一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

19 自分の希を叶える為に。

 二人の襲撃は何度も続き、俺は一応保護者として、無茶をしないかと見守っていた。 一週間ほどそんな日常が続き、パインの試合の日を迎えた。 彼女の勧めもあり、俺達もその試合を見る為に、試合会場にやって来ていた。


「負けろくそ女! この私がお前が負ける所を見届けてやるわ! さあお兄様も相手の応援を! さあ!!」


「アーモン、さあ頑張って敵の応援をするわよ! あの女が負ける様に!」


 あの女というのは、パインさんの事だ。 まだパインさんの出番は先だというのに、中々気合が入っているな。 別の意味で。 このトーナメントは、勝っても負けても、参加するだけで賞金が貰える仕組みになっている。


 勿論勝った方が多く貰えるのだが、抜き身の剣や、危険な武器を使って来る相手と戦うのだ、かなりの危険が伴う。 殆どルール無用みたいなものだ。


 今やっている第一試合をみるだけで、それが分かる。 肉が切れ、血が飛び散っている。 結構凄惨な試合なのだが、誰も気にしてはいない。 というのも、舞台下に構えている回復使いが、殆どの傷を癒してしまうからだ。 それでも斬られれば痛いし、即死級の傷を受ければ、普通に死んでしまうのだが。


 おっと、第一試合が終わった。 次の試合が始まりそうだ。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「お姉ちゃんに任せといて、今日こそ勝って来るからね!!」


「絶対だぞ姉ちゃん。 絶対負けたら許さないからな!!」


「ええ、任せて!!


 試合当日。 会場に向かったパインは、本番前に集中していた。 多くの人間が犇めく控室には、多くの殺気で溢れていた。 私にぶつけられるもの、別の相手同士でぶつけあってるもの、他にも様々だが、妙な緊張感で溢れている。


 もう一つ目の試合は始まっている。 此処からでは結果は分からないけど、出番になれば声が掛かる。 実はこの武道大会本当に何も禁止されていない。 金的や目つぶし等も、当然の様に使われる。 拳は兎も角、剣や弓、魔法や暗器までも使い放題だ。


 そして一番危ないのが、試合中に相手を殺しても、罪には問われないという特別なルールがある。 ただし、本当に殺してしまった場合には、今後の試合には出られないというルールになっている。


 相手が戦う事を拒否して、不戦敗が連発した過去がある。 そしてそのまま優勝してしまったものだから、本当に盛り上がらない大会だった。 それを防ぐために作られたルールなのだけど、相手も必死なのだから、不慮の事故が起こらないとも言えない。


 特に私の場合は武器もなく、防具も着けていない。 それが起こる可能性は高い。 今回の相手も同じ素手同士だが、それでも気を引き締めなければならない。


 第二試合の始まりの合図が聞こえる。 私の出番も近いだろう。 深く深呼吸をして、名前を呼ばれるのを待った。


「パイン選手、舞台近くにご案内します。」


「ふぅ・・・・・。」


 良し行こう。 少しずつ気持ちを高めながら、私は舞台が見える位置に立った。 舞台上にはまだ戦いが続いている。 しかし、私が見ているのはその先だった。 戦っている選手の隙間から、私の相手の姿が見える。 私の宿敵と言える相手、ブリューネだ。


 前髪まで後に固め、おでこ全開で待ち受けている。 肩を出した真っ赤な服には、金の鷹と、銀の獅子の刺繍が施されている。


 私は彼女の事を嫌いでは無い。 お金を持っているからと威張ったりもしないし、弱い者への支援までしてくれている。


 ・・・・・ただし、舞台上の彼女だけは違う。 舞台上だけは、彼女の本性が現れるのだ。 とてつもない傲慢な本性が現れる。 私はそれを制して、彼女を倒さなければならないのだ。


 ずっと彼女を見つめ続けていると、何時の間にか第二試合が終わりを告げていた。 戦っていた選手二人が私の横を通り居なくなると、舞台上の司会者が、私の名前を呼んだ。


「東より現れるのは! 蓮撃の支配者パイン! さあ、盛大な歓声と共に現れるが良い!!」


 歓声が上がっている。 その歓声の中には、ひときわ大きな声で叫ぶ弟達と、それにアーモンさん達の声が聞こえて来ている。 私は会場を見回し、その声が聞こえる場所を見つけた。


「「「「「お姉ちゃん頑張ってー!!」」」」」


「パインさん、頑張ってください。」


 皆に応援される度に、私のテンションが上がって行くのを感じる。


「死ね、負けろクソ女!! お兄ちゃんの前で、引かれた蛙みたいになっちゃえ!!」


「潰れろ泥棒猫!! 顔をボコボコにされてしまえ!!」


 ・・・・・あの二人の事はどうでも良い。 雑音は気にしないでおこう。 それでもあの二人にも、随分お世話になった。 本気での打ち込みは、十分なトレーニングになって、私の力を引き上げてくれた。 そしてアレだ。 あんなモノを見せてくれたアーモンさんには、もの凄く感謝している。 そう、とても。 ・・・・・ふふふふふ。 願わくばもう一度見せて貰いたいものだ。 はぁはぁ。 おっと、涎が・・・・・。


 そうだ。 私がもしこの試合で勝つ事が出来たのなら、もう一度アレを見せてくれるように頼むとしよう。 アーモンさんとのキスを。 男同士のディープなキスを!!


「西方より現れるのは、炎を纏いし、煉獄の拳士ブリューネ!! さあ、圧倒的な声援と共に現れるが良い!!」


 その為にも、まずはこの女を倒さなければ。 私は舞台上の相手ブリューネに向き直り、左手を前に、半身に構えた。


 ブリューネはまだ余裕をもって、構える事もしていない。 今まで七回も連敗しているから、なめられていても仕方がないか・・・・・。


「おっほほほほほ。 また負けに来ましたの? 怪我をしない内に降参なさったら? 今なら許して差し上げても宜しいのよ? おっほほほほほほほ!」


「今日は勝ちますから、貴女こそ降参してくれると嬉しいです。 回復担当の人が疲れなくて済みますから。」


 もう一度言うが、私はこの女の事は嫌いではない。 練り上げられた技の数々は、芸術性まで感じられる。


「貴女みたいな雑魚が、この私に挑もうなんて、片腹痛いですわよ。 うおっほっほっほ!!」


 試合中でなければだ!!


「双方準備は宜しいか?! それでは試合開始!!」






 始まりの合図が掛かり、私は最初に跳び出した。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品