一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

24 朱殷(しゅあん)の髪と攫われた赤子 29

 巨大な黒の球体は、私達の頭上を通り過ぎて行った。 どうやら、無事に生き残る事が出来たらしい。 しかしこれから如何するのかだ。 馬も無くなってしまった私達には、最早自分の足しか残っていない。 私達は敵との距離を取る為に、そのまま走り出した。


 三十秒程走り続けた私達だが、後方の音が消えた事に気づき、後ろを振り返った。 あの魔物は、私達を嘲笑あざわらうかのように、動こうとしていなかった。 逃げ切れるものなら逃げて見ろと言わんばかりだ。


「クソ、絶対追いつかれるぞこれ! シャインと一緒なのが唯一の救いだ。 生まれ変わったら、また親子か恋人にでもならろうな!」


「私一人でも生き残る、勝手に一人で死んでいろ! ・・・しかしラフィールの奴はまだ来ないのか? このままでは間に合わないぞッ!」


「大丈夫だアツシ、シャインちゃんは俺が逃がしてやるから。 将来の事も気にするな。 俺が嫁にとって幸せにしてやるから、お前は安心して足止めをしてくれ! さあ早く!」


「ふざけんな! あんなもん如何やって足止めするんだ。 立ち塞がっただけで潰されて終わりだわ! それにお前だけにはシャインは絶対やらんからな!」


「二人共、言い合っている体力があるなら、もっと全力で走ったらどうだ? こんな距離なんて一瞬で追いつかれるぞ!」


「「ぬあああああああああああああああああ」」


 逃げ続ける私達に、巨大な球体がグラリと傾いた。 ご丁寧にも穴の位置まで変えている。 二度目は無いと言ってるらしい。 周りの地形や倒せる武器もなく、どう考えても回避する手段はない。 匹殺されそうになる中、もの凄いスピードの黄色い物体が、私達の前に現れた。 これは・・・・・ラフィールの乗っていた馬車だ!


「皆さん直ぐに乗り込んでください! 敵が直ぐ後方に迫っていますよ!」


「ぬあああああああああ、助かったあああああああああ! さあシャイン、俺の手を取るんだ!」


「シャインちゃんさあこっちへ! 俺の手を取るんだ!」


「待てシャイン、そんな親父の手を取る必要はない。 お父さんの手を取るんだ!」


 私は何方の手も取らず、自分の手で馬車へと乗り込んだ。 もう相当な距離が近づいている、普通の馬車なら、とても間に合いそうにない。 しかしこの馬(鳥)は、巨大な魔物より早く動きだした。 荷台が潰されそうな距離をギリギリで回避し、あの魔物との距離をあけた。


「助かったぞラフィール。 しかしこれでは、潰される前とさほど状況は変わっていない。 これから此奴を倒す手を如何するのかだ。 クスピエの攻撃も効いてはいないし、どうにも困った」


「大丈夫、それを何とかする為に、来るのに時間が掛かったんだ。 荷台にある武器を使ってみてくれ、矢は大量に持って来たから」


 頑丈な鉄でできていて、その規格が随分と大きい物だが、確かに多くの矢が積んである。 私のクロスボウなら飛ばせない事も無いが、これ程大きな物となると、速度も落ちるし、ダメージを与えるのは無理だ。


「おいい、こんなもん弓で飛ばせるか! 手で持って槍として使えるレベルだぞ! これもって突貫しろって? 自分がイケメンだからってなめんな!」


「ち、違いますって。 ほら、そこにある布をめくってみてください。 良い物を持って来たんですよ。 それと帝国にも動きがあるようです。 この魔物の討伐隊が編成されていると聞きました。 もうそろそろ此方に来るかもしれませんよ」


 討伐隊だと? 万が一それが王国側と鉢合わせになれば、一体どうなるか・・・・・。 ぶつかり合えば、大勢が死ぬ事になりかねない。 王国軍が来るか、帝国の討伐隊が来るのが先か、どちらにしろ急がなければ。


 親父がラフィールの言った布をめくっている。 その中には巨大な鉄制の設置弓、バリスタが設置されている。 椅子が備えられていて、本当に巨大な物だった。


 少し古く、所々錆びているが、まだ使えそうだ。 この大きさならかなりの威力が期待出来るが、荷台に設置されているから可動範囲が殆ど無い。 これを当てるにはラフィールの運転の技術に掛かっている。


「凄いでしょ、武器屋で何か無いかと見ていたんですが、それならと思って買って来たんです。 きっと役に立ちますよ」


「良し試して見るか。 親父は矢を運んでくれ、おじさんは・・・・。 そうだな、ラフィールに協力して、敵の動きを教えてやってくれ」


「よっしゃー! シャインの近くにいれてお父さん嬉しいぞ!」


 おじさんは大人しくラフィールの元に行っている。 この親はというと、どうせ近くに居たいと騒ぐから、近くに置いているだけなのだが。


「じゃあ親父、直ぐに矢をセットしろ。 ドンドン撃つからな、急げよ」


「おう、お父さんに任せろ!」


 直ぐに矢がセットされ、ギリギリと引き絞られる。 今は少し遠いが、威力を測る一射だ、特に問題はない。 私はトリガーを引き絞ると、その矢が轟音を立てながら、敵の体へとぶち当たった。


 馬車の揺れで、狙いが反れてしまったが、腕の一本を吹き飛ばし、敵の体の中にめり込んでいる。 十分な威力だ。


「親父、次だ。 ラフィールはおじさんと協力してもう少し敵との距離をつめてくれ」


「おし!」


「了解!」


 バールおじさんの指示によって、敵との距離が縮まっていく。 その距離おおよそ三百メートル。 この弓の、真の威力を発揮する距離。 私は矢が外れない様に、敵の中心部を狙い、バリスタのトリガーを引き絞った。


 バヒュウウウウウゥゥゥッゥ・・・・・。


 幸運にも狙いは反れず、敵の中心へと突き刺さり、そのまま後方へと突き抜けて行った。


 ウヲオオオオオオオオオオオオオオオオオオ・・・・・。


 何処から声を出しているのか分からないが、体を貫通されて、それなりに痛みを感じているらしい。 嫌がって横へと反れて行く。


「方向を変えたぞ、もう一度撃てる位置に移動してくれ!」


「行くぞキーちゃん、お前の力を見せてやれ!」


「ピヨ!」


 馬(鳥)の動きは尋常では無かった、敵の腕を躱しながら、馬車をUターンさせて、バリスタの位置を合わせて行く。 私達にもかなりの衝撃が来ているが、そんな事を気にしている場合ではない。 バリスタにしっかりとしがみ付き、私はもう一度弓を放った。


 三射、四射と続けて行くと敵の動きが急速に鈍って来ている。 私はそれで止めずに、全ての矢を撃ち込んだ。






 敵は完全に動きを止めている。 それは敵の死を連想させるが、まだ油断するべきではない。 相手はただの化け物だから。 私達は近づく事をせずに、その場から離脱した。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品