一つの世界で起こる、万の人々が紡ぐ数多くの物語。書物に残された文字は、忘れられた歴史の記録を残す。

秀典

17 この子誰よ?

 私の部屋から追い出されたハンブラーが騒いでいる。 どうやら此方にも入ってこれないようだ。


「な、なんだ、突然入り口が無くなってしまったぞ!! この辺りに入り口が有ったはずなのに・・・・・何故見つからない、何故いきなり壁になるのだ、俺は夢でも見ているのか!!」


 私は試しに声を掛けてみた。


「お~い、ちゃんと聞こえてないわよね? 聞こえてるなら返事してみなさいよ。」


「くそう、どうなっているんだこれは、まさか何かの幻覚か?! お、俺は諦めんぞ!!」


 私の声も聞こえてないみたいね、これは効果抜群だわ。 でも入り口の前で何時もうろつかれると思うと、ちょっと気が滅入るわ。 最悪引っ越しも考えないと駄目ね。


「メイ君ありがとう、おかしなストーカーを追い払えそうだわ。 そうだわ、お礼に朝食を作るから食べて行きなさい。 勿論ストリーちゃんも一緒にね。」


「母上、折角の申し出ですが、そろそろ私は任務に向かわなければなりません。 どうぞお二人で楽しんでください。」


「あらそうなの? メイ君は大丈夫よね?」


「あはははは・・・・・まあ、今の所無職ですから、時間は幾らでも。 お金も有限ですから何か探さないといけないんですが・・・・・まだこの世界に留まるとも決めていませんし、直ぐ辞められるってなると、あんまりないんですよね。」


「ふむ、宿や食事処でも基本は家族経営だからな。 少し前なら旅人も大勢居たが、こんな情勢ではそれも殆ど居なくなった。 儲けは殆ど出てないと聞く、とても人を雇える様な状態ではないだろう。 荒事やキメラ退治ならばギルドに行けば良いのだが、お前一人だと少々危ないな。 戦える仲間でも探してみたらどうだ?」


「ギルドか・・・・・この世界にもあるんですね。 荒事専門なら僕の力も存分に生かせますね。 分かりましたストリーさん、今度探してみます。」


「うむ、では私は任務に向かうぞ。 もし場所が分からなければ、今度アツシにでも聞いてみてくれ。 それでは行って参ります母上。 扉の前のあの男の事は心配しないでください、私が捨てて来ますので。」


「行ってらっしゃいストリーちゃん。 あの男の事は任せるわ!!」


「行ってらっしゃい、お気を付けて。」


 ストリーちゃんが扉をガンと開けて、ハンブラーが吹き飛んでいる。 ハンブラーは、そのままストリーちゃんに引きずられて行ってしまった。 もう出来ればもう来ないで欲しいわ。


 さて、お腹を空かせたメイ君を待たせる訳にはいかないわ。


「じゃあ早速作るわね。 椅子に座って待っててね。」


「あ、聖華さん、軽めで良いですよ。 朝は余り入らないので。」


「はいは~い。」


 私はトーストを焼き、卵焼きを作った。 それとレタスのサラダともう一品。 お椀に入れた粉にお湯を入れるだけで出来る日本の味。 そう、インスタント味噌汁だ。 これは手抜きじゃないわ、もう醤油とか味噌も手に入らないもの。 このインスタントだって立派な御馳走なのよ!!


 私達はそれを美味しく食べ、メイ君はギルドを探しに外に行ってしまった。 さてと、私は如何しようか、ハンブラーが私に気づかないのなら魔法学校に行ってみても良いけど、私も町をぶらりとするのも良いかもしれないわね。 私は洗い物を終わらせて、外の町へと出掛けて行った。


 食材の売り場は大体か把握しているけど、行くとしたら。 ・・・・・そうだわ、お城に行ってみようかしら、中には入らせてもらえないと思うけど、近くで見るぐらいなら良いわよね?


