一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

2 朱殷(しゅあん)の髪と攫われた赤子 15

「ブランゼルド様、部屋への道中はお分かりになりますよね? 私は少し、用事を思い出しましたので、どうぞお先にお進みください」


 気付かれた?! この女、相当強い。 私は何時でも武器を取り出せる様に構え、二人の様子を窺った。


「何だ? 何かあったのか?」


「いえ、特にどうという事ではありませんので。 ほんの少々忘れ物を取りに行くだけですわ。 どうぞお気にされずに」


「そうか、なら俺は先に行っているぞ。 ああ、それとな、あのハーブティーって言うのか? あれは俺の口には合わん、持ってくるのなら、もう少しましな物を持って来てくれないか?」


「かしこまりました、ではまた後程」


 ブランゼルドという男が奥へと去って行く。 残ってるのは、凶悪そうなメイドの女と、この私だけ。 忘れ物を取りに行くと言っていたが、本当にそうならこんな強烈な殺意は出さないだろう。


 メイドの女は足を進ませ、私へと近づいて来る。 一歩、一歩と歩みを進ませ、私の前に。 そしてその横を通り過ぎて行く。 本当に気づいて居ないのかと、一瞬頭によぎったが、甘い考えだと全力で否定した。 そのメイドの女が、丁度私の背後に到着すると、隠されていたナイフで私の首筋を狙う。


 予想は付いていた。 直ぐに反応した私は、相手の攻撃をしゃがんで躱し、音を立てない様に前転して距離を取った。 これで何も無かったと諦めてくれればうれしいが、そんな生易しい相手ではない様だ。 私が居る場所を即座に察知し、ナイフを煌かせる。


 これは・・・・・どうゆう理屈で、私の位置が判別されている? 私の姿は見えない筈だが、どうして分かる?! 極力音は立てていない。 音じゃないとすると、敵の気配でも察知してるのか?


「何でしょう? 姿が見えないとは、魔物の類なのでしょうか? どの道倒してみれば全て分かるでしょうね。 ふふふ、どんな悲鳴が聞けるのでしょう、とても楽しみですわ」


 この女はヤバイ。 このまま強行したいが、居場所を知られてはどうにもならない。 一度脱出するべきだろうか? メイドが私の居場所を知る秘密が分かれば対処法もあるのだけど。


「なかなか当たりませんね? 随分小さいのでしょうか? だったら全面攻撃と行きましょうか。 さあこれは避けられますか?」


 何処に隠していたのか、投げやすい棒型の小型ナイフを大量に取り出している。 右手に十本、左手に十本。 あんな量のナイフを投げられたら、簡単には避けきれない。 私はクロスボウを盾とし、その攻撃を受け止めるが、完全には躱しきれなかった。


「敵発見、きっちり止めを刺してあげます!」


 私から離れた血液は空中に飛び散り、私の居場所を晒してしまった。 これ以上は不味い!! 私が人だと見抜かれてしまうが、守りに徹する事を諦めよう。 私はクロスボウを構え、此方からの攻撃を仕掛けた。


 連射されるクロスボウは、前方にいるメイドの体を捕らえる。 しかしメイドの腕は恐ろしく高い。 手持ちのナイフで、矢の三本を弾き返すと、横へと跳んで全弾を躱された。


「魔物じゃなくて人でしたか。 まさか私の事を嗅ぎまわっているのでしょうか? さて何処の間者なのでしょう、まさかブラッグが私に感づいたのでしょうか? どの道、殺してみればハッキリしますね!」 


 気になる発言だったが、今の私には、それを考える余裕はない。 私は壁に向かって矢を放ち、それを足場として、高く跳びあがった。 私はメイドの上空を飛び越え、その背後を取ると、これで最後と、私はナイフを振り下ろした。


 ガギィィンっと、私の振り下ろしたナイフの刃が、鉄の様な物にぶつかり、弾き飛ばされた。 何か仕込んであるのか、それを考える間も無く、敵のナイフが鼻筋を通り過ぎた。 痛みはあるが大した事は無い。 私は後ろへ下がりながら、クロスボウを放ち続ける。


「ナイフを仕込んでいなければ危ない所でした。 残念でしたわね」


「・・・・・」


「何もお喋りにならないのですね? 言ってごらんなさい、私を殺しに来たんでしょう? 正直におっしゃったらどうなんですか?」


 どうも話が噛み合っていない。 この女、もしかして何か勘違いしているんじゃ? 先ほどの発言もおかしい、ブラッグとはこの屋敷の主のはずだ、この女を殺すとなると、何か秘密が? 敵地のど真ん中で、何時までも戦っている訳にもいかない。 私は意を決して、この女に声を掛けてみる事にした。


「少し言っておくが、私はお前を殺しに来た訳じゃないぞ。 私はブラッグの事を調べに来たんだ。 見逃してもらえるのなら助かるんだがな」


「・・・・・信用出来ませんね。 姿を見せない人を信用する程、私は馬鹿じゃありませんわよ。 信用して欲しいと言うのなら、姿を現したらどうなのですか」


「・・・・・悪いが、自分の意思で戻せる様にはなっていないんだ。 何処か人の来ない部屋に案内してくれるのなら、見せてやっても良いんだが?」


「良いでしょう、私もこれ以上騒ぎを大きくしたくありません。 ですがおかしな事をするようであれば、即座に斬り殺してやりましょう」


「それは此方のセリフだ。 妙な事をすれば、私の方が殺す」


「・・・・・ふん、良いでしょう、では付いていらっしゃいな。 それと、なるべく私の後ろには立たないでくださいまし」 


「了解だ」


 メイドの女の案内で、掃除道具が置いてある、少し大きな用具室へと案内された。 その三分後、私の魔法は解けて、メイドの前に姿を現した。


「これで信用したか? まず私から質問がある、お前の名と目的を答えてもらおうか」


「私の名前はイクシアンです。 まずはそれだけ答えましょうか。 貴女が答えなければ、私も情報をだせませんもの」


 簡単には信用されないか・・・・・潜入しているのなら当然だな。 だが何処まで情報を出すべきだろうか。 この女が裏切らないとも限らないんだ、なるべく此方の情報は少なく、相手の事を多く知りたい。


「私の名前はラーシャインと言う。 王国から来たと言えば、なぜ姿が消えていたのか分かるだろう? それより、さっきの戦いの事だが、何故私の居場所が分かった? 完全に姿が見えなかったはずだが?」


「絨毯がわずかに凹んでいましたからね。 姿が見えないからと言っても、見つけるのは容易でしたよ。 今度からは気を付ける事ですね」


「今度から善処しよう」






 私達は互いに情報を出し合い、少しずつ情報を交換した。

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