一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

12 朱殷(しゅあん)の髪と攫われた赤子 26

 階段の下は、親父とバールおじさんの二人が、敵を上げない様にと、踏ん張ってくれている。 よじ登ろうとしている敵を、親父が斬り倒し、バールおじさんが護りを固めている。 その先には、まだかなりの人数が犇めいている。


 一気に人数を減らす為には、部屋の上に飾られている、巨大なシャンデリアでも落としてやれば、相当な人数が減らせると思う。 私では行けないが、クスピエなら何とかしてくれるんじゃないだろうか?


「おいクスピエ。 お前なら、あのシャンデリアを落とせないか?」


「無理。 私の槍はそう切れ味は良くないし、あんな物を吊るしている鋼線を切断出来ないわよ。 やれたとしても、相当時間が掛かるわよ? 他の手を考えるのね」


「そうか、だったら二人のフォローに周ってくれ。 あまり前に出るなよ? 落とされたら助からないからな」


「おっけー、任せといて!」


 この階段に、私までが前に出れば、二人の邪魔になってしまう。 そんな事をするよりはと、私は捨てたクロスボウを拾い、矢を集めた。 落ちている物だけでも十分にある。 それをセットして、私は矢を放ち始めた。


 私とクスピエの参戦により、敵の数は随分と減って来ている。 敵の数は、残り十数人。 此処まで来ると、逃げて行く者も大勢出て来る。 それを何とか持ちこたえさせているのは、あの鎧の男達の一人だった。 


「逃げるなよ。 逃げるなら、俺がぶっ殺してやる!! だが安心しろ、敵はもう疲れ果てているはずだ。 もう少し踏ん張れば、俺達が勝つ! もしお前達が負けたとしても、安心して前に進め。 俺達がお前達の仇を討ってやるからな!」


 この男は、随分無茶苦茶な事を言っている。 だが烏合の衆ならばそんなものか。 ちゃんとした指揮官さえいれば、私達にも勝てたかもしれないのに。


 それに、私達の体力が無くなると思っているなら、それは大間違いだ。 最前線に立って居るこの二人は、まだ十分に体力が残っている。 特に親父の方だ。


 こんな馬鹿な親父だが、体力だけは誰よりもある。 今までの相手を、全員相手にしたとしても、この親父は一人でやってしまうだろう。 死ななければだが。


 私とクスピエは結構疲れている。 だが残りの人数ぐらいならば、十分耐える事が出来るだろう。 そして、敵の数は一人ずつ減って行き。 最後に残ったのは、あの鎧の三人だった。


「シャインちゃん。 此処は俺達に任せて、敵の首謀者を捕まえてくれ。 こんな雑魚なら、俺達三人で十分だ」


「お父さんに任せとけ、直ぐに追い着くからな」


「私一人でも余裕だけど、手柄は山分けしないとね。 さあ掛かっていらっしゃい!」


「よし頼んだ。 皆負けるなよ?」


「「「俺達(私達)に任せとけ!」」


 私は三人と別れ、首謀者のドライン・レーゼシュルトを探す為に、あの部屋へと行ってみる事にした。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 三人と三人が、睨み合っている。 シャインが移動して行き、この場には六人が残った。 上空の水の魔法が消えていない所を見ると、鎧の三人の内の、誰かがそれを使っていたのだろう。


 相手は、右から剣と槍、そしてもう一人が、長い杖の先に、鉄の塊が付いた、ハンマーの様な物を持っている男だ。


「追い駆けないのね? 追って行ったら、後ろからバッサリやってやるのに」


「ふん、そんな手に乗るとでも思っているのか? 安心しろ直ぐに全員同じ場所へと送ってやる。 安心して我が剣の錆びになるが良い!」


 どうも剣の男が、この中で一番偉いらしい。 他の二人は何も喋らず武器を構えていた。


「それじゃあ私は、槍の男を相手にするわ。 残りは任せたわよ」


「ふ~ん、なら俺は剣だな。 アツシは残りを任せた」


「おっしゃー、何時でも掛かって来いや!」


「調子に乗るなよ、このクズ共が! 直ぐに黙らせて・・・・・ッ!」


 剣の男が喋っている中、一番先に動き出したのは、天使クスピエだった。 上へと飛び上がり、先ほど言った通りに、槍の男に行くと見せかけて、旋回してハンマーを持った男へと攻撃を仕掛けた。


