一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

8 朱殷(しゅあん)の髪と攫われた赤子 25

 目の前に迫る敵に矢を放ち、私は隠れながら、仲間達のフォローに回った。 しかしそれも敵が多いので、そう簡単にはやらせてもらえない。 手持ちの矢もそう多いくはなく、少しずつ減り始めている。 無数に矢は落ちているが、悠長に拾って居れる暇はない。


 それでも私は、楽をさせてもらっている。 前に立つ二人が、自分の元に敵を引き付けて、私の相手は少ないものだ。 特に親父だ。 私の動く方向を予測し、いちいち敵の進行を食い止めている。 まあそれも、バールおじさんの防御力有ってのものだろうけど。 おかげで私は、殆どフリーの様な物だ。


 まずはウザったい上部に居る敵を掃討したい所だが、それを行うには敵が密集する階段を進まなければならない。 透明化の魔法が使えれば楽なのだが、それも雨のおかげで使えないのが痛い。


 その魔法を消す為にも、魔法を使う者を探せれば良いのだが、この中から探し出すのは難しいだろう。 私は矢を放ちがながら柱の影に移動し、階段の下へと向かって行った。


 階段の下へと到着した私は、敵と交戦しながら、チラリと階段の上を確認した。 そこに構えているのは六人だが、上部にいるクスピエを狙うのが三人、そして一階の私達を狙っているのが三人。


 何方も弓を構えている。 クロスボウの矢も残り三発、三人ならば行けるだろうか? 多少でも見つかり辛くする為に、私は自身に魔法を掛けた。


「クリスタル・クリア!」


 敵の攻勢が弱まった瞬間、私は階段へと躍り出た。 敵はもう弓を構え、私の方を狙っている。


「来たぞ、敵だ!」


「外すんじゃねぇぞ!」


 魔法を使ったというのに、軽く発見されてしまったらしい。 三人から狙われた私は、狙いを付けられない様に左右に移動しながら、階段を上がって行く。 人数を減らす為に、私はクロスボウの矢を放った。 三人に命中したが、全員致命傷にはなっていない。


 一人はかすり傷と、他の二人は弓から手を放している。 上りきるなら今と、クロスボウを捨てて、敵へと迫った。 弓を使えない者は放置し、かすり傷の一人に、私はナイフを突き立てた。


「ぎゃああああああああああ・・・・・」


 その叫び声に、上を狙っていた三人が振り向いた。 遅い!! 振り向いた一人の首筋を斬り付け、もう一人を二本目のナイフを使い、その腕を斬り裂いた。


 最後の一人が、私を矢で狙っている。 隣に居た傷み悶える男を蹴り付け、その矢を防ぐと、その二人へと止めをさした。


「ひいいいいいいいいいい、俺達はもう何もしない、しないから助けてくれええええええ・・・・・」


「頼む、俺にも家族が居るんだ、仕方なくやっていただけなんだあああああああ!」


 残りの二人は、完全に戦意を失っている。 こんな奴等と言い合ってる暇は無い。 私はその二人を階段から蹴り落とすと、クスピエが居る二階へと到着した。


 二階の敵は、クスピエにより粗方倒されていた。 残りは鎧を着た幹部らしき男と、その後ろに三人が武器を構えている。 今私達は、その四人を挟み込む様な形になっている。 クスピエも私が来た事に気づいた様だ。


「おじさんかシャインか、どっちか知らないけど、そこの雑魚を任せるわ!」


「任せろ。 その代わり負けるなよ?」


「この私が負ける訳がないでしょう。 あんたこそ、油断してやられるんじゃないわよ!」


「お互いな」


 鎧を着ている男は、あの部屋の中にいた四人の一人だ。 手には戦斧せんぷを持っている。 クスピエの細槍では、あの斧の攻撃を防ぐことが出来そうもない。


 しかし彼女が、そんな馬鹿な防ぎ方をする訳が無い。 飛び道具を使う者が居なくなった今、彼女は上空を自由に飛び回れる。 隙を付いて攻撃を仕掛けるだろう。


 しかしこの鎧の男、まだ動きを見せていない。 よっぽど自信があるのだろうか。 他の三人は・・・まあ命令待ちだろうか。


「掛かって来ないのかしら? それとも足が震えて動けないの? だったら見逃してあげるから、この場から消えたらどう?」


「言ってろクソガキが。 俺が何故動かないか気付けないなら、お前に勝ち目はないぞ? 貴様こそ降参したらどうだ? 俺のペットぐらいには、してやっても良いぞ?」


「バッカじゃないの、そんな話を聞くと思っているの? この変質者め!」


 言い合いながら、二人はまだ動かない。 この男は知っているのだ、クスピエにスピードでは勝てないと。 だからこそ彼は動かない。


 たった一撃をもって、彼女を沈めるつもりなのだろう。 クスピエの体では、それだけで致命傷になりかねない。


「そういえば名乗っていなかったな。 俺の名はドラグーン。 伝説の竜さえ従える男だ!! 死出の旅路に覚えて置けよクソガキ」


「ふん、アンタにも私の名前を教えてあげる。 私は天に輝く太陽の子、月を守護とする天使クスピエよ。 アンタに、天の裁きを与えてあげるわ!」


 二人が睨み合い、そして私が動いた。 私は正面にいる三人に向かって走り出す。 隙を付き、手持ちのナイフを、鎧の男ドラグーンへと投げ当てた。 それは男の鎧に当たっただけで、何もダメージを与えられない。 


 だがそれで充分だった。 集中していたドラグーンは、その衝撃で集中が途切れた。 その期を逃さず、彼の鎧の無い部分へ、クスピエが槍を突き入れた。


「あがあああああああああああ!」


「悪いわね、私の勝ちよ。 次の人生では、真っ当に生きるのね」


 ドラグーンの目から突き入れられた槍は、力を込めて押し入れられると、彼は言葉を発する事が出来なくなった。 残った三人など、私達の敵にはならず。 二階に居た敵は殲滅した。


「ちょっと! こんな奴、私一人でも十分だったんだけど?」


「敵はまだ此方より多いんだ。 こんな中で、一対一の勝負なんてしてどうする。 完全に時間の無駄だ。 そんな事より、直ぐ下へ応援に行くぞ。 此方に敵が流れて来ないのは、下の二人が頑張っていたからだ」 


「そんなの分かってるわよ! ああああああ、でもモヤモヤするうううううう! こうなったら、私が一番多く倒してあげるわ!」


「じゃあ頼む。 だが弓兵が居なくなったからと言って、油断するなよ? 落ちている弓を使って、狙われるかもしれないからな」


「いちいち言わなくても分かってるわよ! さあ行きましょう!」






 私達は、下の戦場へと向かって行った。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品