一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

24 死の色が見える建物。

「あ、いらっしゃいカールソンさん。 ねえ、何か買って行ってよ。 昨日父さんがサボっていたから、ちょっと売り上げが不味いの。 一つだけでも良いから、買って行って。」


 ダイヤさんは、自宅の小物屋を手伝っていた。 楽しそうな笑顔を浮かべながら。 その笑顔には、どことなく悲しみが感じられる気がする。


「・・・そうですね、では一つ貰いましょうか。 では、これを一つ。」


 俺は、リングの中に、天使の像が入っている物を選んだ。 この天使は、どことなく、エルさんに似ている気がする。 これを持っていれば、良い事が起こる気がする。 胸のポケットにでも入れておこう。


「毎度どうも。 ・・・ねぇ、今日も探しに行くんでしょ? カールソンさん、私も連れて行ってよ。」


「貴女には、この仕事があるでしょう。 もうついて来るのは、お勧め出来ません。 これ以上踏み込めば、もう一つの悲しみを知る事になるかも知れませんよ?」 


 もう一つとは、未だに行方不明の、ノーツの事だ。 もう一月も音沙汰が無いのだ、弟があの状態では、兄の方も、生きている方が不思議だろう。


「それでも、私は行きたい!! ノーツの事を忘れて、のうのうと、生きてはいけないんだ!!」


「覚悟は、分かりました。 しかし、私が追う相手は、殺しをするような相手です。 私は貴女を連れて、自分の身を、護れる自信がありません。 ですから、今回は諦めて欲しいのです。 勿論、ノーツさんの手掛かりが見つかったら、真っ先に知らせに来ますから。 お願いします、この私の安全の為に。」


「・・・・・。」


 返事が無い。 彼女も、戦争を体験した一人だ。 武器を持つ相手と対峙する事が、どれ程の恐怖なのかを、知っているはずだ。 動きたくても、叫びたくても、声も上げられない恐怖を。 もしそれでも来るというのなら、それ程の意思があるのなら、俺は止めはしない。 


「・・・私は・・・待っているよ。 きっとまた・・・動けないから・・・。」


「そうですか。 では、期待していて待っていてください。 必ず何か、掴んで来ますから!!」


「うん、期待して待ってるよ。 絶対に・・・お願いね・・・。」 


 俺は、ダイヤさんと別れて、昨日行った出店に向かった。 昨日の詳細を、何人かに聞くと、あの日の真相が分かって来た。


 出店の人達の証言では、ある店では、男女の二人だけだったが、少し進んだ所で、三人に増えたらしい。 やはり途中で会って、騒ぎに巻き込まれたのだろう。 そのまま三人は逃げ続けて、貧民街にまで到着したのか?


 いや、貧民街の危険性は、帝国の民であるなら、知っているはずだ。 一か八かで行くには、あの場所は危険すぎる。 何処かのタイミングで、別の道か、もしくは、何処かの建物へと、入ったのかもしれないな。 俺はその道を、ゆっくりと歩いて行く。 細かな手掛かりも、見逃さない様に。


 手掛かりを探しながら歩いているが、脇道は多く、人が入れる空き家も多い。 この中から探すのは、もの凄く大変そうだ。 人が居れば良いのだが、この辺りは貧民街に近く、人通りも少ない。 治安はそう良くないから、あまり長居はしたくい。


 昨日使った出費が痛い。 あれさえ無ければ、もう一度、護衛をやとえたのだが・・・・・。


「ん? あれは・・・・・。」


 道の石畳には、ほんの小さな、黒いシミがある。 このは、血の跡?! 三人の物だろうか? 残念ながら、特定は出来ない。 この辺りでは、喧嘩も多く、彼等の物だとは言えないだろう。 全く無関係の物かもしれない。 まあそれでも、これを手掛かりにして、行くしかないのだが。


 右の建物へと、流れて行ってるな。 その建物の扉をくぐると、通路の両側には、扉の無い部屋が並んでいる。 覗いて見ると、その部屋の一つ一つに、キッチンや便所が付いている。 たぶん、この部屋一つ一つが、何者かが住んでいた、家なのだろう。 集合住宅というやつだろうか?


 五つ目の家を調べようと、中に入ってみると、その中には死んでいる人間の死体が有った。 しかしこれは、かなり昔の物だ。 動物や虫に食われて、かなりボロボロになっている。 今はもう、何の匂いもしない。 もしかしたら、戦争時から、発見されていなかったもの、かも知れないな。


 この死体の事は、後で警察に知らせるとして、別の部屋を見てみるとしよう。  その部屋から二つ目の部屋、この部屋の中から、この集合住宅の様子が変わって行った。


 この中にあったのは、またも人間の死体があった。 これは女の人だろう。 胸を突き刺されて、死んでいる。 この剣は、一連の事件のものと、同じ物だ。 あの男にやられたのだろうか? 俺は専門家ではないが、たぶん先ほどのものよりも新しい。 と、思う。


 次の家、その次の家、また次の家にも、人間の死体がある。 その全てが、胸に剣を突き刺されて、死んでいる。 しかも、少しずつ新しくなっている気がする。


 俺はこの次の家に、行く勇気が無かった。 何か、もの凄く、嫌な予感がして来る。 記者としての勘なのか、何者かの殺気を感じ取ったのか、俺はこの先に行く事が出来なかった。 駄目だ、逃げよう。 この先に進むのは、一人では無理だ。 警察を呼んでから、もう一度来よう。


 逃げる様に入り口に戻ると、建物の奥から、カツッっと何かが動く音がした。


「ッ・・・・・!!」


 ビクビクしながら振り返ると、俺の胸に痛みが走った。


「ぐふぁああああああああ・・・・・!!」


 その衝撃で、俺は入り口へと吹き飛ばされた。 死にそうな程に胸が痛い。 その痛みを我慢したまま、急いで、この建物を脱出した。


 脱出した俺は、襲われた場所を見ると、後には、俺を襲った物が落ちていた。 ・・・・・あれは、あの剣だ。 自分の胸を見ると、服に穴が開いている。 そこには、ダイヤさんから買い取った、アクセサリーが見えていた。


 危うく死ぬ所だった。 もうこれ以上、この場所には居られない。


「ひいいいいいいいいいいいいいい!!」






 俺は急いで逃げ帰った。



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