 槍の男がそれを目で追った時、アツシが槍の男へと、バールが剣の男へと跳びかかった。 槍の男は、アツシの攻撃を受け止めようと、槍を構えたのだが。 だがその男は、アツシの剣を受けきれず、槍を半分に斬り落とされ、鎧までを斬り刻まれた。


 傷は大した事がなさそうだが、武器を斬られては、その実力の半分も出せないだろう。 怒った剣の男が、バールへと剣を振り続けている。 


「人が喋っている最中に、この卑怯者共めが。 正々堂々掛かってはこれんのか!」


「卑怯者にそう言われても、俺には何も感じないな。 負けそうだからと弱気にでもなったのか?」


「誰が負けるだと! その煩い口を閉じておれ!」


 剣の男がバールに集中する中。 残りの四人の戦いは、終わりへと向かっていた。 アツシとクスピエは、もう一度敵を入れ替えて、クスピエは槍の男と戦っていた。 折れた槍ではリーチの差が酷く、槍の男は防戦一方になっていた。 


 そしてもう一人のハンマーの男は、アツシの剣を受ける事も出来ず、剣から逃げ回っている。 もはや大勢は決していた。 しかし彼等は、意地の為か戦う事を止めなかった。


「もう逃げたら如何? 逃げるのなら、見逃してあげても良いのよ?」


 クスピエの言葉には、槍の男は答えない。 答えたのは、剣を持った男だった。


「女。 そいつ等に何を言っても無駄だ。 そいつ等は王国との戦いの所為で、声を無くしているからな! それもこれも、全てはお前達の所為だ!」


 剣の男は、更に激しい攻撃を見せる。


「何もかも俺達の所為か? あの戦いを仕掛けて来たのは、帝国の方だろう。 それに、何方にも犠牲は有ったんだ、これ以上蒸し返した所で、犠牲が増えるだけだろう。 もう忘れてくれると、嬉しいんだけどなッ!」


 敵の攻撃を潜り抜け、バールは敵の剣を弾き飛ばした。 剣を無くした男は、それでも拳を握って殴り掛かる。


「もう一度聞いてやるぞ。 本当にあきらめる気は無いんだな?」


「無い!」


 剣の男は、勝ち目も無い闘いを挑んでいる。 防御もせずに、ただ両手で殴りづけていた。


「では、武人として相手をしてやろう。 例えお前達が、どれ程の犠牲者だったとしても、我が国を脅かそうとするのなら、一切の容赦はしない。 せめて、来世では幸せに暮らせる事を祈ろうか。 いくぞッ!」


 決着が訪れた。 防御に徹していた残りの二人も、それを見ると自分の命を絶った。


「少し後味が悪いわね・・・・・」


「スポーツであれ何であれ、後味が良い勝ちなんてないさ。 何方かが負けて、泣く事になるだけなんだからね。 それでも、勝つのが嬉しくない人間も居ないんだ。 困った事にね」


「コラー! 二人共置いて行くぞ! シャインが危険な目にあったらどうするんだ! さあ急ぐぞ!」


 アツシが、シャインが向かった通路に走っている。 敵よりも娘の身が心配らしい。


「・・・・・あの男に殺されてたら、この男も浮かばれなかったわね。 不幸中の幸いかしら?」


「あれはあれで健全なんだよ。 敵の死よりも娘の命ってね。 良い父親じゃないか。 シャインちゃんには嫌われている様だけど」


「あの親父が無駄にくっ付くからウザったいのよ。 ・・・・・じゃあ行きましょうかおじ様。 残りは後一人よ」


「ああ」






 クスピエは倒れた三人を一瞥すると、少しだけ祈りを捧げて、直ぐに走り出した。



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