一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

8 朱殷(しゅあん)の髪と攫われた赤子 32

 ガンッ ギャンッ ガキンッ ザシュッ!


 辺りには、無数に金属音の打ち付けある音が響いている。


 超乱戦状態の中、私達は中心部を目指していた。 踏み出した大地は敵の体の一部で、下からは槍の様な物が飛び出してきている。 当たり所が悪ければ死ぬし、足にでも当たれば行動力を奪われる。 こんな中で動けなくなれば、じわじわと串刺しにされて殺されるだろう。


 そんな中、帝国兵の隊長が指示を出している。


「絶対足を止めるな。 足を止めた者から串刺しにされるぞ! それと、動き方にも工夫しろよ! 動きやすいようになるべく距離を意識しろ! ぬッ、此方にも此方にも敵が来たか。 良いか残りは各自それぞれに考えるのだ! 我が帝国に勝利を!」


「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」


 前後左右何処を見ても戦闘が行われている。 状況としてはかなり不利だが、敵を掻き分け少しずつでも足を進ませていく。


「シャインちゃん、やっぱり中心部は護りが固い! あまり強く無いとは言え、永久に湧き出してくるんじゃ、体力的にきつくなるぞ? うおっと」


「知ってる。 だがそれを止める為には、中心に居る彼奴を倒さなければならないんだ。 あれを倒すには進むしか方法が無い」


「でも俺達だけでこれ以上進むのは無理だ。 帝国の隊長と合流して、連携をとろう」


 後にも大勢の敵が散乱しているが、前には大勢の敵の壁がある。 判断するなら早くしなければならなかった。 刻一刻と此方が不利になっていってるからだ。 既にこの魔物の上からの脱出経路は塞がれ、敵の腹の中に居る状況になっている。


「分かった、そうしよう」


 私達が下がると、今まで突き進んでいた分の壁まで修復されている。 無駄足になったが、あのまま進んでいれば、敵の大群に囲まれていただろう。 私達は後退を余儀なくされ、帝国の隊長を探し出した。 その隊長はかなり後方にいて、戦いに集中していた。


「お、居たぞシャインちゃん。 こっちだ!」


 私はその方向へ向かい、その隊長と合流を果たした。 私は敵と戦いながら、その隊長と話しを始めた。


「帝国の隊長さん、折り入って頼みがある。 中央に進むのは私達二人で進むには限界がある。 私達に手を貸してはもらえないだろうか?」


「何だ?! 突撃したんじゃなかったのか? グヌッ、幾ら敵を倒してもキリがない。 怪我人は出るだろうが、もうお前達の提案に乗るしかなさそうだな。 良かろう、ただし敵の首は我が兵達が貰い受けるぞ!」


「私はそれで構わない。 この敵を倒せるのなら、誰が止めを刺そうと同じ事だ。 さあ号令を掛けてくれ」


「良し、全隊集合し、今から全体で突撃を仕掛けるぞ!」


 バラバラに戦いを続けていた兵士達が、一か所へと集まって来る。 それをさせまいと地面からの攻撃が激しくなってきている。 多くの兵士が傷ついくが、それでもなるべく隊列を揃えて、中心部を見据えた。 私達もその集団に参加し、今から人の槍と成って突撃を仕掛ける。


「さあ帝国の意地を見せつけてやるぞ! 行くぞ、突撃いいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」


 敵兵との戦いよりも、地面から突き出される槍に多くの犠牲者が出て行く。 それは外周を護っている人間よりも、中央部にいる私達を狙って来ている。


 一人、二人と兵士が倒れ、その倒れた体を踏みつけて進んで行く。


「勝ち筋はこの道だけだああああああああ! 絶対に止まるなあああああああああああ! 進めえええええええええええええ!」


 敵兵の壁が割れ始める。 そして私達は敵の中心部を捉えた。 後少し、ほんの少しだ。 だが敵の中心部を支えている敵の兵隊は、今までのものよりも強く。 全体の進行は止まってしまった。


 止まってしまった私達の周りには敵兵が囲み、防御を余儀なくされている。 敵の列は残り二列。 もう少しで越えられそうなのに、味方の数ばかりが減って行く。


「おじさん、肩を貸してもらうぞ。 私は味方を台にして上を進む!」


「分かったシャインちゃん、じゃあ手柄を上げて来い!」


「任せろ!」


 私はおじさんの手を足場に肩へと跳びあがり、味方の兵士を足場に進んで行った。 二列もの敵の壁の前、私はクロスボウの矢を撃ち込みながらその烈を飛び越えた。 ドラインが驚きのあまり声を上げている。


「ナニイイイイイイイイイイイイイイ!」


「終わりだドライン!」


 クロスボウの矢は、敵の壁に防がれたが、私は剣を振り下ろし、ドラインの頭を真っ直ぐに斬り裂いた。 その体は二つに分割され、敵の兵士達がドロの塊へと変わっていった。


「やったぞ、倒したぞ! 我が軍の勝利だああああああ!」


「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」


 勝利の叫びが上がっている。 その喜びも束の間に、地面全体が揺れ始めた。 誰一人立って居られない程に。


「何だ? 何が起こったんだ?」


「シャインちゃん、もう此処に居たら不味い! 急いで脱出を!」


 見ると平だった地面が端から盛り上がって来ている。 元の球体に戻ろうとでもいうのだろうか・・・・・。


「全隊這ってでも脱出するぞ⁉この場に居たら閉じ込められるぞ! 急げ急げ!」


 ドラインは間違いなく死んでいる。 だとしたらこれは死後硬直の様な物だろうか? 時間が経つにつれて、ドンドン脱出出来なくなってきていた。


 傷ついた仲間を背負い、帝国の兵士達が、少しずつ脱出して行った。 中心部に居た私が最後だ。 私は上がって行く端をよじ登ろうと、その部分に手をかけた。


「ッ!」


 ドラインの最後の足掻きか、小さく尖った刺が私の掌に突き刺さった。 痛みで手を放したら、この檻の中に閉じ込められてしまう。 傷んだ手で体を持ち上げ、壁の外を見つめた。 皆が心配そうに私を見つめている。 もう飛び降りられそうな高さではなさそうだ。 閉じ込められるよりは、自分で飛んだ方がマシだろうか?


 まだ私は生きているんだ、諦めるのはまだ早い。 私は完全に球体へと戻った敵のの最上部へと立ち上がっていた。


 クスピエさえ来てくれれば、それが唯一の望みだろうか。 私の望みとは別に、足元の感覚が不意に消えた。 乗ってもビクともしなかったドラインの体が、砂の様に崩れ始めたのだ。


 それにより私がどうなったか分かるだろう。 私は黒の砂の中へと落とされて行く。 見えていた太陽が遠ざかり、眩しさにより私は思わず目を瞑った。


 ガッ 何かが手の中に何かが落ちて来た。 小さな物が私の手の中にすっぽりと納まり、それが人の手だと分かったのは、私が目を開いた時だった。


「クスピエ!」


「おおもいのよおおおおおおおおおおおお! あんたもうちょっと痩せなさいよおおおおおお!」


「馬鹿な事を言うな、私はそう重くないぞ! しかし本当に助かった、ありがとうクスピエ。」


「良いから黙ってえええええ! 私もギリギリなんだからああああああああ! ああああああ落ちそう、もうダメ! もう無理! 無理無理無理!」


「もう少し頑張れクスピエ! この高さじゃ助からないぞ!」


「ああああああああああああああ!」




 私はクスピエにより助けられ、無事に地面へと辿り着いた。 クスピエはまたぐったりと倒れて居るが、まあ命には別条はないだろう。



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