきましょう。」


「えええええ・・・・・。」


 俺はチラリとマリーヌ様を見てみると、俺に気づいたのか、笑顔で手を振って来ている。 あそこに文句を言いに行くのは絶対無理だ。 此処までするという事は、もしかしたら俺を負けさせる算段なのかもしれない。 もう俺は諦めて、それを持って戦う事にした。


 しかし相手は、こんな俺に本気で向かって来るのだろうか? 鍋の蓋とすりこぎに勝っても嬉しくないだろうに。


「フワッハハッハ! この魔族め! 流水のアラキレウスに倒されることをホコリに思うが良い!」


 どうやら向うには、こんな俺を倒すのに何の抵抗もないらしい。 因みにこの男はマリア―ドの代表の一人で、先ほど名乗ったアラキレウスという名前らしい。 手には先端が二股に別れた槍を持っている。


 たぶん流水とか言ってるから、水の魔法でも使うのだろう。 水単体の攻撃力はそれほど強いものでは無いが、使い方によれば、かなり凶悪な事も出来たりする。


 例えば舞台上全体に水の空間を作り出し、俺を完全に戦えなくするとか。 まあこの男も重い鎧なんて着ているからそれはなさそうだな。 兎に角気を付けるとしよう。


 そして俺の準備が整い、早速戦いの合図が鳴った。


「さあ行くぞ! 正義の名の元に召されるが良い!」


 お前が本当に正義なのかとか、俺を殺す気なのかとか色々ツッコミたい所だが、鍋の蓋を構えながら相手の出方を待った。


 ・・・・・正直この蓋で防げるのか不安過ぎる


 小手調べなのだろう、真っ直ぐに伸ばされた槍が俺の体へと狙いを定めている。 蓋を構えてそれに合わせると、二股の槍が蓋へと突き刺さった。


 結構深く刺さっているが、蓋は壊れていない。 この蓋は案外頑丈らしい。 とはいえ、それも何度も続けられそうもないだろう。 二度目は兎も角、三度目は怪しい。


「ふん、この程度は流石に防ぐか! だがそんなスリコギでは如何しようもあるまい! ぬぅんッ!」


 アラキレウスが食い込んだ槍を強引に押し込んで来ている。 このままこの盾を・・・・・蓋を破壊する積もりか!


 ならばと盾を引き込み、俺はスリコギを持つ手の指先だけで相手の槍を掴み上げようとしたが、アラキレウスが槍を捻ると刃の部分が外れて棍の様な状態になってしまった。


「ドリャアアアアアア!」


 そしてそのまま俺の額へと一突き、二突き、そして三突き。 衝撃が脳髄を突き抜けていく。


「かはッ・・・・・。」


 止めとばかりの喉元への一撃は回避出来た。 しかしこの男、中々のキツイ相手だ。 取り外した物が棍でなく刃物であったならば、もう終わっていたかもしれない。


 だが俺も王国の代表として選ばれたのだ、そう簡単に負ける訳にはいかない。 首元の攻撃を躱しながらスリコギで攻撃を仕掛けた。 お返しとばかりに蟀谷こめかみへの一撃は、命中するも額をこすり、額から血を流させるだけに留まった。


 やはりこの重りがスピードを殺している。 腕を上げるだけでも結構辛い。 次は真面な武器を用意して貰いたいが・・・・・きっと無理なんだろうなぁ。


 一旦息を整える為に、俺とアラキレウスは同時に後方へと飛び退いた。 アラキレウスは額の血を気にして、それを手で拭っている。 結構血が滴り、その目に入りそうだ。 そうなれば俺のチャンスだが、相手の逆の目は俺を捉えて離さない。


 俺も蓋に刺さった刃の部分を引き抜き、それを舞台の外へと投げ捨てといた。 舞台の外に取りに行かなければ、もう槍としては使えない。 勿論舞台を降りれば負けが確定する。 ちょっと何気なしに取りに行ってはくれないだろうか?


「貴様中々やるな! ならば我が必殺の術をくらうがよい! さあ行くぞ!」


 分かり易くて良いのだけど、馬鹿正直な人だな。 どうせ水の魔法なのだろうけど、それを簡単に使わせる気はない! 隠しておいた伸縮する腕を伸ばし、スリコギをアラキレウスの首元へと伸ばした。


 これで決まりだ! といった具合に伸ばした手なのだが、距離が伸びる度に重さが倍増していく。 すっかり重りの事を忘れていた。 駄目だ、もう落ちる。


 俺の腕は相手の近くに落ち、重りで舞台の床が割れてしまっている。 アラキレウスはそれを避けるまでもなく、魔法の詠唱を完了した。


「水深の牢獄よ・・・我が標的を落とせ! アクア・ダウン!」


「う、ゴボ・・・・・。」


 アラキレウスの周り以外から、舞台上全てに水が出現した。 それは上空にも高く上がり俺を飲み込んで溺れさせていく。 まさか先ほど考えていた通りになるとは思わなかった。 そして相手は自分を巻き込む間抜けではないらしい。


 息が出来ない。 動ける時間は精々一分が良い所だろう。 俺が助かるためには、後ろにほんの少し移動すれば舞台の下へと降りる事が出来る。 しかしそれは俺の負けを意味し、マリア―ドに王国が負けるということだ。 まだ俺が取るべき行動はある!


 伸ばしたままにしていた腕で、先ほど傷づけた床にスリコギを突き立て、俺はそれを起点にして自分の腕を縮め出した。


「させるかあああああ!」


 起点にしている手の甲に、相手の連撃が叩きこまれた。


「ぐ、ぼぁ・・・・・。」 


 傷みで空気を吐き出してしまったが、俺の腕はガッチリと固定されている。 相当な重さがあるから、相手にも簡単には動かせない。 しかし俺の息がもう持たない。


 手を伸ばせば空気が有る場所に触れられるというのに・・・・・。


 相手はまだ俺の腕を狙っている。 このまま脱出出来ないというのなら、この場所から思いっきりぶん殴る!


 握っていた鍋蓋を投げ捨て、俺は拳を握って相手へと殴りつけた。 アラキレウスは見切ったとばかりに避けて、俺の攻撃は空を切った。 そのまま地面に落ちた腕は、自身の右腕をガッチリと掴んだ。


 二本の腕は、俺を引き付ける力を倍増させ、俺の体が水場を突き抜ける。


「ぶはぁッ!」


そのまま戻った腕を使って、スリコギでアラキレウスを殴りつけた。


「その程度くらうものか!」


 だが狭くなった舞台上で体を捻り避けた先は、自分の作った水の壁が存在した。 それは不意にアラキレウスを飲み込み、彼は水の中で溺れている。 慌てているアラキレウスの棍を押して、俺は更に水の中へと押し込んだ。


「アバ、ゴッ、アグ・・・ボハァ・・・・・。」


 ・・・・・あ、なんか水の中でグチャグチャに暴れている。 水流とか言ってたのに、もしかして此奴、水の中は苦手ないか? う~む、このまま死んだら不味いから、もうちょっとしたら引き出してやろう。


 俺が此奴を引き出してやった時、もう既に戦う気も無くぐったりとして倒れて居る。 息はあるからたぶん大丈夫だろう。


 とりあえず持ってた棍を引っぺがし、俺は舞台から投げ捨てた。






 そして俺の勝利が確定したらしい。 腕は良いのに間抜けな奴だったな・・・・・。

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