 お城は二つある、一つはボロボロに荒れ果てた旧城、もう一つが新しく作られたという新城だ。 私が向かうのは綺麗な方、荒れ果てた城っていうのも風情はありそうだけど、やっぱり見るなら綺麗な方が良いわ。 私は遠くに見えるお城に向かって進み始めた。


「ふう、着いたわ。 はぁ、結構距離があったわね。 運動不足の現代人にはちょっと辛いわ。」 


 お城に来るのはこれで二回目、アツシに連れられて、一度女王陛下に会いに行ったのよね。 その時は緊張して風景を楽しむ事が出来なかったから、今回はちゃんと目に焼き付けよう。


 私は改めてお城を見る、幾つもの塔が建てられシンメトリーを保っている。 これはテレビで紹介された物にも引けを取っていない。 しかもこれが一年も経たずに建てられたって言うんだから、この世界の技術も侮らないものがあるわ。 ん? 飛べる人も居るんだから案外簡単なのかしら?


 私はお城を眺めながらその周りをまわって行く。 丁度城門の辺りで小さな男の子が走っている。 何だか私の方に向かって来ている。


「た、助けておばちゃん、悪い奴に追われているんだ!!」


 何処かのおばちゃんに助けを求めているらしい、私はおばさんじゃないから関係なさそうだわ。 でもなんか何処かで見た事がある子よね。 何処であったかしら? 考えこみながら私はその子の横を通り過ぎて行く。


「ちょ、ちょっと待ってよおばちゃ・・・・・お姉さん!!」


 お姉さんか。 それはもう私しかいないわね。 私は振り返りその子に話しかけた。


「どうかしたのかしら? 誰かに追われているって言ってたけど、何かあったの?」


「やっぱり聞いてたんじゃないか!! うわわ、もう来た。 助けておばちゃん!!」


 子供が向いた方向を見ると、遠くに見える何人かが、この子の元に向かって来ている。 ただその男達の鎧は、この国の紋章が刻まれていて、そんな鎧を着ているのは国の兵士だけだ。


「ん? おばちゃんなんて何処に居るのかしら? ふう、どうやら私の事じゃなかったみたいね。 何処かに居るそのおばちゃんに助けてもらいなさい。」


「な、大人の癖に小さな子供の頼みも聞けないのか!! 僕の命がどうなっても良いって言うのか!!」


「どうせ家出かなんかでしょ? そんな事に付き合ってる暇はないのよ。」


 私の服にしがみ付く男の子の手を、体を引っ張って外そうとしてみる。 だけど必死でしがみつくその子は中々離れてくれない。 こんなに必死になってるって事は、何か悪い事でもしたのかしら?


「や、止めろ、放せよ!!」


 私はその子を離そうとしていると、走り寄って来た兵士の皆さんが集まって来た。


「居たぞ、こっちだ!! 全員集まれ、王子が連れ去られそうになってるぞ!!」


「な、何!! き、貴様、シャーイーン様を放せ!!」


 お、思い出した。 この子、女王陛下の横に居た子だ、これは捕まったら不味い事になりそう。 そして逃げても誘拐犯。


「ひっ捕らえろ!! この場で斬首してくれる!!」


「待って待って、私攫おうと何てしてないわ!! この子が勝手に・・・・・」


「言い訳なぞ見苦しい、覚悟せよ!!」


 ワニっぽい人の剣が上にあげられている。 私の運命も此処までなのだろうか、私はぎゅっと目を瞑って最後の時を待った。 そんな私を助けたのは。


「待てアリード。 俺を攫おうとしたのには理由があるはずだ。 きっと働き口もなく、貧乏に耐えかねてやったに違いない。 しかし罪は罪だ、罰としてお前は俺の専属メイドとしてやとってやる。 ねぇおばさん、有難く思うんだな!!」


「流石です王子、このアリード感服しましたぞ。 おいお前、シャーイーン王子に感謝するんだな。 命を助けられたんだ、存分に働けよ? もしサボりでもしたら、次こそ叩き斬ってくれるからな!! よしその女を城に連れて行け。」


「「「「「ハッ!!」」」」」






 何だこの展開、これじゃあ私が悪いみたいじゃない。 私はシャーイーンを睨んでやると、あざける様に笑っていた。 私がメイドになったら、絞りたての雑巾の汁でも飲ませてやろうかしら・・・・・



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